”おしゃれは足元から”と言われるように、ファッション感度の高い人ほど履き物に思い入れがあります。そのこだわりはルームシューズにも・・・というのが今回のお話です。
伊達男のオフ時間
ファッションリーダーたちが熱い視線を寄せるイベントのひとつに、フィレンツェを舞台にした世界最大級のメンズモード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ(以下ピッティ)」があります。毎回取材に訪れるたび、そこに集う人々の着こなしに魅了されますが、彼らから学ぶのは目に見えるものだけではありません。
あるときピッティのアイコンとも称されるファッショニスタの紳士が、オフ時間の過ごし方について語ってくれました。彼はひとり暮らしですが、自宅で食事するときにはテーブルセッティングを欠かさず、ディナーにはキャンドルも灯すのだとか。
「真のファッションとは、人から注目を集めるために着飾ることではありません。ひとりの時間であっても、愛するアイテムに囲まれて心地よく暮らすことです」と彼は説きました。イタリア紳士の粋が香る言葉です。
そうしたリラックスタイムを過ごすイタリア伊達男の御用達アイテムが、ここに紹介する『ファルファッラ FARFALLA』のルームシューズ。ピッティには2008年から出展している、ルームシューズの専門工房です。
靴作りの技を注ぎ込んで
ファルファッラのオーナー、ステファノ・ラッファエリ氏に話を聞きました。
工房はおよそ100年前、彼の祖父が中部マルケ地方にある小さな村カメラータ・ピチェーナで、靴職人として歩み始めたことに遡ります。古くからシューズ産業で栄えた同地方において、靴作りを生業とするのはごく自然なことでした。
1955年のこと。二代目として家業を継いだステファノさんの父親は、紳士用ルームシューズの専業メーカーへと転換を図りました。それは従来のスリッパとは異なり、ドレスシューズの制作とほぼ同じ工程を経て作るものでした。代表的な製法は「カリフォルニア・プラット」と呼ばれるもので、甲皮、中底、そして巻き革と呼ばれる3部分を縫い合わせて袋状にしてから、表底に貼り付ける手法です。長年靴作りに携わってきた職人でなければこなせない、高度な技術をルームシューズに落とし込んだのでした。
そうして完成した一足は、中底の返りが良く、まるで蝶のごとく軽やかな履き心地を生み出しました。そこで一家はイタリア語で蝶を意味する「FARFALLA」と命名したのです。
小さな村から世界へ
近年は、伝統的に室内で靴を履いていた文化圏でも、自宅で靴を脱ぐ習慣が徐々に広まりつつあります。背景にはウィルスやバクテリアなどに対する、人々の衛生意識の高まりがあります。そうした流れは、ルームシューズの追い風になっていると思われます。
ファルファッラが目指しているのは、時代や流行を超越した、エレガントで落ち着きあるスタイルです。すなわち、数年で履き潰すのではなく、長年にわたり飽きずに愛用できるものです。それはサステイナビリティを重視する時流とも合致しています。
各コレクションとも奇をてらわず控えめな意匠でありながら、そのフィット感は一度履いた人の心を離しません。評判はイタリアにとどまらず、フランス、ベルギー、ロシアなど国を越えて広まっています。「アラブのお客さまから一度に20足のオーダーが舞い込んだこともありました」とステファノさんは話します。
ファルファッラの本拠地カメラータ・ピチェーナの人口は今日でもわずか2500人。小さな村から世界のファッショニスタたちへ、彼らが手掛けるルームシューズは、これからも蝶の如く軽やかに羽ばたいていくことでしょう。
<INFORMATION>
ファルファッラ FARFALLA