「A Retrospective Tasting of Masseto レトロスペクティヴ・テイスティング」。ワインの世界ではあまり耳にしない「ワード」と思ったのは私だけでしょうか。それは、2024年11月、六本木のザ・リッツ・カールトン東京で行われた「マッセートワイン垂直試飲」の表題。これまでは同じワインを、ヴィンテージを遡って試飲する「ヴァーティカル・テイスティング」になじんでいましたが、「レトロスペクティヴ・テイスティング」のワードは、“ワインとは、葡萄畑という自然と、栽培や醸造などに携わる人々の創造”であることを、グラスの中のワインが回想し、語りかけているのだと感じました。
マッセートワインの「レトロスペクティヴ・テイスティング」をリードしたのは、マルケージ・デ・フレスコバルディ代表取締役社長のランベルト・フレスコバルディ氏と、生産管理マネージャーのマルコ・バルシメッリ氏のふたり。参加者は、レストランソムリエ、プレス、ワイン研究家など約40名が招かれました。
フレスコバルディ家は、700年の歴史を越えるトスカーナ貴族の家系。古くからトスカーナの重要エリアに葡萄畑を数多く所有し、著名なワインを産出しています。ランベルト氏は、フレスコバルディ家とモンダヴィ家とのジョイントベンチャーで誕生したルーチェワインの醸造家でもあり、現在、ルーチェはフレスコバルディ家が所有。2005年、オルネッライアとマッセートも傘下に加えています。

マッセートを育む葡萄畑と特徴的な土壌
マッセートの葡萄畑と醸造セラーは、トスカーナ・リヴォルノの南の海岸沿いに位置するマレンマ地方ボルゲリにあり、終始、地中海からの風を受けている地です。トスカーナ中西部の主要品種の筆頭はサンジョヴェーゼですが、ボルゲリの土壌はカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロで、世界のワイン専門家などから注視されると、ワイン伝統国イタリアにおける「流行の先端をゆくワインエリア」として、世界に知られることになりました。

海抜120メートルの丘にある6.63ヘクタールのマッセートの葡萄畑は、ボルゲリのほかのエリアではほとんど見られない、独特の粘土質土壌。マッセートの葡萄畑は、丘の上部、中腹部、下部に区分でき、それぞれ個性的なメルロを生み出しますが、なんといっても中腹部にある「ブルー粘土」と呼ばれる灰色粘土層の存在が際立っています。そして、葡萄畑の丘の上部は小石と砂の多い土壌で、香り高いメルロが生まれます。下部は砂と粘土の混じる土壌で、ボディがあり、しかもソフトな果実味を備える葡萄が実ります。

フレッシュな香味のマッセティーノ2022/2018
主に、まだ樹齢の若い葡萄樹から醸すワインで、ヴィンテージ2017からマッセートのセカンドワインとして造られています。マッセティーノ2022は、メルロとカベルネ・フランがもたらす、爽やかで心地よい香味がはじけるフレッシュさが身上です。2022年のボルゲリは、5月末から気温が急上昇し、高温と旱魃が75日も続き、葡萄の発育に影響のあった年と言われています。けれど、「暑いヴィンテージでも、ワインにフレッシュさは重要」と、ランベルト氏は語りました。
マッセティーノ2018は、初々しさが見え隠れするテイスト。少し冷やして楽しみたい、軽やかさとスタイリッシュさを感じる赤ワインで、生ハムのコッパが欲しくなります。

試飲のメイン マッセート3つのフライト
マッセートMasseto2021/2016/2015/2013/
マッセート 2009/2006/2005/ 1999/1996/1999
最初のフライトは席に着いたときすでにグラスに注がれていて、時間差で次のフライトへとソムリエたちがサーヴしてくれるのですが、スピーディなその動きは美しくスマート。会場は、ワインをスワリングする音など、なんともいえない緊張感に包まれます。マッセートのワインが生まれる土地と気候と人が織りなす、まさにテロワールの贈り物ともいえるワインが、グラスの中で緻密に表現され、映し出されていきます。

「マッセートのワインの特質はバランスとフレッシュさにあると思っています。マッセート2021の天候と作柄は、温かく雨の多い冬で始まり、3月の乾燥を経て、4月の最初の2週間で芽吹き、5月末には理想的な状態で開花。6月の気温は平年よりやや高く、雨はほとんど降らず、7月の最終週にヴェレゾン(色付き)が始まりました。8月、9月とも雨は降らず乾燥した天気が続きましたが、ボルゲリ特有の石灰質土壌は春の雨をキープし、葡萄樹は水分ストレスを受けることはありませんでした。しかし、私にとっては、地球規模で囁かれる“暑い年”が気になっていたヴィンテージです」と語るランベルト氏。
マッセート最初のグラス2021は、なんてチャーミングなワインなのだろうと心躍るよう。2016は凝縮感があり、バランスのとれた優等生的でもあるのに、どこか心惹かれるワイン。2015は、隣の外国人ふたり組が「これがメルロだよ!」と話していたのに賛成!ランベルト氏が「太陽と雨だけに頼る年でした」と語るように、太陽と雨がもたらしたのは、ポリフェノールの完熟と芳醇でシルクのような柔らかなタンニンだったといいます。2013もグラスの中からメルロのユニークさをアピールしているようで、「偉大なテロワールはパフォーマンスが高い」と、マッセート最初のフライトは終了しました。

熟成をたどる試飲 マッセート 2009/2006/2005
このフライトは、1980年代に植樹されたメルロからのマッセートの熟成をたどる試飲。ランベルト氏は、熟成するワインを造るということは投資であると言います。「イタリアはラテンカルチャーだから、未来はわからないから今を楽しめ、ワインも若くして飲んでしまえという風潮があるけれど、マッセートは長く楽しめるワインです」とコメント。マッセートは、醸造から熟成までおよそ24カ月を要し、さらに瓶詰め後12カ月セラーでの熟成を経て、市場にリリースされます。グラスの中のマッセート2009は、牡丹の花を思わせる香りとともに口中に滑らかに感じられ、とても甘美なワインでした。
2006はタンニンが心地よく、朗らかな印象で、ヴィンテージ2006はランベルト氏が大好きなワインのようです。マッセート2005は、葡萄の成長期に雨があり涼しいヴィンテージと言われています。香りにバルサミックを感じ、味わいにミネラリティ、塩味もあり個性的な香味です。マルコ氏は、「マッセートの丘の粘土質土壌にはカリウムも含まれているに違いない」と語りました。

価値ある’90年代を味わう マッセート1999/1996/1995
「ここからのワインはもうセラーから出ることはないでしょう」と、トスカーナのよい気候が存分に感じられた1999年からスタート。1999は、グラスの中で急に熟成香が現れ、びっくりさせられました。ワインの味わいが余韻に入りそうなタイミングで、甘さがこっそりと出現し、不思議な味わいです。マッセートのような長期熟成が可能なワインは、スムーズなマロラクティック発酵と、コルクの品質も重要であると話すランベルト氏。すると、会場からリコルクについて質問が。ランベルト氏曰く、「リコルクはワインのマジックモーメントを壊すからしない」と、きっぱり。

そして、マッセート1996へ。1996年は涼しく、トスカーナのサンジョヴェーゼには涼し過ぎて厳しい年だったといいます。しかし、マッセートの丘のメルロは1984年に植えられているから、まだまだ樹齢の若いワインのスタイルをもっているのだと話します。
この日の試飲最後のマッセート1995は、フレッシュ感があり、わずかに青さや塩みが感じられました。こうして、穏やかな緊張感の中で、レトロスペクティヴ垂直試飲は終わりました。

マッセートの丘にある葡萄の成長を助けたい
締めくくりにランベルト氏が語ったのは、「ワインは地理と歴史から成り立っています。目指すワインのスタイルというようなことは考えません。ワインは熟成とともに異なる表情をみせ、葡萄樹の樹齢も高まっていけば、その年の気候の影響も受けにくくなるのです。私は、ワインや葡萄樹にとっての理想的な条件を発見したいとは思いません。マッセートの丘にある葡萄の成長を助ける役割を担いたいだけです」。
そして、近年地球規模で懸念されている温暖化対策については、「天候、その変化に対応していくしかないでしょう。台木、葡萄樹の仕立て方など、グイヨにするかコルドンがよいのか考え、適応していくしかないのです。葡萄畑では、人々が本当にさまざまに働かないとなりません」とランベルト氏が話したのが印象的でした。
