今年も新作オリーブオイルを食卓で楽しむ季節がやってきました。
中部トスカーナでは秋から初冬にかけて、オリーブの実を枝から掻き落としている光景をたびたび目にします。
今回は、伝統的な生産地の新作オリーブオイル祭りを訪れ、その楽しみ方を深めます。
あのメディチ家も奨励していた
まずは歴史から。トスカーナにおけるオリーブ栽培の歴史は、紀元前7世紀中ごろにまで遡ります。中世後期には美術品や絵画にオリーブの木が描かれるようになり、多くの文芸にもこの植物が存在したことが記されています。当時一帯を統治していたメディチ家が、オリーブ栽培を希望する人々に土地を無償で提供したことも、普及に繋がりました。
フィレンツェから南下すること100km以上、車で約1時間30分。トスカーナ州シエナ県南部のトレクアンダ。ここは、古くから良質なオリーブオイルの産地として知られてきました。標高約450mの丘に立つ村は、オリーブ畑にぐるりと囲まれています。
村では毎年10月終わりに、初物のオリーブオイル(オーリオ・ノヴェッロ Olio Novello) ができたことを祝うお祭りが催されます。
今日、広義のオリーブオイルは大きく2種類に分けられます。一番搾りの「エクストラヴァージン・オリーブオイル」は、生のまま使うことでフレッシュな風味を楽しめます。いっぽう、狭義の「オリーブオイル」は1回絞った後のかすを精製したもので、焼いたり揚げたりするときに用います。
トレクアンダのお祭りに並ぶのは、もちろんエクストラヴァージン・オリーブオイル。人口1200人の村にもかかわらず、この日に合わせて観光列車が運行されたり、欧州各地から観光バスがやってくる光景は、イタリア屈指の産地であることを物語っています。


味見は古代ローマ人式+プロ式で
祭りの当日、村の広場を訪れると、数々のオリーブオイル生産者が、自慢の一番搾りを携えてスタンドを連ねていました。彼らは新作の出来栄えを披露すべく、炭火で焼いたパンにオイルをかけたブルスケッタ(トースト)を振る舞っています。bruschetta とは、bruscare(焼く、あぶる)から生まれた言葉です。古代ローマ時代、オリーブオイルをパンに浸して味見をしていたことに倣った習慣とされています。
芳ばしい香りに誘われた私は、まず広場の入り口にいちばん近い屋台を覗きました。搾りたてのオイルは、なんといっても緑が濃く鮮やか。口に運べば、その香り高くスパイシーな風味が、焼いたパンの芳ばしさと素晴らしいハーモニーを奏で、何切れでも食べられてしまいます。

近くのスタンドに目を向けると、ラフな雰囲気のお祭りに異彩を放つ緑のジャケット&ネクタイ姿の紳士が立っていました。「オリーブオイル普及協会」で会長兼講師を務めるフランコ・ロッシさんは、本格的なテイスティング法を教えてくれるといいます。以下がその手順です。
- 掌に収まるカップに少量のオリーブオイルを注ぎ、香りを確認
- 片手でカップ上部を塞ぎ、両手でねじるように何度も回転させる。すると体温によってオイルが僅かに温まってくる
- カップを鼻先に近づけ、温まる前とは異なる香りを嗅ぎとる
- そのまま少量のオイルを味わう。「口を少し開いて歯の隙間から空気を入れるように勢いよく吸って!」とフランコさん。次に、ゆっくりと喉の奥に流し込む
私も試してみましたが、うまく飲み込めずにオイルが喉に絡みつき、思わず咳き込んでしまいました。ある程度経験を積む必要がありそうです。

フランコさんが、ある生産農家の新作を私に差し出しながら、こう説明します。「どうです?これは、最も早く収穫された実を絞ったものです。辛くて苦く、喉に強い刺激があるでしょう。これこそオーリオ・ノヴェッロ最大の特徴であり、新鮮さの証なのです」
この苦味の正体はポリフェノール。収穫後数時間以内に搾られたオイルは、ポリフェノールのほか、オレイン酸などの抗酸化成分を多く含みます。エクストラヴァージン、とりわけオーリオ・ノヴェッロが身体に良いとされる所以です。
事実、高品質を標榜する農家では、収穫が夕方までかかっても、その日のうちに搾油所へと運び込むのだそうです。

フランコさんの前には、一帯の農家が生産した、いくつものオイルが並びます。私がそれらをテイスティングして気づいたのは、「同じ地域で生育したオリーブを原料としながら、生産者ごとに色も香りも味も全く異なる」ということでした。
「たとえ同じ種類のオリーブの樹でも、どの熟度で摘んで、どういった方法で搾油するかによって風味は変化します」とフランコさんは解説します。そこが各農家の腕の見せどころというわけです。「このお祭りでは、その違いも楽しんでください」と彼は結びました。

毎秋一度訪ねる価値
出店している生産者にも話を聞きました。
「トッピーニ農園 Azienda Agricola Toppini」は、19世紀から続くオリーブ農家です。創始者の血を継ぐミレッラさんによると、木が十分実を結ぶようになるには、最低10年が必要とのこと。「私たちの農園では、樹齢100年以上のものも含め、6,200本ものオリーブを育てています」
彼女の傍らで「私は2歳からオリーブの収穫をしていましたよ」と笑うのは、父親のナターレさん(85歳)です。「よちよち歩きですから当然、実の質など見ず、どれだけたくさん拾えるかに夢中でしたけどね」と顔をほころばせます。ミレッラさんも含め3人の父親である彼は、「オリーブの木も、子ども同様ひとつひとつ愛情を注ぐ対象なのです」とも話してくれました。

いっぽう、若き生産者とも出会いました。「テーナ農園 Podere Tena」のジョヴァンニ・イオリッロさんは25歳。父親の農園を継いでまだ1年目です。
約600本の木を育てるジョヴァンニさんが力を注いでいるのは、近年業界で注目されつつある「ブレンド」です。伝統的に「早摘み」と「完熟」は分けて販売するものですが、まだ実が若く緑色のうちに摘んで搾油したオイルと、紫色や黒色に熟してから摘んで搾油したオイルをミックスし、爽やかさと丸みを併せもたせるのです。「多くの人にこの味を届けるべく、販売ルートもこれから開拓していくところです」と、説明に熱がこもります。

今日、オリーブオイルは世界中のフードフェアや食品専門店で手に取れます。しかし、トレクアンダの祭りは、できたばかりの新作、伝統的味見法、互いに切磋琢磨する生産者の心意気といったものに、本当のオリープ畑に囲まれながら触れることができます。これこそが、たとえ都市から遠くても、毎年秋に一度、この小さな村を訪れる価値なのです。



INFORMATION :
Pro Loco Traquanda https://it-it.facebook.com/prolocotrequanda.ufficio/