INTERVIEW
FOOD 19 Apr 2021

時代や環境が変わっても変わらない“徳吉流”イタリアン 「リストランテ TOKUYOSHI(トクヨシ)」オーナーシェフ・徳吉洋二<後編>


日本人料理人として初めてイタリアのミシュラン一ツ星に輝くなど、料理人として順風満帆に見えるサクセスストーリーを歩んできた徳吉洋二さん。ところが、さらなる高みを目指して「リストランテ TOKUYOSHI」をリノベーションし、2020年2月、リニューアルオープンとなった直後から世界的な未曾有の事態に襲われました。

ご存じのようにイタリアの被害は甚大で、「リストランテ TOKUYOSHI」も休業を余儀なくされました。現在もロックダウンと段階的制限措置を繰り返すロンバルディア州で、先行きがわからない中、徳吉さんはひとつの大きな決断を下します。いまの徳吉さんの思いをミラノからリモートで伺いました。前編と合わせてお読みください。

インタビュー前編を読む

———イタリアで被害がどんどん拡大していく状況は、日本でも連日報道されていました。そんな事態の真っ只中で、徳吉さんは一ツ星店の「リストランテ TOKUYOSHI」を一時クローズして、カジュアルな「BENTOTECA(ベントーテカ)」への業態変換を迅速に決断しています。迷いなどはなかったのでしょうか。

それはもちろん、イタリアは世界で最初にロックダウンしたわけですから、当初は何が起きているのか、これからどうなるのかまったくわからず、不安を感じていました。真っ先に考えたのは、料理人として僕には何ができるのか、ということです。そして、一緒に働いているスタッフと家族の暮らしを守り、店を守りたい。そのためならできることを何でもやろう。そう決意したのです。

ロックダウンですから「リストランテ トクヨシ」は営業できません。そこで、多くのシェフと同じように、まずはテイクアウトやデリバリーの道を考えました。
けれども、調理してからお客様が召し上がるまで、時間の経過と移動を挟むテイクアウトやデリバリーで、トクヨシの料理のクオリティを維持できるのか。トクヨシを応援してくださり、トクヨシの料理を期待してくださるお客様に、満足していただける料理をお届けできるのか。それに、ファインダイニングを構成しているのは、単に洗練された料理だけではありません。空間やサービスも含めてトクヨシの世界観をご提供していると考えると、それが一切できないテイクアウトやデリバリーで、トクヨシのダイニング体験をしていただくことは難しいと判断しました。

いろいろと悩んで料理人としての基本に立ち返ったとき、僕が料理人としてできることは、お客様に食の楽しみ、食べる喜びを届けることで、それはファインダイニングの料理でなくても実現できるのではないか。そう考えて、お客様がいま必要としているテイクアウトやデリバリーのメニューをつくり始めました。

とんかつ弁当

———自身のお店を守るだけでも大変なのに、ミラノのサン・ジュゼッペ病院の医療従事者たちのために、毎日50食のお弁当を届ける活動をしていましたね。

今振り返ると、医療従事者たちの方たちにも食の喜びを感じていただきたいなど、さまざまな理由がありました。でも正直に言いますと、なにかせずにはいられない、とりあえずできることをやってみようと行動を起こさずにはいられなかったというのが本音です。料理人ですから、どんな状況でも、料理をして人に食べてもらい、喜んでもらいたいんです。それが自分の原点で、この活動が後にベントーテカへと繋がっていきました。

医療従事者たちの方たちと弁当

———日本人初の星つきシェフ、これまでに積み重ねた世界最先端のファインダイニングでの経験。それらを考えると、ファインダイニングからカジュアル店への業態変換は、かなり思い切ったのだと思います。ファインダイニングへの執着はありませんでしたか。

星つきシェフとしてのプライドはもちろんあります。けれども、先程も言いましたように、まずは一緒に働いているスタッフと家族の暮らしを守り、リストランテ トクヨシを守りたい。そのためなら、僕はプライドなんて捨てられます。アフターコロナの時代に、再びリストランテ トクヨシをオープンするためにも、いまトクヨシの名前で営業してブランドイメージが変わってしまうより、トクヨシの料理を封印してブランドを守った方がいい。
そこで、いまこの状況でも、たくさんのお客様がステイホームしながら食事を楽しめる、テイクアウトやデリバリーに向く業態として、トクヨシとはまったく別のお店として「ベントーテカ」を立ち上げました。

———ベントーテカの公式インスタグラム(@bentotecamilano)を見ると、うなぎの蒲焼き風のメニューにエディブルフラワーやカラフルな野菜が立体的に乗せられていたり、マグロの漬けのようなものにボッタルガが散りばめられていたり、どれも味わいにひと仕事がされていて、見た目も美しくおいしそうです。これらのメニューはどのように考えたのですか。

大トロ弁当

実はこういったコンセプトは、今回の事態が発生する前から考えていました。というのもミラノは、イタリアの中でも日本食ブームの先駆けで、日本料理が好きな人も多いのです。日本の食文化に興味を持ってくれているイタリアの人たちに、イタリア料理のアプローチを踏まえた、イタリアだからこそできるイタリアと日本の食文化を融合したメニューを楽しんでいただきたいと思っていたのです。
ただ、コロナ禍以前は、トクヨシをよりよくすることに多くの勢力を傾けていたので、今回のベントーテカは、以前からの考えを現実にするチャンスでもあると捉えたのです。

手巻きセット

———徳吉さんといえば、イタリアの食文化と日本のそれを融合させる「クチーナ・コンタミナータ」の提唱者としても知られていますね。

それは誤解されやすいのですが、僕がやりたいことは、たとえばパスタに昆布とカツオで取った出汁を加えてうま味を足すとか、肉料理に醤油や味噌を入れて日本らしさを出すとか、そういう表面的なことではないのです。
歴史を振り返っても、食文化に限らず、文化は全般的に、異なる者同士が融合することで発展を繰り返してきました。日本料理の弁当という古来の知恵と工夫を、イタリア料理のアプローチと癒合する。これがベントーテカの大きなコンセプトです。

エビ餃子

———イタリア料理らしくワインとのアッビナメントも提案しています。

これは僕の偏見ですが、いくら世界の物流が発達したと言っても、イタリアで手に入る日本酒の品質とバリエーションは、やはり日本とは違うと思うのです。鮮魚など、日本のように最高品質のものが手に入りにくいこの土地で、日本ほどは味わいを期待できない刺し身や鮨を日本酒と共に提供しても、お客様が心から喜んでくださるでしょうか。それなら、イタリアにたくさんある地元のワインを、僕の料理と共に楽しんでいただこうと考えました。イタリアワインの中でも、特にアンフォラで造ったオレンジワインなどは、出汁や玉露のようなうま味の余韻が残り、和食に合うんです。
とりわけ蒲焼きや照り焼きといったタレのこってりとした甘じょっぱいコクや、ちょっと濃い目に漬けにしたマグロなどの赤身魚の濃密なうま味は、お客様が手に入れにくい日本酒に無理に合わせなくても、手に入りやすいイタリアワインと共に、自宅で楽しんでいただけます。

———現在は、ミラノのベントーテカでテイクアウトとデリバリーをするだけでなく、「ベントーツアー」としてイタリア各地に足を運んでいます。

フェッラーラ

まずはミラノのみなさまに、僕たちがいまやっているベントーテカの味をお届けすることができました。そこで、次はイタリアのみなさまにも、僕たちの料理を知ってもらいたいと、お届けすることにしました。というのもイタリアでは、いまも状況が不安定で、移動がしにくい人、外食に出かけにくい人もたくさんいるのです。
いま求められているものが、自宅近くで手に入れられて、家族で食べられる気軽なおいしいものなら、それを僕たちから近くまでお届けしよう。そんなシンプルな気持ちで始めた「ベントーツアー」ですが、いまでは通常営業時の「トクヨシ」を上回る利益を上げ、スタッフの雇用を維持することができました。

———勇気ある決断をされた徳吉さんが、日本人として誇らしいです。今回の体験は、今後の料理にも影響すると思いますか。

いまはファインダイニングのスタイルではありませんが、ここで再び僕らしい料理について突き詰めて考えることができたことは、今後の料理にもいい影響となって現れると信じています。どんな料理が生まれるか、僕自身も楽しみです。
この状況が収束すれば、また人々の交流は始まるし、食文化の融合は進んでいくでしょう。僕は未来をそう予測していますし、そうあって欲しいと願っています。そうなったら僕もまた日本に行き、日本のみなさんに新しい僕の料理を食べていただきたいですね。

インタビューを終えて

イタリアに拠点を移して以来、15年以上も自己のアイデンティティとイタリアの文化の融合をお客様に語ってきた徳吉さんは、料理の味や調理のコツといった、感覚的で言葉にしづらいものを言語化するのが、とてもうまい料理人です。
イタリア全土とミラノの現状を客観的に俯瞰しながら、冷静に分析して語る一方、自宅でのインタビュー中は、2歳半の長男エドくんと生後半年の長女ミアちゃんが、パパ、パパと甘える微笑ましい場面も。優しいお父さんぶりが垣間見えました。
「この経験は確実に料理に反映される」と語ってくれた徳吉さん。さらに進化したに違いない彼の料理を、東京で、ミラノで味わえる日が待ち遠しいです。そしていつの日か、梶谷農園でハーブ摘みできる日を楽しみにしています。

<プロフィール>
徳吉洋二
1977年、鳥取県出身。高校卒業後、上京して調理師学校に進学。都内の複数のイタリアンレストランで経験を積み、2005年イタリアに渡る。最初の勤務先となった、マッシモ・ボットゥーラ氏が率いるモデナの名店「オステリア フランチェスカーナ」で9年間スーシェフを務め、在職中にミシュラン二ツ星および三ツ星の獲得に貢献する。
2015年、独立してミラノに「Ristorante TOKUYOSHI(リストランテ トクヨシ)」をオープン。開店からわずか10ヵ月で日本人初のイタリアのミシュラン一ツ星を獲得する。
2019年2月、“分身”を意味する「Alter Ego(アルテレーゴ)」を東京・神保町にオープン。現在ミラノ在住。

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WRITER PROFILE
Shifumy
Shifumy

ガストロノミーツーリズムをテーマに、ファインダイニングを中心にストリートフード、家庭料理、郷土料理、ワイナリーや酒蔵などを取材して各種メディアで執筆。著名なシェフや生産者、作家、アーティストなどセレブリティへのインタビューも多い。訪れた国は60カ国以上。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道~乗っ旅、食べ旅~」(小学館)シリーズ3巻。