思わずパケ買いしたくなる「パスティリエ」とは
まもなくやってくる「ホワイトデー」。日本で生まれた習慣だけに、イタリアにはありませんが、この国で誰でも一度は口にしたことがある、喉を潤すお菓子といえば「パスティリエ」でしょう。
私が初めてそれに出会ったのは、イタリアに住み始めて間もない頃でした。友人と一緒に夕食を楽しんだ帰り道、「パスティリエ、1つどう?消化を助けてくれるよ」と小さな粒を渡されました。「pastiglie」とは直訳すると「錠剤」を意味しますが、こちらはタブレット状の菓子のことでした。口に放り込むと、ラムネとキャンディを合わせたような不思議な食感が。続いて爽やかでスパイシーな香りが広がりました。風味もさることながら、私はパスティリエが入った愛らしいパッケージにも惹きつけられました。
正式には『パスティリエ・レオーネ Pastiglie Leone』というその商品が、菓子専門店のほか、バールやタバッキ(タバコ屋)のレジ脇などにも置かれていることに気づいたのは、後日のことでした。なんというフレーバーの豊富さ。紙箱だけでなく缶入りもあります。以来私といえば、エスプレッソを飲んだあとに、切手を買ったついでにと“パケ買い”の衝動に駆られるようになりました。
首相も王家も魅せられた「パスティリエ・レオーネ」
パスティリエ・レオーネは、商品と同名の企業によって作られています。創業は1857年、ピエモンテ州アルバ近郊の小さな村ネイヴェでした。創業者ルイージ・レオーネは、営んでいた食堂のお客さんたちに、ミントやシナモン、クローブなど天然エッセンスを配合した消化剤を提供していました。これぞパスティリエの原点です。
その評判に成功を確信したルイージは、ドルチェつまり甘味の都であったトリノへと移り住み、市内のメインストリート、ヴィットリオ・エマヌエーレ通りに菓子店を構えます。1861年、イタリアが国家統一を成し遂げ、トリノが最初の首都となったのと同じ年でした。
ルイージが作る菓子は、統一運動を導いた一人で、イタリア王国初代首相となったカミッロ・カヴールにも知られます。彼が特に好んだのはリコリス(甘草)にスミレの香りを加えたグミのタイプで、議会演説の合間に喉を潤していたといいます。やがて議場でも有名になり、カブールや彼の同僚に敬意を表して、それは“セナトゥール(上院議員)”の愛称で呼ばれるようになりました。
パスティリエは、王国成立とともに王家となったサヴォイア家の目にも留まり、王室御用達となりました。今日でもパッケージに王家の紋章・赤地に白十字が記されているのは、その名残です。また、オレンジの香りのパスティリエ「Principe di Napoliナポリの王子」は、その称号をもつ第2代国王ウンベルト1世に捧げられたものです。
1880年頃からは、缶入りポケットサイズも市場に投入。従来量り売りが主流だったキャンディの世界でエポックメイキングな商品となると同時に、人々にパスティリエをより身近な存在にしました。
小さな箱の大きなロマン
1934年に創業者のルイージが世を去ると、会社としてのパスティリエ・レオーネはジゼルダ・バッラ・モネーロ率いる企業に引き継がれました。イタリア人女性起業家の始祖とも称される彼女のもと、ブランドには新たな広告手法やパッケージ・デザインがもたらされました。以来、風味だけでなく容器のヴィジュアル的楽しさでも注目を浴びるようになりました。
近年では、イタリアの伝説的なクルマやモーターサイクルをプリントした缶や、他ブランドの食品やリキュールをブレンドした味もリリースしています。缶はファンの間で貴重なコレクターズアイテムとなっています。
2018年、経営のバトンは実業家ルカ・バリッラ(イタリア最大級の食品メーカー、バリッラ・グループの副会長)に渡されました。目下彼のもとで、パスティリエ・レオーネの風味を反映したゼリーや、チョコレートなどの新製品も果敢に試みられています。
2022年は創業165年。イタリア統一の志士たちが愛した風味を愛で、パッケージのコレクションも楽しむ。小さな箱に秘められたロマンに、あなたもきっと魅了されるはずです。
Information / Photo
Pastiglie Leone https://pastiglieleone.com
*日本ではEataly、DEAN&DELUCAなどで取り扱いがあります。