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お客さんに喜んでもらうために 東京・亀戸「メゼババ」シェフ高山大 Vol.5【イタリアに焦がれて】 | グルメ イタリアン

火を入れないと出ない味、イタリアらしい火の入れ方とは

「火を通して新鮮、形を変えて自然」という言葉を「気に入っている」と言いながらも「誰から聞いたか覚えてないんですよね」と髙山は苦笑いする。

本来、言葉とは誰が言ったかが重要なのではない。その言葉に心が動く本質が込められているかどうかがすべてである。

「日本だと素材が新鮮だと、どうしても生やレアっぽい仕上げにしがちなんですけど、新鮮な素材でも『火を入れないと出ない味』があるんです。イタリア人はそういうことをやるんですよ。新鮮なものを『どんだけ火、入れるの?』っていうくらい煮込んだりするし、肉を焼くんでも、分厚い肉を出してきて『どうだ。この厚さ、素晴らしいだろう!』と自慢するから塊で焼くんだなと思ったら、肉叩きでバンバン叩いたものを薄く切って焼いて『どうだ。うまいか!』って(笑)」

皿に盛られた豚肉料理

近年、国内の肉を扱う飲食店では「まるで火入れ競争のような」現象が起きている。いかにギリギリの焼き加減を狙うか、内部をどんなグラデーションのレアに仕上げるか……。確かに火入れは重要だ。ひとつ間違えれば肉は硬くなるし、ジューシーさも失われる。

「でも、肉には赤いところが完全になくなるくらいに焼き切ったおいしさもあるんです。イタリアにはそういうレパートリーがあるのが普通のことだったりするんですよね」

メニューは開店直前まで決まらない!?

日本人が食肉と付き合い始めたのは明治の文明開化以降の話。
わずか150年ほどの歴史しかない。一方、ヨーロッパでは2000年以上前、紀元前のローマ帝国でもソーセージなど多様な加工肉があったという。肉との付き合いの深さが違うのだから、当然引き出しの数も違う。

「あまりにいい肉が送られてくると『どうせレアで焼くんだろ?』と言われてるような気がして、シャクなんですよ(笑)。例えば以前、ものすごくいい牛レバーが送られてきたことがあるんです。僕、すぐにミンチにして、ジャッと炒めてパンに乗せちゃいました。普通ならパサパサにならないようぎりぎりの火入れをしたりするのかもしれませんけど、なんて言うのかな。超一流の鮨屋が使うようなネタに、火を入れて『こんなのもできますけどね』と言うような快感みたいなものなんですかね」

机の上に置かれた食材の名前が書かれた紙

こんなふうにメニューを考えるのだから、メニュー決めはもちろん開店直前。素材が手元に来て、どう料理をするかを決める。場合によっては、決めないこともある。
「貧乏人のパスタ」のような定番メニューもあるが、肉、魚、野菜などは売り切ったら次々に変わっていくメニューもある。

「イタリアの旬のメニューなんかだと、事前に決めるものもありますよ。トスカーナには硬くなったパンを水で絞って、夏野菜とオリーブオイルや酢で和えたパンツァネッラというパンのサラダがあるんですが、これはトスカーナに夏を告げる食べ物。これが出てくると『夏だなあ』と感じるんですよ」

イタリア料理のシェフとして行きついた哲学

髙山にとってイタリア料理は拠り所である。だからこそ、italianità(※「イタリアらしさ」を意味する言葉)を大切にするし、「手放さないように、壊れないように大切に大切に突き詰める」。その姿勢はメニューの決め方やメイン素材に対するアプローチだけでなく、脇に回るような素材のカットにも反映されている。

「例えば、マッシュルームを切るとき、向こうだとまな板を使わないんですよ。手で持って、包丁を押し引きしながら切っていくから、ふぞろいになる。それを煮込みに使ったりすると、細かい部分は煮溶けてスープの味がよくなって、大きな部分は食感が残る。そういうふぞろいな感じがホッとする味を生むところもあると思います。まな板でまとめて切ったほうがラクなんですけどね」

その徹底ぶりは、客が使うカトラリーにも及んでいる。

皿の上に置かれた2本のナイフ

「このベコベコのナイフにも実は意味がある。イタリアの大衆食っぽい味や食感って、断面のあらさみたいなところにも現れているんです。肉や野菜の繊維を壊すように切りたいから、切れすぎるナイフだと感じが出ない。今使っているビクトリノックスのテーブルナイフもおろしたては切れすぎてダメだったんですよ。使い続けて、切れなくなってちょうどよくなってきた。そういうイタリアの話をしながら提供すると、お客さんもより喜んでくれますから」

独立前は、手際やオペレーションに心を奪われていた時期があった。当時は洗い物を極力減らし、スタッフを含めて早く帰ることができるよう、さまざまな工夫をしたという。

「『料理人としての完成度を上げよう』と余計なことを考えていたんです。でも大切なのは『おいしさ』ですよね。いまは単純に『お客さんに喜んでもらうために、自分は何ができるか』。それだけを考えています。世の中では要領の良さや効率的なことを重視する風潮もあるけど、そういうもの、僕はもう捨てました」

とはいえ、髙山の手仕事の早さは客の間でも評判だ。カウンター10名分の料理を作り、ワインを選んで提供し、気づけば皿やグラスを洗い終えている。しかもそれらすべての作業が実に自然で、手をゆったりと動かしているようにしか見えない。

メゼババの料理は、開店前に下ごしらえがされていない皿も多い。にもかかわらず、オーダーごとに付け合せも含めて調理をし、ソースを作る。だからメゼババの、皿の上の料理を口にすると、豊潤な空気鮮烈な香りが立ち上る。

「だってその方がお客さんに喜んでもらえるじゃないですか」

髙山の哲学はこの一言に集約されている。

東京・亀戸にあるイタリアンレストラン、メゼババのシェフ高山大

「メゼババ」シェフ 高山 大(たかやま・はじめ)
宮城県生まれ。大学中退後、奥沢の「ヴィゴレット」勤務の後、単身イタリアへ。数年間のイタリア生活からの帰国後、西麻布などのイタリア料理店を経て2013年「メゼババ」をオープン。質実剛健なイタリア料理で連夜、舌の肥えた客を熱狂させ続けている。

【連載第1回】歓喜と悶絶のカウンター 東京・亀戸「メゼババ」シェフ高山大 Vol.1【イタリアに焦がれて】
【連載第2回】「furbizia」と「italianità」 東京・亀戸「メゼババ」シェフ高山大 Vol.2【イタリアに焦がれて】
【連載第3回】「italianità」を得るために 東京・亀戸「メゼババ」シェフ高山大 Vol.3【イタリアに焦がれて】
【連載第4回】イタリアの郷土料理を尊重するということ 東京・亀戸「メゼババ」シェフ高山大 Vol.4【イタリアに焦がれて】

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