隠れたリゾート・アイランド
ヴァカンスのシーズン真っ只中。高速道路には、さまざまな国籍のナンバープレートを付けた車が目立つようになりました。
イタリアのリゾート・アイランドといえば、真っ先に南部のシチリア島やサルデーニャ島を思い浮かべます。しかし、それらに次ぐ大きさの島が中部トスカーナ州の沖合にあります。東西に約27km、南北に約18kmの面積を有するエルバ島です。
島には100を超える海岸があるうえ、本土からフェリーで約1時間で辿り着ける気楽さから、イタリア人はもとより欧州のツーリストにも人気です。
歴史教科書の「ナポレオンが追放された島」として記憶している人もいることでしょう。
今回はこのエルバ島で生まれたフレグランス・ブランド『アクア・デル・エルバ (Acqua dell’Elba アックア・デッレルバ)』をご紹介します。
海から与えられたメッセージ
ブランド誕生のきっかけは1990年代末のこと。島出身のファビオ&キアラ兄妹と、彼らの友人マルコが、ヨット遊びをした日に遡ります。
ヨットは、ある岩の前に差し掛かりました。かつてそこでは2世紀頃の難破船が発見され、船倉からは象牙の栓が見つかって話題となりました。香水などの瓶に用いられたと思われる精緻な細工が施されたものでした。
まさにタイムトラベルをしてきたような香水瓶の栓を、「私たちへのメッセージに違いない」と感じた3人は、独自のフレグランス工房を立ち上げることを思いつきます。エルバ島の花や果物、地中海の潮風を思い起こさせる香りをボトルに詰めて届けたいと考えたのです。
業界と縁のなかった彼らゆえ、既存ブランドが群雄割拠するフレグランスの世界に足を踏み入れるのは大きな挑戦でした。しかし彼らの「故郷の魅力を多くの人に知ってもらいたい」という熱意と情熱は2000年、『アクア・デル・エルバ』として実を結びました。
研ぎ澄まされた美しさ
今日アクア・デル・エルバは、イタリア国内に27の直営店と580の取扱店を擁し、海外店舗も展開するまでに成長しました。嬉しいことに日本でも一部百貨店で販売が始まっています。
その涼やかなムードに惹かれて、私が住むシエナの直営店を覗いてみました。インテリアは、海をイメージさせるエメラルドグリーンで統一されています。
店内のディスプレイは簡潔で過剰な装飾は見当たりません。スタッフのアルリンダさんが理由を説明してくれました。パッケージも然り。「自然界には余計なものが何ひとつありません。シンプルで透明感ある美しさを大切するブランドの精神を表したものです」
フレグランス7ラインに加え、ホーム・フレグランスやバス用品なども並びます。いずれのプロダクトも、海とエルバ島の自然からインスピレーションを得た原料を使用し、熟練調香師の技術を駆使したものです。
ところで、シエナ店にはどのようなお客さんが?
「シエナの歴史的旧市街は世界遺産なので、観光客の皆さんも多く立ち寄ってくださいます。『自宅に戻ってからも、イタリアの海を思い出せるから』と、毎夏来店してくれるリピーターもいらっしゃいます」とアルリンダさん。
彼女の丁寧なレクチャーを聞きつつ、私もクラシックなラインから新商品までテイスティングを楽しみました。しかし何種類もの香りを試していると、次第に違いが区別できなくなってきます。そうしたときは、ひとつ試すごとに、コーヒー豆の香りを嗅いでリセットするのが良いのだとか。傍らには豆の入った容器が置かれていました。
さらにアルリンダさんは「フレグランスは肌につけて時間が経過してから、本当に自分の好みかがわかるものです。お客さまの時間が許すならば、テイスティング後、時間をおいてもう一度来店なさるのもよろしいですよ」と勧めてくれました。勤続6年になるアルリンダさんの豊富な知識と誠実な対応も、リピーターを生むのでしょう。
故郷を守る取り組みも
ところで、アクア・デル・エルバは創業以来、島の環境保護活動に取り組んできました。
「エッセンスの道」と名づけたプロジェクトでは、総延長130kmにわたる小道の修繕を通じて島民の利便性を向上するとともに、植物の育成などを通じてハイキング客にも楽しんでもらえることを目ざしています。
絶滅が危惧されている地元のウミガメ愛護にも注力してきました。「Tarta Love(ウミガメ・ラブ)」と印されたホーム・フレグランスを購入すると価格の10%が保護団体に寄付され、ウミガメの巣の監視や治療などに充てられます。
ところで前述のようなリピーターが存在するいっぽうで、ふと立ち寄る観光客のなかには、アクア・デル・エルバの商品以前に、エルバ島の存在を知らない人もいるとアルリンダさんは証言します。そうした顧客に彼女が島の素晴らしさを語って聞かせると、「次の旅はエルバ島にしたい。どんな場所でフレグランスが生まれるのか知りたくなった」と、興味を持ってくれるのだそうです。
そうした人にふさわしい体験企画があることも彼女は教えてくれました。名づけて「1日調香師体験」。マルチャーナ・マリーナの本社工房で熟練職人のもと、自分だけのフレグランスを作れるものです。さらにボトル詰めやラベリング貼りも体験できるとのこと。
この夏もまた、お気に入りの香りを持ち帰った旅人は、エメラルドグリーンのボトルを開くたび、島での鮮やかな記憶を呼び覚ますことでしょう。
インフォメーション/写真提供
Acqua dell’Elba www.acquadellelba.com
三越伊勢丹(銀座・日本橋)、高島屋(玉川、京都)、東武(池袋)、大丸松坂屋(神戸)