魔法のカップを片手に巡る
2018年4月、北部トリノに新しい複合施設「ヌーヴォラ・ラヴァッツァ」が誕生しました。イタリア屈指のコーヒーブランド「ラヴァッツァ」が、創業の地に完成させたものです。
3万平方メートルにおよぶ敷地内には、新本社屋をはじめとする施設のほか、コングレス・センターや教育機関「芸術・応用デザイン大学院(IAAD)」も併設されています。また食事スポットとして、レストランに加え、ラヴァッツァの社員食堂が一般に開放されているのも特色です。
この施設をラヴァッツァは、歴史と未来を提示する場所であると共に、アイディア、プロジェクト、食、さらに文化を共有するスペースと位置づけています。
施設の中でも特筆すべきは、2018年6月8日にオープンした博物館「ラヴァッツァ・ミュージアム」です。文書や写真など約8500点を収めた同社アーカイヴに併設するかたちで建てられたものです。
ビジターが入口で真っ先に渡されるのは、なんとコーヒーカップ。一見普通のものですが、実はRFタグが組み込まれたインテリジェント・カップなのです。この“魔法のカップ”を館内各所に設置されたディスプレイに置くと、デジタルライブラリーが再生される仕組みです。
エスプレッソマシン創業者の探究心
館内には120年にわたるラヴァッツァの歩みを振り返る「歴史コーナー」も。ラヴァッツァのヒストリーは1895年、創業者ルイージ・ラヴァッツァがトリノで始めた食料品店から始まります。創意工夫の精神に溢れていた彼はコーヒー豆の販売を手がけるうち、顧客満足度をさらに高めるべく、外国から生豆を輸入して自らブレンドを始めました。直火の代わりに熱風に当てて長時間焙煎する技術も培います。ルイージの探究心はとどまるところを知らず、本場ブラジルにも渡航。そこでコーヒーという飲み物の奥深さを知り、将来イタリアでも大きな需要が見込めると確信したのです。
ルイージの進取の気性には、社会も味方しました。北部イタリア社会は1899年創業のフィアットに代表されるように、産業の近代化が急速に進みました。その波に乗ってラヴァッツァも成長を続け、彼のコーヒーは多くの食料品店やバールに広く供給されるようになっていったのです。ルイージは、「企業とは愛情をもって経営すべきものである」との言葉を遺しています。参考までに、今もラヴァッツァの正式な社名は、「ルイージ・ラヴァッツァ」です。
自動車デザインハウスとコラボ
「歴史コーナー」「コーヒーの製造工程」のあと、ビジターを迎えてくれるのは、1960年代イタリアにおける典型的な広場の再現スペースです。当時のコーヒー移動販売車もムードを盛り上げます。
社史に話を戻せば、ラヴァッツァは1989年にオフィス向けセルフマシン分野に参入します。それに伴い、1杯ごとにコーヒーパウダーを詰め替える必要がない、画期的なカートリッジ式コーヒーパウダーも考案しました。
さらに1990年代に入ると、スポーツカーのデザインで知られる「ピニンファリーナ」社とのコラボレーションをスタートさせます。機能性とデザイン性を兼ね備えた業務用エスプレッソ・マシンは、国内における法人向け分野での成功を牽引したばかりか、ラヴァッツァのイメージをよりモダンなものにするのに貢献したのは間違いありません。
カップの中のパラダイス
ところで、冒頭で紹介した複合施設の名称ヌーヴォラ・ラヴッツァの Nuvolaとは、イタリア語で「雲」を意味します。
きっかけは、戦後1950年の歴史的広告キャッチ「カップの中のパラダイス」でした。それを後年のテレビCMがアイデンティティとして継承。その時代を代表するコメディ俳優が「神様」と「天使」に扮して軽妙なやりとりを繰り広げる実写CMは、今日まで続くシリーズとなっています。セットは常に白い雲の上。ネーミングは、それにちなんだものなのです。
ミュージアムの一角には、この「天国シリーズ」のセットが設けられていています。記念撮影した写真は、例のインテリジェント・カップを介して自分のメールアドレスに送信可能です。
そして、館内見学のエピローグには、特別レシピによるコーヒーの試飲が待っています。究極の1杯は、アナタをパラダイスへと導くことでしょう。
◆Information: Museo Lavazza https://museo.lavazza.com
photo: Lavazza /Andrea Guermani / Andrea Martiradonna