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サッカーを通してプロ意識と思いやりを学ぶイタリアの子どもたち

たとえ8試合の出場停止処分!を受けようとも、イタリアの悪ガキ・ジャンマルコはいつもと何ら変わることなく飄々(ひょうひょう)と、今日もグラウンドを自由気ままに走り回っている。その仲間たちも同じように破天荒このうえない。それでも、きっと少年サッカーは“それでいい”。子どもたちの自由な感情の発露を上から抑え込んではならないと思うのです。


監督に意見するのは当たり前


年齢や立場に縛られることがないイタリアの子どもたちは、誰とでも対等に意見を言い合います。これは特に意識して主張しているというわけではありません。ただ自然とそうなっているだけのこと。なにせどこまでも自由奔放な彼らですから。


試合に負けた後に監督が「今日の試合は全然ダメだ!」と言い出せば、「それは戦術が悪かったからですよ!」などと平気で言い返します。采配ミスを指摘された監督も「この野郎、生意気だ!」などと激怒することはありません。こんなの、いつものこと。自分だって少年時代に同じことをしてきたのです。


子どもたちにとってサッカーは至福の時であり、勉強のプレッシャーから解放される時間でもあるため、勢い余って暴走することもしばしばです。試合で主審の判定に楯突いて、出場停止処分を受けるケースも決して珍しくありません。


フローリアきっての悪ガキ・ジャンマルコが8試合の出場停止処分を受けたエピソードはすでに紹介しましたが、このときの周囲の反応も、実にイタリアらしいものがありました。


監督のジョバンニは、ジャンマルコをなだめるどころか一緒になって審判に暴言を吐き続け、あろうことか12試合(!)の出場停止処分を受けました。このとき審判が負けじと応戦したことは言うまでもありません。周りの大人たちの反応も「まぁこんなこともあるだろう」といった程度のもの。特に問題視されることもなければ、炎上することもありません。すべてが想定の範囲内ということです。


イタリア国旗とサッカー

イタリアの子どもたちは監督を“クビ”にする

サッカーが巨大なビジネスとして成立するヨーロッパでは、育成の現場に“汚れた手”を突っ込んでくる大人が稀にですが登場します。指導者にもお金に汚い人はいます。


一つの例が、愚かな監督がバカ親から金銭を受け取り、その息子を優遇するというケース。しかし下手な子が上手い子を差しおいて試合に出場し続けていたら、誰の目にも不自然です。そんなとき、イタリアの子どもたちはもちろん黙っていません。彼らはとても巧妙な策で指導者に反抗します。試合に負けることで監督を追い出そうとするのです。


わざとPKを外したり、逆に相手にPKを献上したり、退場処分を受けてみたりといったことを、子どもたちはごく自然にやってのけます。育成年代であっても指導者にはある程度の結果が求められるので、黒星が立て込み、ロッカールームを掌握できなくなると監督はやめるしかなくなります。


実はこれ、プロの世界で行われること。プレーだけでなく、プロの振る舞いから、子どもたちは多くを学んでいきます。


敗退行為は決して褒められることではありません。しかし、試合に負けてでもサッカーを守ろうとする子どもたちが、私の目には頼もしく映るのです。


サッカーを楽しむ子ども

累積警告をダービー前に消化する

イタリアの子どもたちは、週末のリーグ戦を心待ちにしています。ただし、すべての試合が同じ重みというわけではありません。子どもたちにとっての大一番は、学校のクラスの親友たちと対戦する“心のダービー”。クラスには様々なクラブでプレーしている子どもがいるので、週末のたびに親友同士が心のダービーを繰り広げています。


シーズン開幕前にリーグ戦のカレンダーが発表されると、子どもたちはまず、心のダービーをチェックします。


「よし、◯月◯日の第◯節は絶対に外せないぞ!」


そう頭に叩き込むのです。

抜け目がないイタリアの子どもたちは、警告(イエローカード)も巧みにコントロールします。累積警告のせいで心のダービーに出られなくなったら、それは悲劇以外の何ものでもありません。そのため、イタリアの子どもたちは“最後の1枚”を早めにもらって次節出場停止となり、さっぱりとした状態で大一番に備えます。


これはほとんどの子どもが当たり前にやっています。プロ顔負けのしたたかさです。


難民の兄と弟|一足のサッカースパイクに込められた兄の想い
CULTURE

難民の兄と弟|一足のサッカースパイクに込められた兄の想い

宮崎 隆司 / 2022.07.18


仲間のために大好きな試合を欠場する

サッカー発祥の地イングランドに、こんな格言があるそうです。

「サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にする」

サッカー場でビールをがぶ飲みしながら吠えている父親たちの姿を思い出すと、後段に限っては首をひねりたくなりますが、前段についてはまったくその通りだと思います。


今まで書いてきたように、イタリアの子どもたちはサッカーを通じて、建前だけでは通用しない大人の世界を生き抜く知恵を身につけていきます。それと同時に思いやりの心も育んでいきます。

シーズンの半ば、うちの息子(当時15)が唐突にこんなことを言い出しました。


「ぼく、今度の試合は休もうと思うんだ」


怪我でもなく、体調が悪いわけでもない。にもかかわらず、大好きな試合を休むと言うのです。何かあると思った私が理由を尋ねてみると、彼はこう言いました。


「“ガビ”を試合に出してあげたいんだよ」


これを聞いて、私は素直に感動しました。自分が休むことで、出番の少ないチームメイトを試合に出してあげたいというのです。


ガビことガブリエーレはサッカーが大好きで、チームで誰よりも一生懸命トレーニングに励んでいます。でも、彼にはほとんど出番がありません。というのもガビは先天的に身体が小さく、同学年の子どもにはフィジカルの面で太刀打ちできないのです。


息子によると、誰となく「こんなに頑張っているんだから、あいつを試合に出してやろうよ」と言い出したそうです。


「ポジションが重なるヤツが中心になって、毎週ひとりずつ仮病で休もう。そうすれば少なくともガビは確実にベンチ入りできる。それでだ、オレたちは前半から攻めまくって、早い時間帯で点差をつける。大差をつけて、ガビを出してやるんだ!」


ジョバンニ監督がこの計画を知っていたのかどうかは分かりません。ただ、ガビが試合に出る機会は徐々に増えていきました。たとえ体力で劣ってもガビの闘志は他の誰よりも強靭だからです。そして、ついにその瞬間がやってきます。ガビが持ち場の右ウイングから果敢に切り込み、見事PKをもぎ取ったのです。


フローリアの“リゴリスタ”、つまりPKキッカーは背番号10のマッテオと決まっています。でも、この日のマッテオは迷うことなくキッカーの座を譲りました。


「自分で獲ったPKだ。お前が蹴れよ」


数秒の静寂の後、ガビの蹴ったボールが鮮やかにネットを揺らしました。グラウンドが拍手喝采に包まれるなか、試合中にもかかわらずベンチメンバーも飛び出しての胴上げが始まりました。


子どもたちはきっと、この試合で勝ち点3よりもずっと大切なものをつかんだと言えるのでしょう。


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宮崎 隆司 / 2022.08.11