WINE

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新しくて懐かしい! ワインの量り売りがトレンドに

ホリデーシーズンの到来と共に、いつも以上にワインの出番が増えてきました。

そこで今回は、イタリアのワイン文化における最新ムーブメントを。ずばり、ワインの量り売り! 好きなワインを好きな量だけ、その場で容器に詰めてくれる店が注目を集めています。


古き佳き習慣

イタリアの日常的な食卓では、記念日や来客のある特別な日を除いて、有名な銘柄のワインが並ぶことは滅多にありません。代わりに彼らがグラスを傾けているのは、「ヴィーノ・ダ・ターヴォラ(テーブルワイン)」です。たとえ品質等級や格付けから外れていても、十分に風味を楽しめるからです。


従来ヴィーノ・ダ・ターヴォラは、スーパーマーケットなどで、大瓶や紙パック入りなどを買うのが一般的でした。しかし過去数年のコロナ禍で、おうち時間が長くなり、夕食はもちろんスマートワーク中のランチにも軽くワインを飲みたい人が増えました。飲む機会が増えると、より価格が気になったり、たとえヴィーノ・ダ・ターヴォラでも違った種類のものを楽しみたくなるものです。


そこで人々が注目したのは、古くからあった“量り売り“の店でした。かつて人々が空き瓶を提げて行って、必要なときに必要なだけワインを量り売りしてもらっていた店です。こうして売られるワインは、目方売りを意味する「ヴィーノ・スフーゾ vino sfuso」と呼ばれてきました。


ワインの量り売り専門店「イル・ヴィナイオ・ディ・フーリオIl Vinaio di Furio」。シエナ県の選りすぐりのワインを揃えています。

サーバーからボトルへ

そのひとつ、トスカーナ州シエナにある、量り売り専門店「イル・ヴィナイオ・ディ・フーリオIl Vinaio di Furio」を訪ねました。店内には、一般的なワインショップとは異なり、巨大な瓶が床に並べられています。


オーナーのジャコモ・グイーディさんに話を聞きました。


「当店のワインはすべて農家から直接、このダミジャーナと呼ばれる大瓶に入れられた状態で運ばれてきます」

よく見ると、各々のダミジャーナにはチューブが繋がれています。伸びた先にはサーバーがあり、お客さんが選んだワインをジャコモさんがボトルに詰めるという仕組みです。


話を聞いている間にも、常連客が絶えません。彼らの手には、家から持参してきた空のワインボトルやプラスチック容器が提げられています。
仕入れるワインの種類は随時変わるので、初めてのお客さんも常連さんも、味見をしてから買うことができます。価格は1リットルあたり2〜4ユーロ(日本円にして約300〜600円)といったところです。


店は、オーナーのジャコモ・グイーディさんが趣味で集めたヴィンテージ・グッズで飾られています。

契約農家の数は約15軒。運ばれてきたダミジャーナから伸びたチューブはサーバーに繋がっています。

ワインの魅力を伝えたくて

かつては旅行業界に身を置いていたというジャコモさんが、転業に至ったいきさつを語ってくれました。今から13年前、ジャコモさんは知人から、ある高齢の店主が遺した、昔ながらのワイン量り売り専門店が売りに出されていることを耳にしました。


「量り売りスタイルは私たちが立ち戻るべきエコな暮らしの原点だと思いました。故郷シエナのワインの魅力を伝える最良の方法だと確信し、店を居抜きで手に入れたのです。2009年のことでした」。店名は前オーナーに敬意を表し、彼の名前で元々の屋号である「フーリオ」を残しました。


開業以来、ジャコモさんはシエナ県内のワイン農家を一軒一軒訪ねて、厳選した品のみを店に置いています。


お客さんが持参した、または店で用意している空ボトルにワインを注ぐジャコモさん。

量り売りのメリット

この昔ながらの販売方法のメリットを、ジャコモさんは以下のように説明します。


顧客の立場からは…
・容器を持参することで環境負荷の軽減に貢献できる
・必要な時に必要な分だけ買えば、飲み残しの無駄も出さずに済んで経済的


店側にとっては…
・地元農家から仕入れることで輸送コストが抑えられる
・瓶詰めやラベル貼りに大規模な設備を必要としない。そのぶん、低価格で顧客に提供できる
・瓶ではなくサーバーから注ぐので、気軽に試飲してもらえる


というわけです。


瓶詰めをしたらラベルを貼ります。ワインの名前は農園が決めたものではなく、ジャコモさんが産地や風味からイメージして名づけたものです。こちらは「優しい gentile」と命名したもの。

容器は、一般的な0.75ml瓶が0.5ユーロ(約75円)、こちらの3ml入るバックインボックスは2.5ユーロ(約370円)で売られています。

入口に置かれた里程標には、店の概念のひとつで地産地消を意味する「キロメトロ・ゼロ km0」の文字が。

「しかし、それ以上の喜びは、お客さんと間に生まれる密な人間関係です。何度も通ってもらううちに、友達や親戚のような間柄になってしまいますからね」とジャコモさん。


そこへ妹のエレナさんが配達から帰ってきました。店ではホテルやレストラン、個人宅への配達も行っています。
エレナさんが再び出かけようとするので聞くと、ひとり暮らしの高齢女性宅へ届けにいくのだとか。「もう外出がままならない彼女ですが、なんと1週間で3リットルの赤ワインを飲んでしまうのですよ!毎週注文が届くのは、彼女が健やかで暮らしている証なんです」


常連であるシェフ、アントニーノさんと世間話に花が咲きます。ジャコモさんが着ているTシャツは、エア・ジョーダンに店名をかけてパロディにした「エア・フーリオ」。

ジャコモさんの妹のエレナさんが、常連客に届けるワインを用意します。「おばあちゃんが元気なのは、ワインが身体に良い証拠かもしれませんよ」

「キリストのワイン」も

最後に私がジャコモさんにすすめられたのは、「キリストのワイン」と名付けられたものでした。


なぜキリスト? 彼が農家から選んできたワインを一定期間お客さんたちに味見をしてもらい、評判が良ければ継続的な商品として扱うものだったのです。つまりお客さんに「最後の審判」を仰ぐワインというわけです。


少し甘口のワインは、この季節ならではの焼き栗との相性がバッチリ。すっかりワイン、栗、ワイン、栗……の無限ループにハマってしまいました。もちろん私が、「採用」の審判を下したのは言うまでもありません。


ここ数年イタリア各地では、同様の量り売りワインを手掛ける店が増えています。ジャコモさん自身も、370km離れた大都市ミラノに、すでに2軒のフランチャイズ店をオープンさせました。


ふるさとのワインの素晴らしさを、小売りの原点である「量り売り」という形で広めていくジャコモさんの夢は、この先もまだまだ熟成されていきそうです。


「イル・ヴィーノ・ディ・ジェズゥ Il Vino di Gesù」とは、直訳するとキリストのワイン。「一定期間お客さんに味見をしてもらって、継続的に扱うか否か“最後の審判”を下してもらうのです」

INFORMATION:
Il Vinaio di Furio www.ilvinaiodifurio.it