Copy link
bookmarked-checked-image

まるで漫画!?イタリアの強烈なサッカー少年たちと過ごす子供時代

宮崎 隆司

宮崎 隆司 Takashi Miyazaki

2022.09.05

厳しい師弟関係や先輩後輩の縦社会もなければ、過酷な走り込みも暴力もないし、部費もタダ。サッカーが大好きな監督さんと子どもたちが集う街クラブ、かつて私の息子(当時15)がプレーしていたフローリアという名のクラブにも、実に面白い仲間たちがいました。その中でも特に個性的な5人を紹介したいと思います。


マッテオ 〜フィオレンティーナを自主退団〜

抜きん出た身体能力とテクニックを備え、気迫を前面に押し出してゴールに迫るストライカー。フローリアの不動のエース、ザ・点取り屋です。


その才能は幼い頃から評判で、9歳のときにフィオレンティーナにスカウトされましたが、13歳になって「もっと楽しくサッカーをしたい!」という理由から自主退団。幼なじみのクリスティアンがいるフローリアにやってきました。


イタリア人は自己中心的な性格の人が割と多いのですが、ストライカーになると、その傾向はさらに強まります。マッテオも例外ではありません。ハットトリックを極めようものなら、上機嫌で自らのプレーを延々と解説。しかしゴールを決められなければ、シャワーも浴びず、まるでこの世の終わりかのような表情で無言のまま帰ってしまう。それでも試合では誰よりも走るので、とても頼りになります。


ちなみに学業はからっきしで、そのため母ロザンナは年中「誰か、この子をもらってくれないかしら」と嘆いています。そんな母子の言い争いを、外科医の父ジュリアーノがワイングラスを眺めながら、時折煽ってみせる。そんな陽気な一家です。


クリスティアン 〜「オレには家族を守る義務がある」〜

大ベテランのような風格を漂わせてゲームを支配する、天才肌のミッドフィルダー。無回転フリーキックも抜群に上手い。点取り屋マッテオとは幼なじみで、フローリアのゴールの多くは、このコンビによって生み出されています。


将来を嘱望されるクリスティアンですが、本人にプロになる気はさらさらありません。それはサッカーで生きていく厳しさを熟知しているからです。


彼には自宅の庭にゴールポストを立ててくれた、凄腕の左官職人の叔父さんがいます。その叔父さんは若い頃、フィオレンティーナの“プリマベーラ(ユースの最高位)”まで進んだ有望株でしたが、不運な怪我で夢を諦めざるを得ませんでした。母子家庭で苦労してきたクリスティアンは、叔父の教訓もあって現実に生きる決意を固めています。


彼に出会ったばかりの頃、私は何気なく「こんなに上手いんだから、プロを目指そうとは思わないの?」と尋ねたことがあります。そのときの彼の答えが忘れられません。


「うちはオヤジがいないから、ボクは堅実に働いて“パンを家に持ち帰る”大人にならなきゃいけないんだ。サッカーは一度の怪我ですべてが台無しになるんだから」


“パンを家に持ち帰る”というのは、「食べるために働く」というイタリアの常套句。あくまでもサッカーは楽しむものと心に決めたクリスティアンは、今日も誰よりもサッカーを楽しんでいます。


ジャンマルコ 〜「8試合出場停止で何が悪い!!」〜

イタリアの典型的な“悪ガキ”です。学校にもサッカー場にも原付バイクをかっ飛ばして登場し、週末は長髪を振り乱しながらディスコで踊りまくっています。まさに自由奔放。


一度ボールを持ったら絶対に離さない“ベネツィアーノ(本来は「べネツィア人」を指すが、ちょっとあざとい人物が多いことから、転じて「自己中心的な選手」を意味する言葉として用いられる)”の典型で、テクニックはまずまず。審判を欺くシミュレーションの腕は抜群で、度胸も満点、大一番では頼りになります。


チームで一番口が汚いのもこのジャンマルコ。昨季は審判を散々罵倒した挙句、8試合もの出場停止処分を食らいました。しかしそんなことでくよくよするようなタマではありません。彼がいるだけで今日もフローリアのロッカールームは底抜けに盛り上がります。


両親は離婚していますが、別れて暮らす父ジャンルカは変わらず息子を溺愛し、週末のリーグ戦には必ず応援に顔を出します。そして大好物のスコットランド産ビールをがぶ飲みしながら、太い腕を振り上げ、街中に響き渡るほどの野太い声で審判を野次っています。


オーマル 〜アフリカからやってきた“弾丸小僧” 〜

近年、欧州にはたくさんの移民が押し寄せていますが、イタリアも例外ではありません。アフリカや東ヨーロッパからの移民は多く、彼らの多くは豊かな日本人には想像できないほど厳しい人生を歩んでいます。


フローリアにも移民の子どもはいます。かくいう私の息子がそうですし、アフリカ生まれのオーマルという少年もいます。


中央アフリカ共和国で生まれたオーマルは妹エンマとともに道端に捨てられ、祖国の孤児院で育てられました。しかし捨てる親がいれば、拾う親もいます。オーマルとエンマは、ワインの名産地として知られるトスカーナ州キャンティ地方でアグリツーリズムを営む父ジャンニと母マリアに引き取られました。


オーマルは当初、陸上クラブに入り、短距離走で頭角を現しました。フレンツェ県ではぶっちぎり、トスカーナ州大会でも圧勝です。「将来のメダリスト候補だ!」と騒がれましたが、やがて本人は“ただ走る”ことに飽きてしまいました。


短距離走をやめたオーマルが次に興味を示したのがサッカーでした。フローリアに入団すると、弾丸のようなダッシュで敵を置き去りにしてゴールを量産。プロクラブのスカウトたちもたちまちオーマルに熱視線を送るようになりました。


とはいえ彼にも弱点があります。とにかく気まぐれで、練習にいくかどうかはその日の気分次第。勉強も大の苦手で、追試と練習が重なることもしばしばです。


ジャンニとマリアの里親夫婦は、マイペースなオーマルとエンマに、たっぷりの愛情を注いでいます。母マリアは、施設で暮らしていた幼い兄妹との出会いを語るとき、決まって大粒の涙を流します。そんな彼女を見守るジャンにもまた、目頭を抑えながら「葉巻のせいだ」と煙に巻くのです。


フィリッポ 〜礼儀正しい優等生だけど……〜

マッテオやジャンマルコとは正反対の優等生。裕福な一家に生まれた礼儀正しいフィリッポは、フィレンツェ屈指の名門校に通い、成績もトップレベルです。しかし、「天は二物を与えず」とはよく言ったもの。サッカーはお世辞にも上手いとは言えません。


本人はサッカーが嫌いではないようです。しかしサッカーを続けているのは、父ファブリツィオの影響を抜きにしては考えられません。若い頃セリエC目前まで行ったファブリツィオは、昔からバッジョやドゥンガらと親交があることもあってか、「我が子には才能がある!」と信じて疑いません。ちょっと困った“親バカ”ぶりです。


勢い余った父は、フローリアで愉快な仲間たちと楽しくやっていた我が子を、強い街クラブに入団させてしまいました。そのせいで息子にはほとんど出番がありません。


それでもフィリッポは健気にサッカーに取り組み、かなり上手くはなりました。懸命の努力でリフティングも上達し、“大車輪(リフティングで浮かせたボールを、浮かせたその足でまたぐ技。別名アラウンド・ザ・ワー ルド)”も習得。そんな頑張り屋のフィリッポを、私も息子も心から応援しています。


私は数百人の子どもたちと顔見知りですが、周囲から同情されてサッカーをしているのは、このフィリッポくらいです。というのも、子どもの才能を妄信してサッカーを強制する親はイタリアにはほとんどいないからです。街クラブの監督さんたちも「さすがに無理だな」という子どもには他のスポーツへの転向を勧めたり、もっと下のカテゴリーのクラブを紹介しています。


さすがに父ファブリツィオも息子を気の毒に思ったのか、次のシーズンにはフィリッポをフローリアに戻すよう決断しました。


子どもたちが所属する「学校」と「クラブ」という2つの世界

うちの息子は、こんな仲間たちに囲まれてクラブや学校での生活をエンジョイしています。私がイタリアで子育てをしていて思うのは、子どもたちに「学校」と「クラブ」という2つの世界があることの素晴らしさです。そしてそのクラブには、冒頭でも触れたように、厳しい師弟関係や先輩後輩の縦社会は存在しない。もちろん罰走も暴力もない。自由気ままにサッカーを心から楽しむことができる。


翻って日本はどうか。私の親友の子どもは、高校時代にサッカー部で、試合中ではなく試合前のアップの途中に「右膝靱帯断裂と、足首の骨折」。酷使し過ぎて摩耗していたからに他なりません。おそらく、考え直すべき点は決して少なくはないと言えるのでしょう。