LIFESTYLE 23 Feb 2021

カーニバルと“キリストの父のドーナツ”屋台 


ボロきれという菓子

カーニバル(謝肉祭)の季節が到来しました。
かつてキリスト教徒は、イエスが荒野で行った断食修行にちなみ、復活祭までの40日間を禁欲期間として、一切の肉食を断つ生活を送ったとされます。
その習慣は、やがて「だったら、禁欲期間の前はせめて楽しもう!」という世俗的な風習を生みます。これこそ今日、世界中で見かける華やかなカーニバルのルーツです。

この季節、イタリアの菓子店やベーカリーには、さまざまなカーニバル菓子が並びます。
最もポピュラーなのは、薄く伸ばした生地を短冊状にして揚げたものです。郷土色豊かなイタリア半島では、地域によって「ブジエ」「フィオッケッティ」「キャッケレ」などと、呼び名が変わります。

そのなかのひとつ「キャッケレ」について説明すれば、chiacchereとはイタリア語でおしゃべりのこと。お祭りにみんなで会話を楽しみながらパクパク食べることから名づけられたとされます。
いっぽうトスカーナ州では、その見た目から「チェンチcenci」、つまりボロきれと呼ばれています。ただしサクサクした独特の軽い口当たりを知った瞬間、とてもボロきれなどとは呼べません。家庭では、揚げているそばからつまみ喰いが止まらなくなります。

カーニバルの季節に売られる最もポピュラーな揚げ菓子。たっぷりの粉砂糖がかかっています。カーニバルの季節に売られる最もポピュラーな揚げ菓子。たっぷりの粉砂糖がかかっています。

トスカーナ地方では、イタリア語でボロきれを意味する「チェンチcenci」と呼ばれます。トスカーナ地方では、イタリア語でボロきれを意味する「チェンチcenci」と呼ばれます。

“世界一美しい広場”の屋台で

実はドーナツもまた、カーニバルのお祭りに華を添えるお菓子です。こちらも地域によって多様な呼び名、形そしてレシピがあります。

今回紹介するトスカーナ州のドーナツは、誰もが一番に思い浮かべるリングドーナツではありません。「フリッテッレ frittelle」と呼ばれ、コロコロとしたボール状をしています。
私が暮らすシエナでは毎年2月、“世界で最も美しい広場のひとつ”とされるカンポ広場に一軒のフリッテッレ屋台が立ちます。それを営むサヴェッリさん一家に、カウンターの向こうにある厨房を見せてもらうことにしました。

シエナのカンポ広場に建つフリッテッレ屋台。人々が行列をなす様子はこの季節の風物詩です。シエナのカンポ広場に建つフリッテッレ屋台。人々が行列をなす様子はこの季節の風物詩です。

そこには大鍋が3つも並べられていて、まさに揚げる作業に取り掛かるところでした。
前述のトスカーナ風フリッテッレのなかでも、シエナ風は、なんと炊いたお米を用いて作ります。

その生地について、店主の娘であるキアラさんは「お米を水、塩、砂糖、香りづけのオレンジの皮と一緒に煮て、小麦粉も加えます。捏ねたあとは6〜7日間寝かせておきます」と詳しく教えてくれました。

そうしてできあがった生地を、少しずつすくってはオリーブオイルに落としていきます。

お米から作った生地を専用の円盤で広げたあと、専用のスプーンですくって鍋の中に落としていきます。お米から作った生地を専用の円盤で広げたあと、スプーンですくって鍋の中に落としていきます。

鍋の中でぷっくりと膨らんでゆくフリッテッレ。揚げ油はトスカーナ産のオリーブオイルを使用しています。鍋の中でぷっくりと膨らんでゆくフリッテッレ。揚げ油はトスカーナ産のオリーブオイルを使用しています。

片面に火が通ったところでひっくり返し、裏面もこんがりと揚げます。片面に火が通ったところでひっくり返し、裏面もこんがりと揚げます。

注文は4個から可能で、値段は1ユーロ(約128円)。4個がくっついたまま袋に入れられます。注文は4個から可能で、値段は1ユーロ(約128円)。4個がくっついたまま袋に入れられます。

キアラさんの父マリオ・サヴェッリさん(83歳)は街頭でフリッテッレを揚げては売っていた母を見て育ち、自身も第二次大戦後フリッテッレ屋台を構えました。
1950〜60年代、カンポ広場には5〜6軒のフリッテッレ屋台が並んでいたといいます。そのなかで唯一残ったのがサヴェッリさんの店というわけです。

「クリームなどの詰め物は入れません。シンプルだけど素材を厳選する。これこそ私の父がこだわりぬいたものです」ときキアラさん。一家は、マリオさんが作り上げたレシピを大切に受け継いでいます。

屋台を開いて70年あまり。店主のマリオ・サヴェッリさん。屋台を開いて70年あまり。店主のマリオ・サヴェッリさん。

「キリストの父」と「揚げ物」の深い関係

ところで、フリッテッレには“聖ヨセフのドーナツ”という別名があります。そして多くの地域で、屋台はイタリアで父の日にあたる3月19日・聖ヨセフの日まで開かれています。
サヴェッリさんの屋台にも、幼子イエスを抱いた聖ヨセフの絵が貼られていました。なぜ、聖ヨセフとドーナツが結びついたのでしょうか。

聖書物語では、救世主誕生を恐れたヘロデ王による幼児大虐殺から逃れるため、父ヨセフと母マリアは、幼いイエスを連れてユダヤからエジプトへと渡ります。ところが異国の地で、ヨセフは生業である大工ではなく、揚げ物屋を営んでいたという俗説が残されているのです。

それに因んで、いつしかフリッテッレがカーニバルから父の日にかけて食べられるようになったと伝えられています。いつの時代もお父さんは家族を養うために一生懸命働いていたのだ、と思わせてくれる微笑ましいお話です。
中世のシエナには大工の職業組合が存在し、彼らが住まう地区には大工の守護聖人である聖ヨセフを祀る教会が建てられました。
キアラさんは「父の日には大工さんたちが集まって、フリッテッレを揚げては地元民に振る舞ったそうです」と教えてくれました。

屋台に貼られた聖ヨセフの絵。今も彼は大工の守護聖人として崇められています。屋台に貼られた聖ヨセフの絵。今も彼は大工の守護聖人として崇められています。

シエナにある聖ジュゼッペ教会。アーチから続く通りには、かつて多くの大工さんが暮らしていたとのことです。シエナにある聖ジュゼッペ(聖ヨセフ)教会。アーチから続く通りには、かつて多くの大工さんが暮らしていたとのことです。

そうした話を聞いていると、ひとりのお年寄りがやってきました。サヴェッリ一家とは旧知の仲だと話すマルコさんです。「ここのフリッテッレを何十年と食べてきた。上手に揚がっているかどうか、毎年私がソムリエ役だ」と笑います。

私もマルコさんと一緒に、揚げたてを頬張ることに。切り離されずにくっついたまま袋に入れてくれるので、ちぎりながら食べるのが愉快です。表面はカリッと香ばしいのに対して、中身はお米の粒が残ったままで、もちもちとした食感が楽しめます。

マルコさんによれば、昨2020年の今頃は新型コロナウィルスの流行開始直後で、屋台は父の日より1週間も前倒しで閉店されてしまったと振り返ります。2021年もカーニバル祭典は各地で中止が伝えられています。
「でも、フリッテッレのお陰で人々は一瞬でも笑顔になれる。そう、僕らにとって、春がもうすぐ到来するシンボルなんだ」と結びました。

70年あまりもカーニバルの季節が来たるたび愛されてきた味。今年も、おじいちゃんに手を引かれた子どもからカップルまで、漂う香りに惹かれた人々が屋台の前に列を作ります。

揚げたてにグラニュー糖をたっぷりかけられたお米のフリッテッレ。揚げたてにグラニュー糖をたっぷりかけられたお米のフリッテッレ。

「フリッテッレは春が遠くないことを感じさせてくれる味なのです」と、常連客のマルコさん。「フリッテッレは春が遠くないことを感じさせてくれる味なのです」と、常連客のマルコさん。

キアラ・サヴェッリさん(左から2番め)と家族。「姉や義兄、子どもたちも入れ替わり立ち替わり手伝いにきてくれます」。キアラ・サヴェッリさん(左から2番め)と家族。「姉や義兄、子どもたちも入れ替わり立ち替わり手伝いにきてくれます」。

シエナのフリッテッレ屋台は毎年2月初旬に開設され、3月19日・父の日まで営業しています。シエナのフリッテッレ屋台は毎年2月初旬に開設され、3月19日・父の日まで営業しています。

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WRITER PROFILE
大矢 麻里 Mari Oya
大矢 麻里 Mari Oya

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』などに連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。