メンズモード見本市「第107回ピッティ・イマージネ・ウオモ」が2025年1月9日から12日までフィレンツェで開催され、主に2025-26秋冬コレクションが公開された。今回はそのなかから「イタリアンブランドのジーンズ」に焦点を当ててみた。
ジェノヴァから海を渡って
「ジーンズ」といえばアメリカを象徴するファッションアイテムだ。しかしその名前は、イタリア発祥であることをご存知だろうか?
中世に海洋国家として繁栄したジェノヴァは、繊維の一大産地として名を馳せた。なかでも帆布は安価かつ丈夫なことから高い評判を得て、インディゴブルーに染色されたものは造船業者や船員の作業ズボンとして重宝された。
16世紀になると、繊維の船積み地となった。当時、生地の名は生産地で呼ぶのが慣わしだった。それにしたがいジェノヴァ製の生地は、フランスで現地表記である「ジェネスGênes」、またはジェノヴァ製を示す「ジェノワーズGénoise」 と呼ばれた。後年重要な仕向地だった英国で、より発音しやすい「Jeans」となった、というのが有力な説だ。
では、今日のイタリアンジーンズとは、いったいどのようなものだろうか? 共通する要素は、ずばり「伝統」と「仕立ての良さ」、そして「革新」である。ピッティに出展したジーンズを得意とする3ブランドに、そのディテールを見ていこう。

テラ・ジェノヴァ TELA GENOVA ジーンズの起源を讃えて
『テラ・ジェノヴァ TELA GENOVA』は、まさにジェノヴァ発祥のブランドである。
今回、ピッティにおける彼らのブースでは、2体の人形が公開された。クリスマスにイエス・キリストの降誕シーンを再現するのに欠かせない「プレゼぺ」と呼ばれるものだ。いずれも19世紀初頭、サヴォイア王家の依頼で制作されたものである。
なぜ人形を? 質問に答えてくれたのは、ブランドマネージャーを務めるクリスティアーノ・カウッチ氏だ。「彼らが身につけているこの織物こそ、現代のジーンズの前身なのです」。よく見ると、1体は青色のスボンを、もう1体も淡いブルーの上着を身につけている。細部まで丁寧に作り込まれたそれらの衣装は、歳月による風合いを纏うと同時に、耐久性に優れた素材であったことを無言のうちに物語っている。
傍らには、1本のジーンズが絵画のごとく額に収められていた。こちらは人形の衣装と同じ織物を再現すべく、古いシャトル織機を用いるなど、全工程を伝統手法で仕立てたものという。「何世紀も前に、ジェノヴァから世界へと羽ばたいた遺産・ジーンズへの敬意を表しました」とカウッチ氏は解説する。

カウッチ氏の家族についていえば、祖父はジェノヴァで織物卸しとテーラーを営み、父親はジーンズ製造を興した人物だった。そうした家庭で育ったカウッチ氏のジーンズ愛は深い。「ジェノヴァの博物館にはジーンズのルーツとされる15世紀の織物が所蔵されています。またイタリア統一運動に貢献した軍事家ジュゼッペ・ガリバルディは、今日でいうブルージーンズを履いて戦いに挑んでいました」。本業のかたわらで、カウッチ氏は自ら“ジーンズ大使”となって、そうした歴史を語り継いでいる。

テラ・ジェノヴァが提案するスタイルは、1930年代のワークパンツなど、過去の文献からインスピレーションを得たものが少なくない。伝統的意匠である大きな四角いポケットなどを残しつつ、わたり幅や膝幅はより太く、かつ柔らかいシルエットを与えるなど、現代風解釈を加えている。トラッドを押さえつつ、顧客のニーズを敏感に察知したつくりこみを実現している。
カウッチ氏は「少ない生産量を、最高の品質で提供するのが私のポリシーです」と結んだ。



リチャード・J・ブラウン Richard J. Brown ジャケットに合わせたい大人のジーンズ
エレガントさが際立つのは、ミラノを拠点とする『リチャード・J・ブラウン Richard J. Brown』だ。
ジェネラルマネージャーのクリスティアン・ロッシ氏に話を聞いた。「私たちは2007年にジーンズに特化したブランドとして誕生しました。創立7年目にCEOとなった私は、ニッチ市場を照準に高品質かつ洗練された製品づくりへと舵を切りました」。今日の主要仕向地はロシア、北欧、英国、アイルランド、スペイン、韓国、日本そしてカナダで、2025年には米国での展開も予定している。
コンセプトは、ずばり伝統的な「イタリアン・テイラー」だ。素材はイタリアや日本のメーカーから最高級品を厳選。冬物にはカシミヤを交織した素材も用いる。熟練職人による立体裁断を活かした仕立ては、シルエットの美しさと極上の履き心地を兼ね備える。おかげでジーンズでありながら、テイラード・ジャケットと組み合わせられるほどの気品が漂う。


ロッシ氏の美学はディテールにも光っていた。ポケットの裏地には各々愛らしい柄の布が選ばれている。それと同じ布は、耳の部分にも丁寧に巻かれている。バックポケットにあしらった太めのステッチは手縫いだ。さらに、前ポケットから覗く小さな袋には、スペアボタンと共に、フレグランスビーズが収められている。見えないところへの粋な“仕掛け”が溢れている。若いブランドでありながら、多くのファッショニスタから注目される理由が、そこにある。



トラマロッサ TRAMAROSSA ブランド名に込められた想い
3番目は『トラマロッサ TRAMAROSSA』である。1967年にヴェネト州ヴィチェンツァで創業。テーラーであった父親の跡を、4人の子どもたちが継いで今日に至っている。
父親がこだわり抜いた生地「セルビッチジーンズ」を継承。両端に「耳」と呼ばれる、ほつれ止めを施したもので、一般的なエアージェット式と異なり、シャトル(緯糸を通す用具)を使った「シャトル織機」で織り上げる。速度は遅く、狭い幅でしか織れない。そのぶん、長く織る必要があるのでさらに時間を要する。セルビッチジーンズが希少で高価になる理由だ。ちなみに、リーバイス社がほつれ止めに赤糸を使用して以降、セルビッジは「赤耳」とも称されるようになった。
ブランド名のTRAMAROSSAとは、イタリア語のTRAMA(緯糸)とROSSA(赤)を合わせたものだ。職人が手間のかかる織機で仕上げる生地への思いが込められている。


今回のピッティで彼らは、イタリアのコンパクト高性能車ブランド「アバルト」とともに、「TRAMAROSSA×ABARTH」と題したカプセルコレクションを発表した。
輸出担当マネジャーのエットレ‧スキエーナ氏は、「トラマロッサが職人技と高品質の象徴であるとすれば、アバルトはスポーツマンシップとハイ・パフォーマンスを象徴するブランドです。双方に共通する品質への情熱と、細やかな配慮を投影しました」と解説する。
チェッカーフラッグをプリントしたスレーキ、スポーティネスを際立たせる赤いステッチ入りポケットなど、ファッション感度が高く、かつハイエンドな車を好むカスタマーに照準を絞っている。2025年8月から一部の店舗(日本も含む)およびオンラインで限定販売される。



トラマロッサは、タイトなデザインであっても生地がしっとりしており、かつ驚くほど伸縮性があるため、ストレス無しで穿けると評判だ。実際、ある来場者も「たまにジーンズであることを忘れて、ゆったりしたスウェットを穿いているかのような気分になります」と話してくれた。ドライブシーンにも最適な1本といえよう。
CEOを務める創業2代目のロベルト‧ケメッロ氏によれば、もはや売上高の95%は国外という。「私たちのブランドアイコンである“ハサミ”は、テイラー精神を継承する証です。その最大の強みを武器に、さらにジーンズの価値を高め、海外市場を開拓していきます」と語ってくれた。

今回紹介した3ブランドには、かくも確かな素材選びと伝統のテイラー技術を守りつつ、新たな価値を創出する精神が漲っている。これからも、それぞれのキャラクターを基に、イタリアならではのジーンズ像を提示してくれるにちがいない。
テラ・ジェノヴァ TELA GENOVA https://www.telagenova.it
リチャード・J・ブラウン Richard J. Brown https://richardjbrown.it
トラマロッサ TRAMAROSSA https://www.tramarossa.it