五感を呼び覚ます「街のドゥオーモ」
私が最初に住んだイタリアの街は、フィレンツェ。語学学校に1年ほど通うために選んだのが、トスカーナの歴史あるこの街でした。ミラノに比べて街もこじんまりしていて、気軽に徒歩で散策しながらルネッサンス芸術作品にふれられる生活は、毎日が夢を見ているようでした。
学生の頃から、江國香織さんの作品が好きで、「冷静と情熱のあいだ」のRossoとBluを交互に読みながら、その世界観に憧れを抱いたことを思い出します。作品の中に登場する純正とあおいが再会を誓うのがフィレンツェのドゥオーモで、街の象徴でもあります。午前9時半、11時半、午後12時、日没の1時間前、そして日没の1時間後にドゥオーモの鐘の音色が響き、街のどこにいてもその存在を感じる、特別なものでした。
カトリックの信仰心が強いイタリアでは、古くから教会は街の人々の心の拠り所として、重要な役割を果たしてきました。現在、ミラノの中心から少し離れた私の住む街でも、定時になると、教会から音色の異なる鐘が次々と鳴り響いてきます。毎年、クリスマス前になると、近所の教会の聖職者が魔除けの祈りを捧げに家々を回ります。もちろん私たちの家にやってきます。無宗教の夫は「日本の節分みたいなものだよ」と言い、聖職者の訪問を受け入れ、この時期に欠かせない行事となっています。
そんなミラノにもドゥオーモがあります。
街の中心のピアッツァ・ドゥオーモから伸びる華やかなガレリア(Galleria Vittorio Emanuele II)に引けをとらない外観の豪華さで、訪れる人を魅了しています。初めてミラノのドゥオーモを目の前にした時には、その精巧な彫刻で埋め尽くされたファザード(正面)に圧倒されました。
今回はそんな、イタリアを代表するミラノとフィレンツェのドゥオーモを比較しながらご紹介したいと思います。
壮大な「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の計画
まずはフィレンツェのドゥオーモから。
正式名称は「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(Cattedrale di Santa Maria del Fiore)」といいます。花(フィオーレ)の聖母マリア大聖堂と意味という華やかな名前が付けられた、フィレンツェのドゥオーモの歴史は、今から700年以上も前にまで遡り、1296年に、建築家・彫刻家の巨匠アルノルフォ・ディ・カンビオが壮大なドゥオーモの基本設計を構想したところから始まります。その後、彼の死をきっかけに計画は中断しますが、自らの名前を反映させた「ジョットの鐘楼(Campanile di Giotto)」の建築に着手したことでも知られるジョット・ディ・ボンドーネが総監督としてドゥオーモの建築に携わり、1334年から本格的に建築が進められることになりました。
工事が進む中、このドゥオーモの象徴的な「クーポラ(円蓋)」は、足場を組むのが難しいという現実に直面し、改善策を求め、再度新たなデザインを求めるコンペが開かれました。そこで、採用されたのがフィリッポ・ブルネレスキによるクーポラの二重構造。そして構想から140年後の1436年に「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」が完成しました。その後、内観の補修やほとんど手つかずだったファザード(正面)に新たに彫刻などのデザインが加えられ、現在の姿に至ったのは1889年のことでした。
展望台に登るなら“マジックアワー”がおすすめ
フィレンツェのドゥオーモの最大の特徴は、設計に時間を要した「クーポラ(円蓋)」にあります。約400万個のレンガで覆われたクーポラは高さ107m、直径45.5m。このクーポラと、高さ84mの「ジョットの鐘楼」の2箇所には、メンテナンスのために設置された階段があり、それを使ってそれぞれの展望台まで上がることができます。フィレンツェで一番高い建物が、このドゥオーモですから、展望台から眼下に広がるフィレンツェの街並みはまさに絶景です。サンセットタイムには、夕焼けに染まる空や、街の灯りに照らされた歴史ある街並みが広がり、なんともロマンテックな景色が望めます。
クーポラ、ジョットの鐘楼には、エレベーターがないため、クーポラは463段、ジョットの鐘楼は414段を登る必要がありますが、一生心に残る風景がそこにはあります。クーポラ側の展望台では、クーポラの半円状の内部全体に装飾された、ジョルジョ・ヴァサーリとフェデリコ・ツッカリにより16世紀に描かれた「最後の審判」の豪華なフレスコ画を間近で見ることができるのもポイントです。
フレンツェとミラノのドゥオーモの比較
フィレンツェのドゥオーモの魅力は歴史的価値のある、クーポラを含めた建築物としてのデザイン性の高さにあります。一方、ミラノのドゥオーモの魅力は、豪華な内観の装飾や145本の尖塔や、108mの場所にそびえる黄金のマリア像など3,500にも及ぶ彫刻の数々です。ミラノのドゥオーモは屋上までエレベーターで登ることができ、尖塔や彫刻の数々を間近見ることができます。
フィレンツェのドゥオーモの内観は、内部には6本の柱のみ、3本の廊下で形成される3廊式のシンプルな設計デザインは、どの場所にいても祭壇が見えるように設計されています。
ミラノのドゥオーモの5廊式の内観には、建物を支える76本の柱が存在します。また、ミラノのドゥオーモはイタリア国内(バチカンのサン・ピエトロ寺院を除く)で最大の11,700㎡。フィレンツェのドゥオーモの8,300㎡を大幅に上回るスケールの大きさも特徴の一つです。
400年の中断を経て完成したミラノのドゥオーモ
正式名称「サンタ・マリア・ナシェンテ大聖堂(Catedrale di Santa Maria Nascente)」のミラノのドゥオーモは、フィレンツェのドゥオーモの建築が進む同じ頃、1386年に大掛かりな建築工事が開始されました。しかし、プロジェクトの変更や資金繰り、さらに戦争の影響で長きにわたり中断することに。1805年イタリアがナポレオンの占領下となった際に、ドゥオーモの建築の続行が命じられたことでようやく再開し、1814年についに完成します。
時を経て、1908年には、受胎告知などのキリストが誕生するまでのストーリなどが描かれた青銅製の5枚の扉が取り付けられました。さらにステンドグラスや彫刻が加えられなどして、現在のドゥオーモの形に至るのには、1965年まで待たなければなりませんでした。
ミラノのドゥオーモの中に入り、天井を見上げると美しい彫刻やステンドグラスが目に入ります。
ドゥオーモを訪れるポイントは「時間」
これまでに私は、スペインのサグラダファミリア、ニューヨークのセント・ジョン・ザ・ディバイン大聖堂(The Cathedral Church of Saint John The divine)、セント・パトリック大聖堂(St.Patrick’s Cathedral)、ロンドンのセント・ポール大聖堂(St. Paul Cathedral)、オーストリアのセント・ステファン大聖堂(St.Stephen’s Cathedral)など、世界的に有名な様々な大聖堂をこの目で見てきました。
その土地の人々の生活に根付いた教会を知ることで、時代背景や文化などを垣間見ることができ、また初めて訪れた場所では代表者に挨拶をしたような気分になるので、旅をすると教会へ足を運ぶようにしています。
また、教会の見どころと合わせて、訪問する時間を選ぶようにしているのが私流の教会の歩き方。先に説明したフィレンツェのドゥオーモはサンセットの時間に合わせて行くのがおすすめなように、ファザードが南向きのミラノのドゥオーモは、ステンドグラスに光が差し込み、さらに観光客が比較的少ない、午前中に訪問することをおすすめします。
今回ご紹介した、イタリアを代表するフィレンツェとミラノの大聖堂で、長きにわたり人々の願いと思いが詰まった空間をぜひ五感で体感してみてください。
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