往年のイタリア映画といえば、ネオレアリズモの代表作である『自転車泥棒』や『鉄道員』、名女優ソフィア・ローレン主演の『ひまわり』などを思い浮かべます。いっぽうで、日本であまり知られていなくても、国内で広く愛されているイタリア映画があります。そのひとつが『ドン・カミッロ Don Camillo』シリーズです。
司祭vs村長の睨み合い
大衆文学作家ジョヴァンニ・グアレスキの原作をもとに、1952年から1965年まで5本がリリースされました。2022年は第1作の誕生から70周年。ストーリーをもとにした新たなコミックも発売されるなど、ふたたび脚光が当てられています。
物語の舞台は、第二次世界大戦の終戦後間もない北部ポー川流域の農村です。Donとはイタリア語で司祭の意味。ドン・カミッロは、カトリック教会中心のコミュニティを守るべく奮闘する熱血司祭です。その彼と対立するのは、村長のペッポーネ。合法化間もない共産党から立候補し当選した彼は、労働者代表として改革を目指します。
かつて同じ戦地へと赴いた戦友ですが、旧来の社会観と新しい政治観を持つゆえ、顔を合わせれば喧嘩が絶えません。それを戦後の混沌とした農村社会を背景に描いた、涙あり笑いありのストーリーです。
村がまるごと映画セット
実際に撮影が行われた、北部エミリア=ロマーニャ州のブレシェッロ村を訪ねました。今日でも人口僅か5600人ほどの小さなコムーネ(基礎自治体)です。
村の中心である広場で思わず声を上げました。映画とほぼ変わらぬ光景が残されていたのです。
教会前には、手を挙げて「チャオ!」と挨拶をする、ドン・カミッロの銅像が据えられていました。広場を挟んだ斜向かいに目線を移せば、本当の村役場の前にペッポーネ村長の銅像も置かれているではないですか。帽子をとった姿は、今まさにドン・カミッロに会釈したかのようです。
実はドン・カミッロ・シリーズはイタリア・フランス共同制作で、劇中でドン・カミッロを演じたフェルナンデルは、マルセイユ生まれの喜劇俳優です。それを象徴するかのように、広場ではフランスからやってきた年配グループも記念撮影に興じていました。
近隣には「ペッポーネ邸」としてロケに使われた家も残っていました。また教会の中には、後述する木製のキリスト像も。それらを見つけるたび、70年前の映画の中にタイムスリップしたように錯覚するのは、私だけではないはずです。ワンシーン、ワンフレーム、ときには台詞さえ脳裏に蘇ってきます。
憎めない愛されキャラの主人公
ドン・カミッロはテレビでたびたび再放送が行われます。懐かしさに全巻セットのDVDを買い求めるお年寄りも少なくありません。
シリーズが今なお親しまれている理由はなんでしょうか?それは二人がどこまでも人間臭く、憎めない姿で描かれていることに尽きます。
ドン・カミッロは聖職者でありながら、ときには怒りに任せて暴力を振るってしまうことも。広場で宿敵ペッポーネが演説を始めると、教会の塔に自ら登って鐘をガンガン鳴らし妨害しにかかります。にもかかわらず、ペッポーネに子どもが誕生したと知ると、今度は祝福の鐘を響かせるのです。
対するペッポーネもしかり。教会に赴いて「(ロシアの革命家にあやかり)レーニンと名付けたい」と申し出ると、ドン・カミッロからは「ならば洗礼は受けさせない」と拒否されます。殴り合いのケンカの末、最終的にペッポーネは考えを改めるばかりか、なんと「カミッロ」の名を授けてもらいます。
彼らの性格は、教会に祀られたキリスト像に関するエピソードからも。実はドン・カミッロはキリスト像と会話ができる設定です。彼はペッポーネとの揉め事をキリストに打ち明けては、いつも「許しなさい」と諭されます。
あるとき、一帯を流れるポー川の氾濫で村が水没の危機に晒されます。ドン・カミッロは、人々の教会への無関心に半ば諦めの感情を抱きつつ、単身キリスト像を担ぎ、祈りを捧げるために川岸を目指します。その途中にはペッポーネ村長をはじめとする村人たちの姿が。心をひとつにして神に祈りを捧げる……というストーリーです。
ことごとく歪み合いながらも、最終的には互いに敬意をもって歩み寄る。その姿が観衆の目に微笑ましく映るのです。
とかくイタリアというと、ミラノやローマなど大都市が取り上げられがちです。しかし実際はというと、全7904自治体の平均人口は7637人に過ぎません(2020年イタリア統計局調査)。国は、ブレシェッロのような小さな村の集合体であるといっても過言ではないのです。
イタリア各地の村では、毎日のように地元住民がバールに集い、エスプレッソを傾けながら、トランプ遊びを楽しんでいます。にもかかわらず、突然、喧嘩でも始めたのかと驚く大声で、支持政党について議論を戦わせたりします。ところが直後には、今度は孫の自慢話に花を咲かせるのです。
そうした本音でぶつかり合う人間味溢れるやりとりを目にするたび、「まるでドン・カミッロとペッポーネそのものだ!」と呟いてしまいます。
70年前の映画が今も愛され続ける理由は、昔も今も変わらない等身大のイタリアを人々が感じているからなのかもしれません。
INFORMATION:
ドン・カミッロとペッポーネの村 公式サイト https://visitbrescello.it/