2025年9月5日、大阪・関西万博のイタリア館で、「デザイン界のオスカー」とも言える「コンパッソ・ドーロ・インターナショナル・アワード」の表彰式が開催された。「◯◯ドーロ」と聞いてまず思い浮かべるのは、ポモドーロ?!ではなく、ヴェネツィア国際映画祭やアートの祭典、ビエンナーレの金獅子賞(レオーネ・ドーロ)だろう。でも、このコンパッソ・ドーロもとっても重要。イタリアが世界に誇る工業デザインの最高峰であり、世界を牽引する名だたるデザイナー達が受賞してきたアワードなのだ。コンパッソ・ドーロ(Compasso d’Oro)は今年はいったい誰の手に輝いたのだろうか?!
デザイン界のオスカー「コンパッソ・ドーロ」
イタリア語で「金のコンパス」を意味するコンパッソ・ドーロ。宝の場所を計算できるコンパス?!算数の成績を上げてくれる魔法のアイテム?!と妄想が膨らむが、実はイタリアが世界に誇る工業デザイン賞である。とはいえ、「伝説のアイテム」という点では、そんな妄想もあながち間違いではない。

この賞が誕生したのは1954年。イタリア・モダンデザインの父とも呼ばれるジオ・ポンティ(Gio Ponti)のアイデアによって創設され、ミラノの老舗百貨店「ラ・リナシェンテ(La Rinascente)」が、自社製品を表彰する目的でスタートした。ラ・リナシェンテといえば、クリスマスシーズンになるとマンマ(母)、ノンノ(祖父)、甥っ子姪っ子、ついでに近所のワンコにまで(?)プレゼントを爆買いするイタリア人たちの聖地。そんな購買パワーを熟知した百貨店が、「うちの推し商品に賞をつければ、もっと売れるかも!」と始めたのが、このコンパッソ・ドーロだった…らしい?!
958年からはADI(イタリア工業デザイン協会)が運営を担当し、「デザイン界のオスカー」と呼ばれるほどの権威を誇る。トロフィーはその名の通り、黄金比を象徴するコンパス型。受賞対象は家具、家電、乗り物、都市設計、社会的プロジェクトなど幅広く、見た目の美しさだけでなく、機能性・革新性・社会的意義・環境への配慮など、あらゆる角度から評価される。つまり、「オシャレだけど使えない」は通用しないのだ。
受賞作品は、ミラノのADIデザインミュージアムに展示されている。オシャレな空間に並ぶ椅子や冷蔵庫たちは、ただの家具・家電ではなく、「選ばれしデザイン」として輝いている。さらに、歴代の受賞作を集めた「コンパッソ・ドーロ・ヒストリカル・コレクション」は、イタリア国家文化遺産に正式登録。この賞は、ただのデザインコンテストではなく、イタリア政府公認の「デザインの歴史的証人」なのである。 コンパス型のトロフィーを手にした瞬間、作品は「革新的なデザイン」から「語り継がれる文化的アイコン」へと進化を遂げるのだ。
コンパッソ・ドーロの殿堂入りレジェンドたち
この賞の歴史を紐解けば、デザインの巨匠たちの名がずらりと並ぶ。象徴的な椅子「Tonietta(トニエッタ)」を手がけたエンツォ・マーリ(Enzo Mari)をはじめ、ワカペディアインタビューでもお馴染みの建築家・伊東豊雄、そしてファッション界からは川久保玲、建築界の巨匠・安藤忠雄の名も挙がる。

他にも、絵本や教育玩具で知られるイタリアの巨匠ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari)、そしてMoMAの永久収蔵品にも選ばれた伝説的タイプライター「Lettera 22」を手がけた工業デザインの先駆者マルチェロ・ニッツォーリ(Marcello Nizzoli)など、国際的に評価されるデザイナーたちがこの賞に関わり、「使える美」を世に送り出してきた。
コンパッソ・ドーロ国際賞がついに万博デビュー!
イタリア国内の優れた製品やデザイナーを対象としてきた「コンパッソ・ドーロ」から派生し、世界のデザイナーや企業も対象とするために2015年に設立されたのが、「コンパッソ・ドーロ国際賞」。 そしてなんと今回、その舞台となったのは大阪万博!これまでイタリア国内での開催が通例だったが、今回は史上初の万博出張版として、世界の注目が集まる国際イベントに登場。グローバルなデザインの価値と可能性を広く提示する場となった。
テーマは「Designing Future Society for Our Lives(いのち輝く未来社会のデザイン)」。国際審査団は、世界中から集まった作品を「命を救う」「命に力を与える」「命をつなぐ」の3つの視点で評価。医療機器から都市設計まで、命にまつわるデザインがズラリと並び、20作品がコンパッソ・ドーロを、35作品が特別賞を受賞した。
そして開幕の演出がまた粋だった。イタリア代表団は、デザインを現代の共通言語として紹介。国籍や言語の違いを超えて、誰もが「これ、いいね」と感じられる。そんな視覚の力を通じて、デザインの可能性を世界に示したのだ。オープニングでは、過去の受賞作が巨大スクリーンに映し出され、各国語の字幕とともに「命をつなぐデザインとは?」を問いかける演出が行われた。

ワカペディアの心に残った受賞作たち
今年の受賞者の中でも、ワカペディアの心を掴んだのは、ジョルジア・ルーピ(Giorgia Lupi) の「1,374 Days」。帰省中のミラノでまさかのロックダウンに遭遇したワカペディアチームがバルコニーから近所の痴話喧嘩を聞いていたその頃、ジョルジア・ルーピは静かにインスピレーションを育てていた。

この作品は、ロングコロナと過ごした1,374日間の体験を、感情・体調・出来事などのデータで記録し、視覚的に表現した「感情の可視化アート」。グラフや図形は、ただの統計ではなく、彼女自身の物語として立ち上がる。数字が詩になり、見る人の心に静かに語りかける。その詩的な表現が高く評価された。
そして、技術と人間性の融合を体現した「Twin」エクソスケルトン。これは、脊髄損傷者の歩行を支援するロボットで、イタリア技術研究所(IIT)と労働災害保険国立機関の義肢センター(Inail – Centro Protesi)が共同で設立した研究ラボ「Rehab Technologies」によって開発された。単なる医療機器ではなく、「歩く」という人間の根源的な行為をテクノロジーで再び可能にするという意志が込められている。今年のコンパッソ・ドーロで正式に受賞し、「命に力を与えるデザイン」として注目を集めた。

青山学院大学の技術研究とMasami Design(髙橋正実)の造形美学が融合した協働プロジェクトであり、医療機器でありながら空間に調和する美しさを備えたプロダクトだ。 ワカペディアチームも「これ、家にほしい」と絶賛!

最後に、「Suwari」は、日本の正座文化に着目した彫刻的な椅子。積層材を用いた構造と、身体に寄り添う曲線美が特徴で、和室にもモダン空間にも自然に溶け込む。デザイナーは原研哉。飛騨産業と共同開発された椅子シリーズだ。伝統と現代の架け橋となるような佇まいで、座るという行為に新たな意味を与えてくれる。

コンパスが指すのは、未来のかたち
コンパッソ・ドーロは、過去の名作を讃えるだけでなく、これからの社会をどうデザインするかを問いかける賞でもある。今年、大阪万博というグローバルな舞台に登場したことで、その問いはさらに広く、深く世界に響いた。
命を救い、力を与え、つなぐ。そんな視点で選ばれた作品たちは、見た目の美しさだけでなく、人の感情に寄り添い、社会の課題に向き合い、未来の暮らしを静かに変えていく力を持っている。そして、コンパス型のトロフィーが指し示す先には、国籍も言語も関係なく「これ、いいね」と共感できる社会がある。デザインは、世界をつなぐ感性の言語。その言語で描かれる未来は、もっとやさしく、もっと人らしく生きられる場所かもしれない。
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