INTERVIEW
FOOD 03 Dec 2020

イタリアで最もミシュランの星を持つシェフ、エンリコ・バルトリーニ(後半)

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美味しいもので溢れる冬の特集は、現在イタリアで最も多いミシュランの星を持つ敏腕シェフ、エンリコ・バルトリーニ氏のインタビューをお届け。料理のコンセプトだけでなく、彼の素顔に迫るインタビュー(後半)を召し上がれ!(インタビュー前半はこちら

ワカペディア: エンリコシェフへのインタビューがようやく出来るなんて!元々、3つ星を獲得する前に会うことになっていたけど、パンデミックの影響で予定がだいぶ変わっちゃったからね。でもその間に、さらに多くの星を獲得しただなんて、ますますインタビューに熱が入っちゃう!さぁ、あなたの話を聞かせて?

エンリコ: 僕のターニングポイントは、叔父が経営していたトラットリアっていう昔ながらの大衆レストランで初めて働いた日かな。実は10代の頃、靴の製作や細かい手作業がすごく魅力的で、家族が経営する靴のメーカーで働きたかったんだけど、当時は経営が危機的状況でね。別の分野で挑戦しようと、叔父のレストランで働き始めたんだ。高級料理店ではなかったけれど、地元の人達がワイワイ集まるような場所で、週末には600皿もの注文が入るくらい人気があったよ。キャラメル色に焼きあげられた肉の串焼きや、庭で採れたポルチーニ茸とパセリを使ったフレッシュパスタなんて最高さ。

ワカペディア:(口の中がヨダレでいっぱいになってきたところで)インタビュー開始1分で、もうお腹がペコペコ・・・想像力を掻立てる、良いスタートっていう証拠だね(笑)

エンリコ: もう?随分早いね(笑)叔父には料理だけじゃなくて、一生懸命働く姿勢も教わったよ。14歳の時、モンテカティーニにあるグランドホテルのキッチンで働き始めてね。大好きな職場だったけれど、3年後に『君みたいな人がここにいるのは勿体無い。才能を伸ばすために、他の場所に行くべきだ』ってシェフに言われたんだ。すごく胸が痛んだけれど、彼のアドバイスは正しかったな。その後、ホテル学校のコンテストで優勝したことがきっかけで、ロンドンにいたマーク・ページ氏の元でインターンシップをする機会を得たんだ。家を離れるのは大変だったけど、海外での経験を通して、自立することや謙虚でいることの大切さ、他国の伝統料理についても学べたよ。

ワカペディア:そうだったのね!イタリア帰国後は、どう過ごしたの?

エンリコ: フィレンツェの大学で、経済と商業学を専攻したんだけど、パリにいるパオロ・ペトリーニ氏の元で働かないかというオファーをもらったんだ。だから、在学していたのは短期間だね。本物のガストロノミーレストラン(高級レストラン)がどんなものなのかを学んだのは、パリだよ。初めて一人で星付きレストランに行って、ちゃんとした「ディナー」に手持ちのお金を全て費やしたのさ。庶民的な家庭で育ったもんでね(笑)

ワカペディア: 実はワカペディアチームも、パリでは貧乏学生だったから、よく「リドル」っていう激安スーパーで2ユーロ(当時で約260円)のワインを買ってたの!(笑)ところで、よくフランス人のシェフらとは仕事をしていたの?

エンリコ: フランスでは常にペトリーニ氏の元で働いていたけど、経験を積むために、色々なシェフの元に僕をインターン生として送り出してくれたよ。その後、今の僕を形成したとも言える、巨匠マッシミリアーノ・アライモ氏と一緒に仕事することができたんだ。2005年に独立したんだけど、沢山借金をして、最初の数年はとてもハードだったな。なんとか耐えて迎えた2009年、僕の30歳の誕生日に、初めてミシュランの星を獲得したんだよ。最高のバースデープレゼントってやつさ。

ワカペディア: 若干30歳で1つ星を獲得したなんて、さすがだね。その後の躍進劇は?

エンリコ: 翌年、ロンバルディア州にある「デヴェロ ホテル」のレストランを引き継いだんだ。2013年に2つ星を獲得したんだけど、これをきっかけに、海外からオファーが来るようになったのさ。海外のレストランビジネスは、経済面でもキャリア面でも満足感を感じていた一方で、イタリアに戻って安定した生活を築きたくなったんだ。そんなある日、ミラノの文化博物館であるMUDEC(Museo della Culture)に足を運んだのさ。

ワカペディア: そして新しくレストランを手がけて、3つ星を獲得したってわけね。

エンリコ:その通り!ベルガモにレストランをオープンすると同時に、トスカーナ州のリゾート施設「ランダーナ」のレストランを引き継ぐようにと声がかかったんだ。僕の前は、巨匠のアラン・デュカス氏が8年間シェフをしていたから、プレッシャーもあったけれど、挑戦したよ。2016年には、海外も合わせて6ヶ月で7つのレストランをオープンさせたよ。同年の11月にはMUDECで2つ星、ベルガモで1つ星、さらにもう1つ星を「ランダーナ」で獲得したんだ。4つの星を一気に獲得できて最高に幸せだったけれど、人生で初めての衝撃的な出来事の連続だったから、正直ショック状態でね。ちゃんと地に足をつけておかなきゃと思ったんだ。

ワカペディア: それってつまり、ミシュランの星が更なる星を導いたとも言えるのかな。あまりに連続で獲得しているから、困っちゃうくらいだったりして(笑)ちなみに、伝統的な料理とコンテンポラリーな料理についてはどう思う?

エンリコ: 星を獲得できたのは僕自身の力じゃなくて、みんなの努力と細部へのこだわり、そしてサービスの質だと思っているよ。僕にとって重要なのは、ミシュランの星の数よりも、自分がしていることに誇りを持つことだしね。昔ながらの料理は食べやすいから大好きだし、インスピレーションの源でもあるけれど、その先を求めるのであれば、既定の枠を超えて冒険することも必要かなって思う。それにしても僕、喋りすぎてるよね?君を退屈させたくないんだよ!(笑)

ワカペディア: 面白いから大丈夫(笑)そういえば自身のメニューの中では、どの料理が好き?

エンリコ: 最初のロックダウンが終わった後、白トリュフに特化したテイスティングメニューを提供したんだ。その中で大好きなベジタリアン料理は、ブロッコリーがベースになっていて、ヘーゼルナッツ、カブ、白トリュフが混ざっているんだ。ダイナミックな味わいと香りで、まるで「爆弾」って呼べるほどパンチの効いたメニューだよ(笑)

ワカペディア: どうしよう、お腹が全く鳴り止まない!(笑)それじゃあ最後の質問ね。毎日たくさん美味しいものに囲まれているけれど、健康的にスタイルを保つ秘訣は?

エンリコ: 秘訣なんてないけど、ほんの少しのルールとストイックさを保つことかな。朝は運動して、控えめに食べるんだ。日曜日はチートデーにして好きなものを食べてるよ。ワインを飲むし、葉巻も吸うよ。でも平日は白米、ハム、フルーツ、ヨーグルトなど、重くなりすぎない質素な食事を心がけているかな。味覚を疲れさせないようにすること、そして仕事の効率を維持するためにね。

ワカペディア: それは賢明だね。まるで栄養士みたい、なんてね(笑)今日は沢山の美味しいお話、ご馳走様でした!

緊張していたのが嘘のように打ち解けたところで、レストランを出たワカペディア。国を超えて様々なビジネスを手がけ、自信と向上心に満ち溢れたシェフの笑顔は、ミシュランのどんな星よりも輝いていた。

インタビュー前半はこちら

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WRITER PROFILE
Wakapedia
Wakapedia

ワカペディアは、異文化交流の促進を目的としたトータルサイト。 設立者のサラワカは、日本人の両親の元ミラノで生まれ育ち、ロンドン、パリ、東京、イタリアでは、のちにワカペディアのオフィシャルメンバーとなる個性溢れる5名(GIULIA BISON, FEDERICA FORTE, YURIE N, YOKA MIYANO, CAMILLE BRUNET) と出会った。#CULTURECANBEFUNをモットーに、言語の壁を超え、アートやファッションをはじめとする様々な文化情報を、ユーモアを交えて発信している。 また、活動の一環として、世界的に有名なアーティストや著名人へのインタビューの他、企業のクリエティブコンサルティング、デジタルコンテンツの作成や記事の執筆なども手掛けている。 これまで担当したプロジェクトは、BRUTUS、ELLE JAPAN、L’OFFICIEL MAGAZINE、PLAYBOY ITALIA、POPEYE、TOILETPAPER MAGAZINE、VOGUE JAPAN等。

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