ART & DESIGN 04 Oct 2021

イタリア屈指のクリスタルガラスの里 コッレ・ディ・ヴァル・デルサ


トスカーナ特集KV

実は世界屈指の生産地

イタリアのガラス工芸といえば、多くの人はヴェネツィアン・グラスを最初に思い浮かべることでしょう。ただし中部トスカーナにも、世紀を超えてガラスと向き合ってきた町があります。

フィレンツェから南へ約50kmに位置するコッレ・ディ・ヴァル・デルサ(以下、地域の略称に倣いコッレ)です。“エルサ渓谷の丘”という意味を持つここは、フィレンツェとシエナを結ぶ路線バスも、各駅停車しか止まらない町です。
しかし、クリスタルガラス製品においては、なんとイタリア国内で95%、世界でも14%のシェアを誇る一大生産地なのです。

中世の面影を残す丘の上の旧市街は「コッレ・アルタ」、19世紀に整備された麓の地区は「コッレ・バッサ」と呼ばれます。中世の面影を残す丘の上の旧市街は「コッレ・アルタ」、19世紀に整備された麓の地区は「コッレ・バッサ」と呼ばれます。

そのルーツを探るべく、『クリスタル博物館』を訪ねました。
館長のトンマーゾ・ヴァンニーニ氏によれば、コッレにおけるガラス作りの起源は中世に遡り、オリーブオイルやワイン用の、ボトルやグラス製作から始まったとみられます。

ガラスを溶かす炉の燃料になる木材、ガラスの重要な原料である炭酸マグネシウムを含む土、エルサ川の水など、資源にも恵まれていました。
さらに、町がローマへの巡礼ルート「フランチージェナ街道」沿いにあり、輸送が容易であったことも地場産業へ成長した理由であると、館長は解説します。

14世紀の公文書には、すでにガラス製造業者の存在が確認できるとのこと。また1577年には、この地を支配下に置いていたトスカーナ大公国が、域外からのガラス製品輸入を禁じました。コッレのガラス産業保護を目的としたものでした。

やがて19世紀初頭に入り、欧州で人と物双方の交流が盛んになると、新たな転機が訪れます。あるフランス系の一族によって、ガラス工場がコッレに設立されたのです。これによって町は中世そのままの工房群から大きな脱皮を図りました。

しかし、この時点で生産されていたのは、まだ一般的なガラス製品でした。“クリスタルの町”と呼ばれるのには、さらに1世紀の時を要します。

町の麓にある『クリスタル博物館』。19世紀のガラス工房を改装したもので、古い煙突も残されています。町の麓にある『クリスタル博物館』。19世紀のガラス工房を改装したもので、古い煙突も残されています。

入口の吹き抜けには、陽光を浴びてまばゆい光を放つワイングラスのオブジェが。入口の吹き抜けには、陽光を浴びてまばゆい光を放つワイングラスのオブジェが。

ガラス作りの歴史や製造技術などを解説する博物館長のトンマーゾ・ヴァンニーニ氏。ガラス作りの歴史や製造技術などを解説する博物館長のトンマーゾ・ヴァンニーニ氏。

「クリスタルの森」と名付けられたコーナー。木の幹、生い茂る葉などをワイングラスで表現したものです。「クリスタルの森」と名付けられたコーナー。木の幹、生い茂る葉などをワイングラスで表現したものです。

ガラスの塊に命を吹き込んで

クリスタルガラスは一般のガラスとは異なり、製造過程で酸化鉛を混ぜて透明度を高めます。EU規定では、酸化鉛を24%以上含む製品が「クリスタルガラス」と呼ばれます。

コッレでは1963年に、あるガラス工房が初のクリスタルガラス製造に成功します。以来高度成長の追い風にも乗って、高品質なクリスタル工芸品の需要は年々増加していきました。

ここに紹介する『コッレヴィルカ COLLEVILCA』も、そうした時代である1960年に誕生した工房です。父親の跡を継いだ2代目社長ジャンピエーロ・ブロージさんに作業場を見学させてもらいました。

「この空間を、職人たちはピアッツァ(広場)と呼びます。広場でいかに上手にコミュニケーションがとれるかが、質の良い製品作りにかかわるのです」とジャンピエーロさん。
熱して溶けたガラスを吹き竿と呼ばれる棒に巻き取る人と、そこに息を吹き込んでいく人。熟練職人たちはいずれもペアを組み、阿吽の呼吸で成形に従事していました。ガラス工芸は時間との戦い。一瞬たりとも気を緩められません。

話を歴史に戻せば、1990年代に入ると、町の多くの工場は日常使いができる普及品の製造へと比重を移していきました。生活様式の変化に伴い、食洗機対応などが好まれるようになったためでした。新技術や新素材を用いた、限りなくクリスタルに近いガラス製品も登場します。

しかし、ジャンピエーロさんの工房は、伝統的なクリスタルガラス作りを捨てませんでした。「美しいガラスへの情熱を抱いた職人がいる限り、未来はある」というジャンピエーロさんの確信からでした。
そうした思いが実り、近年は著名デザイナーやファッションブランドとのコラボレーション、アラブ諸国やロシアなどの富裕層向けハイエンド市場の開拓に成功しています。

1400℃に熱したガラスを金型に入れて成形した器。職人がバーナーを用いてディテールを整えます。1400℃に熱したガラスを金型に入れて成形した器。職人がバーナーを用いてディテールを整えます。

白鳥のオブジェを製作中。細いペンチひとつで、頭の中のイメージを立体化していきます。白鳥のオブジェを製作中。細いペンチひとつで、頭の中のイメージを立体化していきます。

滑らかで動きのある造形に、色彩のグラデーションを施した作品です。滑らかで動きのある造形に、色彩のグラデーションを施した作品です。

音さえ楽しめる

コッレの人々は、今日も地元の工芸品に深い愛着を抱き続けています。
地元のある家庭を訪問したときのことです。夫人は食器棚の扉を開いて、おびただしい数のクリスタルガラス食器を披露してくれました。なかには祖母や母親から譲り受けたという品もありました。クリスマスや誕生日などに贈ったり贈られたりした品を、代々受け継いで使い続けているといいます。

そして、「飲むにも絶対コレじゃなきゃダメなのよ」と言いながら、夫人は心奪われる煌めきを放つグラスに、赤ワインを注いで私に差し出しました。何を隠そうコッレは、トスカーナを代表する格付け最高位D.O.C.G.認定ワイン「キャンティ・クラッシコ」の産地から遠くない場所にあります。

「チンチン(乾杯)!」。彼女と私のグラスが触れ合った瞬間、透明感ある美しい音色が響きました。そして手に伝わる重厚感とは対照的にリム(縁)は薄く、ワインの香りや味わいを引き立たせます。

視覚的な美しさだけでなく、音色や飲み心地も秀逸。イタリア人がクリスタルガラスをこよなく愛する理由が、おのずと伝わってきます。そうした彼らのモノに対する美意識を支えているのが、コッレの伝統産業なのです。

コッレ・ヴィルカによるグラスとデカンタ。イタリアらしいシンプルかつ洗練されたデザインなら、一生モノになります。コッレ・ヴィルカによるグラスとデカンタ。イタリアらしいシンプルかつ洗練されたデザインなら、一生モノになります。

INFORMATION  
Museo del Cristallo
www.museodelcristallo.it
*2021年10月現在改修中。一部展示品を旧市街の別会場で公開。

COLLEVILCA
www.collevilca.it
*予約で工房見学が可能。

トスカーナ特集KV

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WRITER PROFILE
大矢 麻里 Mari Oya

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』などに連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。