塀の中の菓子工房
イタリアのクリスマスを象徴する伝統菓子「パネットーネ」は、近年日本でもかなり見かけるようになりました。
本場イタリアではプレゼントとして贈り合う習慣があるため、この季節は家庭のクリスマスツリーの下にパネットーネが並んでいます。
Panettone(大きなパン)の名のとおり見た目はシンプルですが、天然酵母から作るため手間と高度な技が求められます。したがって大切な人への贈り物には、銘店や人気パティシエの作を選ぶ人も少なくありません。
イタリア北部ヴェネト州パドヴァに、それを看板商品とする菓子工房があります。名前は『パスティッチェリア・ジョット( Pasticceria Giotto)』。
ただし他と異なるのは、イタリア唯一の刑務所内菓子工房であり、作業に従事しているのは服役中の受刑者たちということです。
2005年、受刑者の矯正および社会復帰を支援する「ジョット協同組合」は、受刑者向け再教育の一環として、プロ職人から製菓技術を学べるプロジェクトを立ち上げました。こうしてパドヴァ市内のドゥエ・パラッツィ刑務所内に開設されたのがパスティッチェリア・ジョットです。
受刑者たちは見習い期間にケーキやパン、ビスケット、チョコレートなど、一通りの作業を経験したのち、適性によって担当部門に振り分けられます。その後順調に仕事を覚えると、組合と契約が結べ、給与を受け取ることができます。
数字が示す円滑な社会復帰
ジョット協同組合によれば、イタリアにおける受刑者数は53,129人(2021年7月現在)。うち937人が、各地の刑務所内において企業や同様の組合のために働いています。
受刑者の社会復帰に携わる取り組みの基本理念にあるのは、イタリア共和国憲法第27条「刑罰は人道に反するものであってはならず、受刑者の再教育を目的としなければならない」です。
刑務作業は受刑者と外の世界をつなぐ架け橋であり、社会復帰を促進する、いわばリハビリテーションの場です。前向きな気持ちを育むことで、再犯リスクを低下させる考えが根底にあります。
ジョット協同組合によるパンおよび菓子製造プログラムの成果は、顕著に現れています。再犯率はイタリア全体が80%に達するのに対し、ジョット経験者のそれはわずか5%に留まっています。社会復帰後に、菓子職人として新しい人生を歩き出した人も少なくありません。
ジョット協同組合のマッテオ・マルケット理事長は、「受刑者たちが変化してゆく姿を目にするたび感動を覚えます。彼らは刑務所という困難な環境で、過去の罪を背負いながらも、優れた菓子を作れるまでに成長します。まさに“奇跡”です」とコメントしています。
開設当初たった4人の受刑者と共にスタートしたプロジェクトですが、現在では40名以上が働いています。そして過去17年で累計200人の菓子職人を養成することができました。
それは新しい貢献のかたち
私がパスティッチェリア・ジョットのパネットーネに出会ったのは、フィレンツェにおけるプロ向け高級食材見本市「テイスト」の会場でした。
口にした途端、天然酵母ならではの優しい酸味と香りが広がりました。近年、市販のパネットーネには簡易発酵種を用いた普及品が増えていますが、パスティッチェリア・ジョットでは伝統的な風味や食感を守るべく、高級菓子店と同様の天然酵母を使用しています。
彼らが手がけるパネットーネは、著名グルメ専門誌『ガンベロ・ロッソ』でも高い評価を受けています。首脳会議の会食で振る舞われたり、ローマ教皇フランチェスコに献上されたこともあります。
こうした評価は、受刑者たちの日々の鍛錬と、指導にあたった師匠をはじめプロジェクト関係者による熱い思いの結晶に他なりません。
今日、パスティッチェリア・ジョットの製品は、国内外240の取扱店に加え、ネットショップでも買い求めることができます。
贈り物の選択肢に加えることで、受刑者たちの第二の人生にエールを送り、ひいては明るい社会づくりにも寄与できる。新しいかたちの社会貢献が、ここにあります。
Information / Photo
Pasticceria Giotto www.pasticceriagiotto.it