リサーチ機関Eurispesが2022年に発表したデータによると、イタリア国民の10人に4人は何らかの動物と生活しています。ペットは家族の一員であり、人生のパートナーです。今回は、動物とイタリア人に関連した最新トピックと伝統的な祭りをお届けします。
ペットも主役のファッション・イベント
2023年1月10日から13日に世界最大級の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が、フィレンツェのバッソ要塞で開催されました。
103回目を数えた今回は初の試みとして、動物とのハイクオリティな生活スタイルを提案する「ピッティ・ペッツ」館が設けられ、15ブランドが参加しました。
「エンマ フィレンツェ EMMA FIRENZE」は、犬のためのラグジュアリー・アイテムを手掛けるブランドです。「シンプルかつ美しいディテールを、良質な天然素材で表現しました。美と伝統的な職人技が共存するフィレンツェらしさを大切にしています」と話すのは、オーナーのシモーネ・ファンモーニさん。EMMAとは、彼と長い年月を共にしたブルテリアの名を冠したものだそうです。
犬用ベッドやキャリーバッグなど、エレガントかつ機能的なプロダクトを提案する「ドゥエ・プントット 2.8 duepuntootto」は、写真家のアンナ・ブッソロットさんが2016年に立ち上げたブランドです。ダックスフント2匹のオーナーでもある彼女は「従来のペット関連商品は、無闇に色を多用したり、デザインに統一性が無かったりと、家の雰囲気を損ねかねないものが多かったのです」と指摘します。そうしたなか、愛すべきペットと過ごす空間は常に洗練されたものでありたいとの願いが、ブランド創設に繋がったと話してくれました。
ペットフードでも新しい潮流が見られました。「ジェヌイーナ・ペットフードGenuina Pet Food」のオーナーで、愛犬家のマルチェロ・ネグリさんが提案するのは、家庭での手作り食に代わる高級ドッグフードです。「原料はすべて人間でも口にできる品質です。調理済みなので、すぐペットに食べさせられ、常温での保管が可能です。1食分の小分けタイプは、外出先でも重宝していただけますよ」。それとは別に、高級ホテルのペット用アメニティ用に、パッケージに愛犬の名入れもしています。
出展者に共通のメッセージは、ずばり「高付加価値の追求」でした。背景には、ペットの飼い主によるプレミアム志向の高まりがあります。コロナ禍を機にした在宅時間の増加により、ペットと心地よく過ごすための出費をいとわない消費者が増えているのです。ピッティ史上初の試みである“ペッツ”の盛況は、市場の明るい未来を予感させるものでした。
その日、動物たちは祝福された
かわって、ここからはキリスト教のカトリックにゆかりが深いこの国ならではの、動物との関わりをお話ししましょう。
イタリアでは原則として毎日1人の聖人を生前の活動、奇跡そして功績と結びつけて祝う習慣があり、その暦が存在します。たとえば漁師だった「聖ペトロ」は漁業に携わる人を守る聖人で6月29日、幼子イエスを背負って川を渡ったとされる「聖クリストフォロス」は、旅人や交通安全の守護聖人として7月25日に祝います。
動物の守護聖人は「聖アントニオ・アバーテ」。紀元3世紀のエジプトで生まれた彼は、砂漠での苦行で、常に周囲に動物を連れて歩いていたとされます。教会で豚が寄り添う聖人をかたどった像や描かれた絵画を見つけたら、間違いなく聖アントニオ・アバーテです。
彼には、当時蔓延していた皮膚病の治療薬を豚の脂から作り、民衆を救ったという伝説があります。ちなみに、イタリアでは焼けるような痛みを伴う帯状疱疹のことを俗に「聖アントニオの炎」と呼びます。こちらもこの聖人が皮膚の病を癒したことに結びつけたものです。
暦で聖アントニオ・アバーテの日は、彼の召天日である1月17日。その前後にイタリア半島のあちこちで祭りが催されます。とりわけ各地の教会では、ある特別な儀式が行われます。
私が訪れたのは、中部トスカーナ州シエナ郊外にある人口9900人余りの村、ソヴィチッレ。2023年1月15日の午前、教会前で待っていると、犬や猫、ウサギや鳥を連れた飼い主たちが、次々と集まってきました。さらに、蹄(ひずめ)の音も。愛馬にまたがって颯爽と現れたのは、近くにある乗馬クラブのメンバーたちでした。
しばらくして、白の祭服姿で現れた司祭は、旧約聖書の創世記第1章に記された「人は神に選ばれ、動物などを支配することを許された」を読み上げました。支配という言葉からは、ともすると意のままに操る印象を抱きますが、本意は、神から動物を託された人々が、彼らが安心して暮らせるように責任を持つべきことに違いありません。
子どもたちが、集まった人々に紙のカードを配ります。もらってみると、聖アントニオ・アバーテが描かれていました。参列者は、裏側に書かれた祈りの言葉を唱えました。
最後に司祭は自ら動物に歩み寄り、一匹・一羽ずつに聖水を授けてまわりました。そう、この日の集まりは、まさに動物のための祝福式だったのです。式の間、動物たちが暴れることなく静かにしていたのは、彼らなりに神聖な気配を感じ取っていたからかもしれません。
執り行ったヴィットリオ司祭によれば、動物の祝福式は古くからの習わしであるものの、ソヴィチッレ村ではしばらく途絶えていたとか。「私が着任した10年ほど前に復活させました。村の人たちが喜ぶ顔が見られて何よりです」
驚いたのは、司祭は飼い主どころか、ペットとも顔見知りであったことです。小さなコミュニティーにおける、温かくも密な関係がそこにありました。
1800年も前に生きた聖人は、遥か長い時を経た今も、動物たちを守り続けています。
いっぽうで、インタビューに応じてくれたピッティ・ペッツの出展者の多くは、起業のきっかけを「自分のペットの健やかで快適な暮らしを願ったことが出発点でした」と熱く語ってくれました。
イタリア人と動物の関わりは、時代や環境とともに変化してゆきます。しかしそこに等しくあるのは、“愛おしく想う”という、実に素朴な感情だったのです。