
ウンベルト・エーコのベストセラー小説『薔薇の名前』が、2025年4月27日〜5月10日にミラノのスカラ座でオペラ化!中世の修道院で繰り広げられる殺人ミステリー×宗教×哲学×陰謀の超濃厚ストーリーを、あなたも名探偵気分で解き明かそう! さあ、ワカペディアチームと中世ヨーロッパの修道院へタイムスリップ!
『薔薇の名前』とは?
「イタリアだし、禁断のロマンティックラブストーリーじゃない?」と思ったあなた。確かに、若き修道士アドソの秘めた恋は切ない。しかし、この物語の本質はそれだけではない。哲学者・記号学者でもあるウンベルト・エーコが1980年に発表したこの作品は、知識と権力の攻防を背景に、人間の探求心と信仰が交錯する奥深い歴史・推理小説なのだ。驚くべきことに、これはエーコのデビュー作でありながら、世界的なベストセラーとなった。多くのイタリアの高校生は、この難解な本と格闘する運命にある。ちなみに、ワカペディアチームも例外ではなかった。(ただし、小説を読破するのではなく、映画版であらすじを学び、テストに出そうな重要なセリフだけ本から暗記するというチートで強行突破したことは今だからできる「懺悔」だ。)
ベストセラーの理由
この作品が世界中の読者を魅了した理由は、いくつかある。まず、ジャンルの融合が絶妙だ。『薔薇の名前』は単なるミステリーではなく、宗教、哲学、歴史、記号学が入り混じった超濃厚な作品で、読めば読むほど奥深くなる。 読み手によってさまざまに解釈される「開かれた作品」だという点が読者の知的好奇心をくすぐり、世界的ベストセラーへと駆け上がったのだ!
さらに、修道院での連続殺人事件を追う中で描かれる、カトリック教会における「知識と権力の攻防」は、現代にも通じるテーマ。歴史を学ぶだけでなく、読者に「真実とは何か?」という問いを突きつけるところもこの作品の魅力だ。1986年にはショーン・コネリー主演の映画版が公開され、大ヒット。その後、ドラマ化を経て、2025年にはスカラ座でオペラ化! 解釈を変えながら進化し続ける、不滅の名作なのだ。
『薔薇の名前』の背景・14世紀ヨーロッパの実態
日本で鎌倉幕府が終焉を迎えた頃、ヨーロッパもまた激動の時代を迎えていた。ペスト(黒死病)の猛威が社会を揺るがし、信仰への疑念が広がる。そして、イングランドとフランスは百年戦争に突入し、長きにわたり対立を続けた。(もしこれがサッカーの試合だったら、ビール片手に観戦できたのに・・・!)
そして、政治と宗教の混乱も深刻化する。フランス国王の影響で教皇庁はローマからフランス国内のアヴィニョンへ移転。しかし、ローマ派が対抗して別の教皇を立てたことで「教会の大分裂(大シスマ)」が発生し、カトリック教会の権威が揺らいだ。
この時代、もう一つの大きなテーマが「知識の価値」だった。中世、知識は修道士や聖職者に独占され、書物は彼らだけが読むことのできるラテン語で記されていた。しかし、人々は「知る自由」を求め始める。ダンテ・アリギエーリは『神曲』を現在のイタリア語の基盤となった当時のトスカーナ方言で執筆。庶民に知識の扉を開いたことで、教会への疑念が加速した。(詳しくはダンテへのインタビューをご覧あれ!)教会は異端思想を取り締まったが、それがかえって知の解放を促し、ルネサンスや宗教改革へとつながる結果となった。

あらすじ
舞台は1327年、中世ヨーロッパの修道院。フランシスコ会の修道士で元異端審問官のグリエルモ・ダ・バスカヴィル(日本語訳では、ウィリアム・バスカヴィル)と弟子アドソ・ド・メルクはある修道院を訪れる。そこで、謎の連続殺人事件が発生。物語には7日間に渡って展開される緊迫した出来事が描かれている。犠牲者たちは修道院の巨大な図書館に関わりを持ち、調査の中で禁断の書物が浮かび上がる。それは、アリストテレスの「笑い」に関する書物だった。「笑うことがそんなに危険?」と思うかもしれないが、当時の宗教観では笑いは信仰の権威を揺るがすものとされ、厳しく封じられていた。この知識に触れた者が次々と命を落としていく。
一方、若き修道士アドソは、修道院に忍び込んだ極貧の少女と出会い、禁断の恋に落ちる。信仰に生きるべきか?それとも、恋を選ぶべきか? アドソは、知識の迷宮と恋の迷宮、二つの運命の岐路に立たされることになる。

オペラになって帰ってきた『薔薇の名前』
イタリア・ミラノのスカラ座で、伝統と革新が融合した『薔薇の名前』のオペラ公演が初公演を飾った。作曲家のフランチェスコ・フィリデイと演出家のダミアーノ・ミキエレットを中心に若手クリエーターを積極的に起用しただけでなく、スカラ座とパリのオペラ座が共同でフィリデイに作曲を委嘱し、実現したこの作品は大きな話題を呼んだ。普段、イタリアにライバル視されるも、イタリアは全く眼中にないように見えるフランスでも、視覚芸術と音楽が一体化し、オペラの可能性を広げる重要な作品として評価されている。クラシカルなオペラを想像していたワカペディアチームは、ヴェネツィア・ビエンナーレのアートパフォーマンスを体験しているかのような刺激を受け、大興奮!
フランチェスコ・フィリデイの音楽は、ウンベルト・エーコの思想を反映し、ドからドまでの音階進行で物語を構築。各場面に異なる基準音を設定し、グレゴリオ聖歌や中世音楽の要素を取り入れている。作曲にあたり、19世紀の絵画が飾られた美術館のインスタレーションから発想を得たそうだ。そこにミキエレットのコンテンポラリーアートのような演出が融合し、観客を知識の迷宮へと引き込む。舞台では巨大な十字架が物語の宗教的背景を象徴し、透明なカーテンが揺らめき、心理的な混沌を視覚化。そして最終幕、静かにカーテンが落ちると、舞台には一輪の薔薇が現れる。まさにエーコの原作の象徴的な一文「昔の薔薇はその名のみに残り、我々は名ばかりを持つ(Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus)」を思い起こさせ、物語の核心を静かに浮かび上がらせた。

この舞台はまさに現在と過去が交錯する「知識の迷宮」そのものだ。そしてふと考える。中世では知識は限られた者に独占されていたが、現代では誰もが自由にアクセスできる時代。しかし、「何が本当の情報なのか?」を見極めることがより困難になり、意図的に操作される情報も存在する。歴史は繰り返されるとでも言うかのように現在の不安定な国際情勢の中で、「真実」という言葉は語り手によって変化し、一層曖昧になっている。
「私たちにとっての真実とは何なのか?」 その問いが静かに胸に響く中、オペラの幕が閉じる。オレンジ色の照明が劇場を優しく包み込み、空になった客席を見つめながら、その答えを探し続ける。まるで迷宮に迷い込んだように。