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イタリアで築500年越えの家を買う

持ち家は資産となる、この国の不動産購入事情

人生の中で一番大きな買い物と言われるマイホーム。あなたが家を買うなら新築派?それとも中古リノベーション派?

筆者はもっぱら後者で、日本にいた頃から京町屋や古民家での暮らしに憧れていました。

しかし、まさか故郷から遠く離れたイタリアで、15世紀末の史跡の中にマイホームを購入するとは夢にも思っていませんでした。日本なら室町時代、イタリアではルネサンス期に、フランスと神聖ローマ帝国が戦っていた頃に造られた築500年越えの物件です。


今回は、そんなユニークな家の内部をお見せするとともに、入居までに辿った長い道のり、イタリアの家づくり&不動産事情などをお届けします。

一目ぼれした家は美しくも訳あり

筆者夫婦が家探しをしていた一昨年、北イタリアの地方都市フェラーラ歴史地区の一角に、築500年を超えるパラッツオのワンフロアが売りに出ていました。眺望が良く日当抜群の角地、そして何より近代の建物にはない風情ある内部の造りが気に入って購入を決めました。


しかし、15世紀末に建てられたそのパラッツオは、国からモニュメント(史跡)の登録を受けており、売買の成立にはSoprintendenza Archeologia, Belle Arti e Paesaggio(文化財等の管理を行う官公庁のひとつ)の許可が必要とのこと。リノベーションも必要だったので、気長に構えて入居は半年後と見込んでいました。


家の周辺も風情たっぷり

ところが、これがとんだ誤算でした。イタリアでは不動産売買に専門の公証人を通すのですが、契約作業を進める中で彼女が先代オーナーの不手際(納税漏れや無許可で行った改築など)を突き止め、事態が滞ってしまったのです。原則約60日以内と聞かされていた官公庁の審査期間も、3倍に伸びてしまいました。


ユニークな造りを生かした内装

ようやく問題が解決し、晴れて家の持ち主となった後は急いでリノベーションを済ませました。結局、引っ越したのは最初の売買合意から一年後。想定より倍の時間がかかってしまいましたが、様々な時代の名残が共存した魅力的なマイホームに満足しています。購入の決め手にもなったユニークな内装ポイントを3つご紹介しましょう。

美しい窓辺

一日中光が差し込む高さ約2メートルの窓はアーチ型が美しく、前回記事に登場したテンダ・フェラレーゼという伝統的な日よけが付いています。この真っ赤な日よけは、長年の雨風にも耐えられる帆のような丈夫な生地でできています。

フレスコ画が描かれていたかもしれない壁

キッチンとダイニングルームには、斑点状の凹凸がある漆喰壁が残っています。内見の際これは何かと尋ねたところ、フレスコ画の下地だった可能性があるとのこと。そういえば、近所の公立図書館のフレスコ画の下にも同様の斑点が覗いていました。


Biblioteca Ariostea

1970年代の建具

赤い鉄骨がはめられた暖炉際の腰掛けや、各部屋のドアは先代オーナーが施したもの。こうした比較的新しい内装は取り払うこともできましたが、ビンテージ感が気に入ってそのままにしています。

マテリアルは自ら調達。イタリア流家づくり

リノベーションに際しては、マテリアルにもこだわりました。主な調達先は、プロの職人も出入りするような建材店。日本のホームセンターに似ていますが、品揃えと規模は比べ物になりません。家づくりに必要なものはほぼ何でも揃っていて、浴室の装備品、ペンキ、建具、床材、セメントなどを買いました。


浴室のタイルだけは配色と素材にこだわり、サッスオーロというモデナ近郊の焼き物産地まで買い付けへ。何トンもあるタイルを壊さないよう、自家用車で恐るおそるフェラーラまで運んだのは、良い思い出です。

漆喰壁は自分たちで好みの色に塗り、床の張替えと水回りの改装だけを工務店にお願いしました。

イタリアではこのように、マテリアルを自ら用意し必要な施工だけをプロに頼むことで、費用も節約しながら家づくりを楽しむ人は珍しくありません。手先が器用な友人は、床の張替えまで自分でしていました。

史跡の住み心地

さて、古い家には何かと不便もありがちですが、住んでみて驚いたのはその機能性でした。


最も意外だったのは優れた断熱性。3メートル以上の高い天井に、隙間風が入る年代物のサッシがはまったままの家の暖房費は嵩むと覚悟していましたが、40センチメートル近くある外壁のおかげか室内は保温性が良く、以前住んでいた新築の家より暖房を使う時間は半減しました。


夏はこの分厚い壁が外気温を遮断し、クーラーなしでも快適です。通気性も良く、前の家で悩まされていたカビも生えたことがありません。

家は買い替えるもの。ここまで違う日伊の不動産事情

思いのほか住み心地の良い家ですが、築500年を超す建物に住み続けるには、それなりの修繕費や維持費がかかります。実はそれも承知の上、この家はいつか手放すことを前提に購入しました。


まるで車を買い替える感覚で家も住み替える。それを可能にしているのが「新築庭付き一戸建て」が理想のマイホームとされるような日本とは大きく異なる、この国の不動産事情です。


歴史的景観保全が徹底したイタリアでは、古いビルが壊され更地になることはめったにありません。そのため、新築建売りや住宅用地の販売は圧倒的に少ないです。庭付き一戸建ても、人里離れた田舎でない限り、手が届くのはよほどの資産家。一般的なイタリア人は、中古で売りに出る集合住宅の一室を買い、必要に応じ改築・改装をして住みます。


中古でもすぐ買い手が付くため、生活拠点が定まらずとも独身であっても、家を買うことに躊躇する人はそういません。むしろ、立地(利便性や治安)が良く劣化も目立たなければ、将来的には購入価格より高く売れることも。持ち家は資産になりやすいので、資金があるなら家は借りるより買うほうが断然お得なのです。


家族が増え手狭になったり、住んでみて気に入らなかったりすれば、買い替えれば良い。改装費などを入れても売却時に黒字になり、より広くて立地が良い家に移る人もいます。


こうしたやり方を英語でProperty Ladder(不動産のはしご)と言いますが、イタリアでもそれが浸透しているので「家は一生に一度の大きな買い物」という感覚で育った日本人の私も、終の棲家にするつもりがない家を買う決断ができました。


わが家も不動産のはしごをうまく登って、いつか理想の家にたどり着きたいと思っています。