エルバ島と聞いて、歴史の授業で学んだ「ナポレオン幽閉の地」を思い浮かべる人は少なくないでしょう。でも本当の彼の生活は? そうしたお話も含め、今回はトスカーナのもうひとつの顔・エルバ島の魅力をさぐってみましょう。
皇帝の改革による島の変貌
本土からフェリーで約1時間。碧いティレニア海の先にエルバ島はあります。今日のイタリアではシチリア島・サルデーニャ島に次いで3番目に大きな島ですが、東西は27km、南北は18kmにとどまります。
1814年5月、ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)は、ロシア遠征の失敗などによってフランス皇帝の退位を余儀なくされ、地中海に浮かぶエルバ島へと送られました。

しかし実際には、島流しという言葉から想像されるような冷酷な待遇ではありませんでした。新たにつくられた主権国家「エルバ公国」の君主の地位が与えられたのでした。
就任後のナポレオンはさっそく島の改革に取り組みます。道路整備を進め、病院や学校を建設するなど、生活基盤の充実に力を注いだのです。さらに、主に島の東側で産出される鉄鉱石に着目しました。もともとエルバ島の鉄は、紀元前のエトルリア時代から地中海貿易にも登場するほど価値あるものでしたが、時を経て採掘・精錬技術は時代遅れになり、生産性は低下していました。
ナポレオンはそうした技術を近代化することで復興を図りました。結果として農業や漁業が中心だった島の経済に新たな活力がもたらされました。ナポレオンによる統治は翌年2月に彼が島から脱出したことで10か月足らずで終止符が打たれますが、島の姿は大きく変わったのです。


捨てられていた宝石たちを発見
ナポレオンの功績を離れて、島そのものに目を向けてみましょう。エルバの鉱物資源は彼が注目した鉄鉱石だけではありませんでした。舞台は島の西側に位置するサン・ピエーロ・イン・カンポ村です。そこではかつて花崗岩が採掘されていました。そればかりか、今日珍重される数々の宝石も眠っていました。
意外な事実を教えてくれたのは村の鉱物博物館の館員です。「19世紀以前、そうした宝石の原石は花崗岩採掘の際に副産物として捨てられていたのです」
評価のきっかけとなったのは、村の石工ルイージ・チェッレーリ(1829-1900)の存在でした。きれいな石集めを趣味としていた彼は、「チェッレーリが歩くところに美しい石あり」と噂される人物でした。やがて彼はその名を知らないまま、トパーズやガーネットなどを島内で見つけます。発見は本土の研究者たちの耳に届くとともに、やがて彼自身も鉱物学を基礎から習得して学術の世界に貢献するようになりました。
なかでもチェッレーリによる功績として最も知られているのが、ピンクや緑、青といった鮮やかな色彩をもつ鉱石の発見です。のちに“エルバ島の石”と名づけられる「エルバイト」は、宝石としても広く用いられることから、その名を耳にしたことがある人も少なくないでしょう。
島に住むひとりの石工の情熱によって、それまで見過ごされていた石たちに光が当たったのです。


「鉱山の時代」を伝える郷土菓子
このように鉱物資源は歴史のなかでたびたびエルバ島を潤わせました。しかし、第二次世界大戦後になると徐々に陰りを見せていきます。相次ぐ労働争議や安価な輸入鉄鉱石の影響によるものでした。鉄鉱石の鉱山は1981年に閉鎖されました。鉄鉱石もエルバイトなどの鉱石も、今日ではいずれも商業採掘は行われておらず、歴史的・学術的価値を伝える標本が考古学公園や博物館などに展示されているのみです。
ところが、港町リオ・マリーナのパン&菓子店「ムーティ・エ・ルーピ」で鉱業の繁栄時代を偲ばせる一品に出会いました。「スキャッチャ・ブリアーカ(schiaccia briaca)」です。

この焼き菓子の起源は、13世紀から16世紀にさかのぼるといわれています。当時、エルバ島はサラセン人やバルバリア海賊の襲来にさらされていました。彼らが携えていた保存食は、酵母や卵を使わず、ナッツやドライフルーツ、そしてハチミツを混ぜて焼き上げたものだったのです。
やがて19世紀になると、鉄鉱石運搬船の船員たちにも愛されました。数ヶ月も家を留守にしながら過酷な労働に従事する彼らにとって、その保存性、携帯性、そして豊富なカロリーはうってつけだったのです。
その後、島特産の甘口デザートワイン「アレアティコ・パッシート」や、鮮やかな赤色をもたらすリキュール「アルケルメス」が加えられたことで、現在のスキャッチャ・ブリアーカの姿になりました。風味は一層豊かに、見た目も鮮やかになりました。この酒に浸す製法こそが、「briaca(酔っ払い)」という名の由来です。
母親や妻がこしらえたスキアッチャ・ブリアーカは、家族と離れて過ごす船員の心を癒したに違いありません。


英雄の知られざる功績、価値無しと思われていた石に当てられた光、そして鉱山の繁栄時代を今に伝える味。エルバ島にはその小ささから想像できないほど豊かな物語が隠されています。