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幻のパスタ「コルツェッティ」 を守れ。ある木彫師の奮闘

大矢 麻里 Mari Oya

2026.06.15

パスタは、世界のさまざまな国や地域で親しまれています。いっぽうで、本国では消滅の危機にある形状も。それを生き延びさせようと奮闘するイタリア人のお話です。



伝統パスタが消えてゆく

「コルツェッティ(Corzetti)」とは、コインのような円形生地の両面に木型で模様をつけるパスタです。イタリア北西部リグーリア地方で、中世に貴族たちが家紋を刻んで、富と権威の象徴として客人に振る舞ったことが始まりと伝えられています。


ところがある日、本場のコルツェッティを求めてリグーリアの自家製パスタ店を訪ねると、店主の口から意外な一言が飛び出しました。「今や木型を作る職人は、地元にほぼいないのですよ」


コルツェッティは、一般的な手打ちパスタに比べて、模様をつける手間と時間がかかります。そのため家庭で作る人は徐々に減り、木型そのものの需要も縮小していたのです。さらに、木彫師の高齢化や後継者不足も追い打ちをかけました。参考までに、今日コルツェッティとして販売されているものの多くは、食品工場で生産される土産物用の量産品です。


食文化を支えてきた技が静かに姿を消しつつある――。複雑な気持ちを抱えながら調べを進めると、思いがけない事実にたどり着きました。コルツェッティの木型職人が、トスカーナ州フィレンツェ近郊にいることが判明したのです。


なぜリグーリアから200キロ以上も離れた地で? 疑問を抱いた私は、彼の工房を訪ねてみることにしました。


木型を用いて作られたコルツェッティ
木彫師フィリッポ・ロマニョーリさんの木型を用いて作られたコルツェッティ(Photo:Pasta Social Club/Nico Shinco)

1世紀前の縁が繋いだ

フィレンツェの南約30kmにあるタヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ペーザ。そこにコルツェッティの木型を彫り続けるフィリッポ・ロマニョーリさんはいました。


「話は約1世紀前に遡ります。私の祖父フェランドは、フィレンツェ旧市街の木彫工房で11歳から修行を積んでいました。そこは著名な建築家ジーノ・コッペデの仕事も請け負っていました」


フィリッポさんの話は続きます。「ある日、工房の親方のもとにコッペデから相談が舞い込みました。『リグーリアのジェノヴァで城の修復に携わっている。その依頼主がコルツェッティの木型職人を探しているのだが、一帯では見つからないのだ』というものでした」


本場のコルツェッティの木型職人探しは当時から難しかったのです。親方が弟子たちに木型作りを任せたところ、フィリッポさんの祖父の腕が抜きん出ていました。「後年、祖父のもとには独立してからもジェノヴァから注文が届くようになりました。彼の技を、父を経て3代目の私が受け継いだのです」


フィレンツェで作られている背景には、1世紀前に若い職人が手にした偶然と、それを守り抜いてきた工房の歴史があったのです。


コルツェッティの木型
完成したばかりの木型の数々が作業台に並びます(Photo:Nico Shinco)
木型職人のフィリッポ・ロマニョーリさん
「コルツェッティ作りに必要なのは、卵と小麦粉…そしてイタリアの木彫師。職人もまた“材料”のひとつなのです」とフィリッポさん。彫刻刀を巧みに操りながら模様を刻んでゆきます(Photo: Rachel Dagan Chef)
麦の穂や束をモチーフにした木型のスケッチ
麦の穂や束をモチーフにした木型のスケッチは、フィリッポさんの祖父が遺したものです(Photo:Tuscany Again)

幸せの象徴を世界へ

フィリッポさんは木型のインターネット販売にも着手し、手応えを感じています。「海の向こうのアメリカをはじめ世界中から求められていることは、大きな喜びです」


さらに工房を予約制で開放し、観光客や料理ファンに製作工程を見てもらうことにしました。木型の正しい使い方も指南することで、食文化としてのコルツェッティを訪問者が住む地域や国で継承してもらうことを目指しています。


コルツェッティ作りの工程
コルツェッティは2つの木型を用います。まず生地を片側(左)の底で丸くくり抜き、それを上部に乗せて、もう片側(右)で挟んで模様をつけます(Photo:Pasta Social Club/Nico Shinco)
模様が浮かび上がったコルツェッティ
裏返すと、ご覧のとおり模様が浮かび上がります(Photo:Pasta Social Club/Nico Shinco)
コルツェッティ表面の模様
表面の模様は、見た目の美しさだけでなく、ソースをよく絡ませる役目も担います(Photo:Romagnoli)

「私の木型が棚に飾られることは望みません」とフィリッポさん。「常に台所のテーブルで小麦粉にまみれていて欲しいのです。おじいさんやおばあさんと孫が一緒にパスタを作り、家族のレシピと共に記憶を紡いでいく。木型がそんな家族団らんの主役となることを願っています」


海をモチーフにしたシリーズ
海をモチーフにしたシリーズ。オーダーメイド制作にも応じています(Photo:Romagnoli)
ジェノベーゼのコルツェッティ
フィリッポさんファミリーの食卓より。リグーリアの伝統的ソース、ジェノヴェーゼは王道の組み合わせです(Photo:Romagnoli)
レモン柄のコルツェッティ
アイルランドでレストランを営むシェフ、アラン・ヒギンズさんによる一皿(Photo:Alan Higgins Chef)

冒頭のパスタ店で聞いた話のように、イタリアでは消滅しつつある地域の食文化にたびたび出会います。そうしたなか、フィリッポさんがコルツェッティを世界へと広げている姿に接し、嬉しさを感じたのでした。


工房を訪れたゲストと木彫り職人
タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ペーザの工房を訪れたゲストたち(Photo:Tennis in Tuscany)

ROMAGNOLI PASTA TOOLS

https://romagnolipastatools.com
https://www.etsy.com/it/shop/FlorentineTouch


*工房訪問(予約制)と製作依頼

romagnolipastatools@gmail.com