イタリアのハムといって、多くの人がすぐに思い浮かべるのはプロシュート。でも、こんな知られざるご当地ハムも・・・というのが今回の話題です。
秘伝の製法が生む、唯一無二の味
美食の国イタリア。その中でもトスカーナ地方は、ワインやオリーブオイルなど世界に誇る名産品が集まるエリアとして知られています。
しかし、そうした地域にもかかわらず、これまでほとんど知られてこなかった“幻のハム”が存在します。その名を「ゴータ・コッタ Gota Cotta」といいます。
日本でもお馴染みのプロシュートは、生ハムの「クルード」と加熱した「コット」のいずれも豚もも肉から作ります。いっぽう、ゴータ・コッタのGotaとはトスカーナ方言で豚の頬(ほほ)肉を指し、Cottaは「加熱した」という意味です。つまり、豚の頬肉を加熱調理したハムなのです。
作り方は実にシンプルです。まずは肉を鍋でボイル。取り出したら熱々のうちに塩、こしょう、にんにく、フェンネルやジュニパーなどのスパイスをまぶします。そのあと冷蔵庫で数日寝かせます。
加熱直後の味つけ、かつ熟成期間も短いことから、新鮮な口当たりが特徴。また頬肉は脂肪分が豊富なため、しっとりと、とろけるような食感も楽しめます。柔らかさによる消化の良さもゴータ・コッタの魅力です。
ゴータ・コッタは、プロシュートのように長期熟成しないため、あまり日持ちがせず、大量生産には適していません。そうした理由から今日まで地域外には広く流通していません。

ゴータ・コッタが生まれたのは1950年代。シエナ県の町コッレ・ディ・ヴァル・デルサ(以下、地域の略称に倣い「コッレ」)に移り住んだ豚肉加工職人アンジョッリーノ・ゴッツィが、自身で考案した前述の製法を地元の精肉店に広めたことをきっかけに、ゴータ・コッタは町を代表する特産品となりました。
現在は地域にある精肉店数軒やレストランだけが作っています。同じシエナ県内でも他では手に入らない、ご当地グルメ中のご当地グルメなのです。

丘の上で味わう、秋の恵み
2025年10月5日、この希少なハムを主役にした祭りが、発祥の地コッレで開催されました。町はフィレンツェとシエナの間に位置し、人口は約2万1千人。中世の面影を色濃く残しています。
祭りの舞台は、丘の上に広がる旧市街です。訪れてみると、煉瓦づくりの家並みが続く街路に、地元レストランやワインセラー、クラフトビール醸造所など20軒を超える屋台が立ち並んでいました。
まずは入口で飲食用トークンを購入。1トークン=5ユーロで1品が試食できる仕組みです。10ユーロ、25ユーロ、そして30ユーロのパックが用意されていました。

ゴータ・コッタはそのままパンに挟むのが最も簡単な楽しみ方ですが、焼いたり、パスタやリゾットの隠し味に使ったりと、バリエーションも豊富。出店者たちは腕によりをかけ、オリジナルのひと皿を提供していました。


屋台のひとつで、ミシュラン掲載の実在店をもつ「フトゥーラ・オステリア(FUTURA OSTERIA)」では、ちょうど塊のゴータ・コッタをスライスしていました。
「うちの店では低温で12時間ボイルしたあと、塩・こしょう、にんにく、ローズマリー、メース、カルダモン、ナツメグで味つけしています。今日は、マスタードにイチジクを合わせた特製ソースをかけて、フォッカッチャに挟んで提供しますよ」とシェフのサムエレ・ブラーヴィさん。
スパイスの香りと、ほんのり甘いマスタードのハーモニーは、さすが名店の味わいです。普段はなかなか訪れることができない店の味が気軽に楽しめるのも、この祭りの楽しみなのです。


いっぽう、コッレで長く観光文化振興に携わってきたトンマーゾ・ヴァンニーニさんは、「ゴータ・コッタは長年地元でしか食べられませんでした。これからはより多くの人に知ってもらいたいという思いをかたちにしたのが、この祭りなのです」と熱く語りました。
クリスタルの街が紡ぐ、食と文化の物語
実はコッレには、もうひとつ伝統的な産品があります。それはクリスタルガラス。町で生産される製品はイタリア国内で95%、世界でも14%のシェアを誇ります。



前述のヴァンニーニさんは、かつてクリスタルガラス博物館の館長を務めた人物です。「食だけでなく、街並みやクリスタル産業とも結びつけながら、コッレの魅力を世界に発信していきたいですね」と希望を話してくれました。
3回目となった2025年のゴータ・コッタ祭りは、約5000人の来場者で賑わいました。地元の人々にとっても、町外から訪れた人々にとっても、ゴータ・コッタの価値を再確認する機会となったに違いありません。
近い将来は、伝統食材を守る国際的制度「スローフード・プレシディオ」への登録も目指しているとのこと。この希少なハムが広く知られるのは喜ばしいことに違いありません。でも同時に、知られざる逸品として誰にも教えたくない…そんな思いも一瞬頭をよぎるほど、深い味わいを堪能できた秋の一日でした。

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