イタリア版カウボーイに会える!マレンマ地方のアグリトゥリズモ滞在
TRAVEL 30 Aug 2021

イタリア版カウボーイに会える!マレンマ地方のアグリトゥリズモ滞在


農園民宿の宝庫

「アグリトゥリズモ」とよばれる旅のかたちが定着して久しくなりました。agriturismoとは、イタリア語のagricoltura(農業)とturismo(観光)からなる造語です。その昔は、来訪者が農園に宿泊場所を提供してもらう代わりに、農作業を手伝うといったものでした。農園民宿と訳された時代もありました。

いっぽうで近年は、労働の対価として泊まるのではなく、ホテルなどの一般施設同様ゲストとして宿泊しながら、収穫物を使った料理を楽しんだり、ワインやオリーブオイルのテイスティング体験をするスタイルへと変化しています。

イタリア国家統計局(ISTAT)の2019年データによると、国内には24,576軒のアグリトゥリズモがあり、中部地方にはその3分の1以上にあたる約9,000軒が集中しています。さらに県別では、今回紹介する施設があるトスカーナ州グロッセート県(1,167軒)は、1位のシエナ県(1,272軒)に次いでアグリトゥリズモが盛んです。

なかでもグロッセート県南部のマレンマ地方には、イタリア版カウボーイによる“牛追い”が見られるユニークなアグリトゥリズモがあります。

ビオ・アグリトゥリズモ『コルテ・デッリ・ウリーヴィ』 を営むオーナーのジューリア・サヴィオさん(中央)。母親と同名の娘ジューリアさん(右)、息子フランチェスコさん(左)とともにゲストを迎えます。ビオ・アグリトゥリズモ『コルテ・デッリ・ウリーヴィ』 を営むオーナーのジューリア・サヴィオさん(中央)。母親と同名の娘ジューリアさん(右)、息子フランチェスコさん(左)とともにゲストを迎えます。

5千本のオリーブに迎えられて

牛追いの前に、まずは今回訪ねたアグリトゥリズモを紹介しましょう。
ビオ・アグリトゥリズモ『コルテ・デッリ・ウリーヴィCorte degli Ulivi』は、マレンマ地方のグロッセート旧市街から北へ車で約15分のところにあります。

農園の入口から続く小径には、オリーブの木が延々と植えられています。レセプションにたどり着いたのは、敷地内を1kmも走ったあとでした。迎えてくれたのはオーナーのジューリア・サヴィオさん。「祖母の時代から3代にわたって営んできた農園です。宿泊棟は19世紀の古い農家と厩舎を改装したものですよ。
例のオリーブはいずれも樹齢約100年で、その数は5千本といいます。

園内にはオリーブの木が5千本も。園内にはオリーブの木が5千本も。

田舎風のダブルルーム。天然の蜜蝋が塗られた家具から、優しい香りが漂います。(photo: Corte degli Ulivi)田舎風のダブルルーム。天然の蜜蝋が塗られた家具から、優しい香りが漂います。(photo: Corte degli Ulivi)

家族や仲間と大勢で滞在できるアパートタイプも。複数のベッドルーム、暖炉付きリビングやキッチンなども備わっています。(photo : Corte degli Ulivi)家族や仲間と大勢で滞在できるアパートタイプも。複数のベッドルーム、暖炉付きリビングやキッチンなども備わっています。(photo : Corte degli Ulivi)

ジューリアさんは続けます。「私はゲストのおもてなしと、有機栽培によるオリーブオイル造りを手がけてきました。同じ敷地内で、弟はワイン造り、妹は乗馬学校に携わっています。」総面積は250ヘクタール。なんと東京ドーム53個分の広さに相当します。

ゲストはオリーブの木陰で読書をしたり、プールで涼んだり。子どもたちは農園の動物とふれあうのも良し。併設のレストランでは、トスカーナやマレンマ地方の伝統料理が味わえます。喧騒に包まれた都市とは180度異なる、ゆったりとした時間が流れていました。

滞在中、タイミングが良ければオリーブ収穫の様子を目にできるかもしれません。(photo: Corte degli Ulivi)滞在中、タイミングが良ければオリーブ収穫の様子を目にできるかもしれません。(photo: Corte degli Ulivi)

農園オリジナルのD.O.C.(統制原産地呼称)認定ワインと、有機栽培によるエキストラヴァージン・オリーブオイル。宿泊客でなくても予約すれば有料でテイスティングが可能です。(photo: Corte degli Ulivi)農園オリジナルのD.O.C.(統制原産地呼称)認定ワインと、有機栽培によるエキストラヴァージン・オリーブオイル。宿泊客でなくても予約すれば有料でテイスティングが可能です。(photo: Corte degli Ulivi)

迫力満点のアトラクション

“牛追い”のアトラクションは、ジューリアさんのアグリトゥリズモを始め、マレンマ地方一帯で牛馬を飼育している農場のいくつかが企画しているものです。地元の方言で「ブッテリbutteri」とよばれるカウボーイが、その乗馬技術を披露するものです。

地元原産の馬に跨ったブッテリたちが颯爽と現れると、観客席から一斉に歓声が上がりました。続いて立派な角をもつ、これまた地元産の「マレンマ牛」が登場しました。ブッテリたちは、八方に散らばる牛の行く手を華麗な連携プレイで遮りながら、柵へと追い込んでゆきます。
なかには荒ぶって逃げまどう牛も。そうしたときには馬上から縄を投げて角を捕らえます。その姿は、映画のカウボーイさながらです。牛馬が大地を激しく踏みしめる音や、もうもうと土埃が舞い上がるさまも、圧巻の一語に尽きます。

見事な手綱さばきで馬を操りながら牛を柵へと追い込んでいくブッテリたち。エトルリア時代から伝承されてきた馬術です。ジューリアさんの農園の場合、宿泊客だけでなく、予約をすれば一般来場者も有料で観覧可能です。見事な手綱さばきで馬を操りながら牛を柵へと追い込んでいくブッテリたち。エトルリア時代から伝承されてきた馬術です。ジューリアさんの農園の場合、宿泊客だけでなく、予約をすれば一般来場者も有料で観覧可能です。

観覧後は食事が振る舞われます。地元産のサラミや生ハム、チーズなどが並ぶアンティパスト。(photo: Corte degli Ulivi)観覧後は食事が振る舞われます。地元産のサラミや生ハム、チーズなどが並ぶアンティパスト。(photo: Corte degli Ulivi)

夏を代表する爽やかな一皿「パンツァネッラ」。固くなったパンをサラダ風に仕立てたものです。(photo: Corte degli Ulivi)夏を代表する爽やかな一皿「パンツァネッラ」。固くなったパンをサラダ風に仕立てたものです。(photo: Corte degli Ulivi)

太古の時代から伝わる馬術

もうひとつ、1時間半にもわたるアトラクションをあっという間に感じたのは、地元観光ガイドのロリアーナさんによる熱を帯びたマイク実況でした。

彼女によると、ブッテリの歴史は、なんと紀元前7世紀まで遡るとのこと。この地には、古代ローマ以前に文化を築いたエトルリア人が暮らしていました。彼らは馬を操って牛の放牧をしていたとされ、butteriも古代ラテン語のbutoros(牛追い人)に由来するといわれています。

その馬術は世紀を超えて伝承され、かつてマレンマの平野に存在した広大な湿地帯においても、ブッテリは何千頭もの野生牛を管理していました。「湿地は蚊が媒介するマラリア蔓延の温床でもありましたが、そうした過酷な環境下でも彼らは逞しく生き抜いたのです」とロリアーナさん。

ところが19世紀初頭と1930〜1940年代のファシズム時代の相次ぐ干拓事業で湿地面積は減少。それに伴い、かつて放牧していた地域の多くが私有地化されたことにより、ブッテリの数は激減してしまったのです。

ブッテリのアトラクションは「いにしえから伝承したマレンマの馬術を、今日の人々に再発見してもらいたい」という地元の人々の思いが込められたものでした。単なる派手なショーではなかったのです。

観覧を終える頃には、どこからか芳ばしい香りが漂ってきました。夕食会場となる庭で、スタッフが生ソーセージやスペアリブを焼き始めていたのです。テーブル上にはジューリアさんご自慢のオリーブオイルとワインも準備万端です。

静寂のひとときを過ごし、牛追いに興奮したあとは、地元料理を堪能する。かくもマレンマ地方のアグリトゥリズモは、五感を刺激しながら私の夏の記憶に刻まれました。

観光ガイドのロリアーナさん。その解説には地元マレンマ人ならではの熱い思いが溢れます。観光ガイドのロリアーナさん。その解説には地元マレンマ人ならではの熱い思いが溢れます。

マレンマ馬に跨るブッテリ。今日彼らが馬に用いる轡★ルビ くつわ★(口にかませる金具)も、エトルリア時代と同じ形のものであるといいます。マレンマ馬に跨るブッテリ。今日彼らが馬に用いるくつわ(口にかませる金具)も、エトルリア時代と同じ形のものであるといいます。

インフォメーション: Bio Agriturismo Corte degli Ulivi www.cortedegliulivi.net
*2021年、コルテ・デッリ・ウリーヴィのブッテリ・ショーは6/24〜9/9の毎週水曜日に開催

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WRITER PROFILE
大矢 麻里 Mari Oya

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』などに連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。