AUTOMOTIVE 09 Jul 2021

ワインの里は大騒ぎ ヒストリックカー・ラリー『ミッレミリア』を観戦!


イタリア半島縦断1000マイル

“世界で最も美しい自動車競技”と称されるヒストリックカー・ラリー『ミッレミリア』が、2021年6月16日から19日にかけて開催されました。
日本でも姉妹イベントが開かれるため、その名を耳にした人も多いはず。ここで少しだけミッレミリアについておさらいしておきましょう。

Mille Migliaとは、イタリア語で1000マイルの意味。北部イタリアの都市ブレシアから首都ローマに至り、再びブレシアに戻る約1600kmの公道を走破することに由来します。始まりを1927年に遡るオリジナルはスピードを競うものでしたが、1957年の大事故をきっかけにその歴史は幕を閉じました。

しかし伝説のイベントを懐かしむ声の高まりを受けて1977年、スピードではなく区間速度の正確さを競うラリー形式としてよみがえりました。エントリーは、オリジナル時代に参加した車両、もしくはその同型車であることが条件です。

アメリカの女性ドライバーが駆る、シアタ300BC(1951年)。シアタはフィアットをベースにしたスポーツカー造りを得意としていた伝説の工房アメリカの女性ドライバーが駆る、シアタ300BC(1951年)。シアタはフィアットをベースにしたスポーツカー造りを得意としていた伝説の工房

個性的なボディをまとったシアタ508C 1100 ベルリネッタ ヴィオッティ(1940年)を、ポルシェ356が追います個性的なボディをまとったシアタ508C 1100 ベルリネッタ ヴィオッティ(1940年)を、ポルシェ356が追います

ワインの里で待つ

原則として毎年5月開催のミッレミリアですが、2020年は新型コロナ感染症対策のため10月に延期されました。

そして迎えた2021年度は6月とはいえ、ふたたび初夏に。ルートにも変化が見られました。例年はブレシアから半島東側のアドリア海に沿って南下し、折り返しとなるローマから中部トスカーナを北上する、いわば時計回りコースが定番でした。いっぽう今回は、ブレシアから半島西端の海岸沿いを南下し、往路もこれまでとは異なる反時計回りが採用されたのです。

前回から1年と間を空けない開催のため、常連参加者にも変化を楽しんでもらおうという配慮があったと思われます。
そうしたなか、私が暮らすシエナ市内はスピードレース時代からの通過地点でしたが、今回はコースから外れることになりました。

ただし、イベントのスケジュールを確認すると、同じシエナでも郊外のキャンティ地方を通るとのこと。そこで人口約1500人の小さな村ラッダ・イン・キャンティで観戦することにしました。名前から想像できるとおり、一帯はイタリア屈指のワイン「キャンティ・クラシコ」の名産地として知られます。

私が到着すると、わずか200mほどのメインストリートには、すでにミッレミリアを歓迎する無数の旗がたなびいていました。到着時間までかなりあるというのに、村民の皆さんはすでに自宅から椅子を持ち出して道端に座っています。

ラッダ・イン・キャンティ村の入口にて。フィアット500C トポリーノ(1950年)が狭い路地に吸い込まれていきますラッダ・イン・キャンティ村の入口にて。フィアット500C トポリーノ(1950年)が狭い路地に吸い込まれていきます

一帯はイタリアン・ワインの最高等級「DOCG」に指定されているキャンティ・クラシコの産地です。村の塀にはシンボルのガッロ・ネロ(黒い雄鶏)を描いた看板が一帯はイタリアン・ワインの最高等級「DOCG」に指定されているキャンティ・クラシコの産地です。村の塀にはシンボルのガッロ・ネロ(黒い雄鶏)を描いた看板が

いにしえの思い出を重ねて

彼らと並んでカメラを構えていると、遠くのほうから、明らかに今日の車とは異なるエグゾーストノート(車の排気音)が聞こえてきました。まもなく、石畳の路地に目にも美しい色とりどりの車が滑り込んできました。

隣りにいたお年寄りは、「この村をミッレミリアが通るのは初めてなんだ。みんな嬉しくて仕方ないんだよ」と話します。幼き日の彼は、親にねだって通過する町まで観戦に連れて行ってもらったと教えてくれました。自動車が一般市民にとって夢のまた夢だった時代、一瞬にして通り過ぎるスポーツカーに、どれほど心を躍らせたことでしょう。

ミラノの名門カロッツェリア、ザガートによるアルファ ロメオ6C 1750 グランスポルト(1931年)ミラノの名門カロッツェリア、ザガートによるアルファ ロメオ6C 1750 グランスポルト(1931年)

村民の声援を浴びながら路地をすり抜けるブガッティT35(1925年)村民の声援を浴びながら路地をすり抜けるブガッティT35(1925年)

空力的ボディを載せたフィアット1100(508C)ベルリネッタMM(1938年)。チェックポイントとなった村役場前で、エントラントはスタンプを受けます空力的ボディを載せたフィアット1100(508C)ベルリネッタMM(1938年)。チェックポイントとなった村役場前で、エントラントはスタンプを受けます

ミラノのカロッツェリア、トゥリングの軽快なボディが映えるアルファ ロメオ1900Cスーパースプリント(1954年)ミラノのカロッツェリア、トゥリングの軽快なボディが映えるアルファ ロメオ1900Cスーパースプリント(1954年)

おじいさんは少年時代の思い出を、目の前の風景に重ね合わせていたに違いありません。
彼の膝に座ったひ孫は、初めて目にした美しい車に目を輝かせています。

39回目を数えた2021年度は、参加車375台(うち完走341台)が、多くの人に感動を与えながらイタリア半島を駆け抜けました。

ドライバーやナビゲーターだけではなく、沿道で声援を送り続ける人々も“参加”する、長さ1000マイルのお祭り。それがミッレミリアなのです。

フィアット6C 1500 ベルリーナ(1936年)。ラジエターグリルに記されたカーナンバーは、1937年開催の第11回ミッレミリアに出場したときのものですフィアット6C 1500 ベルリーナ(1936年)。ラジエターグリルに記されたカーナンバーは、1937年開催の第11回ミッレミリアに出場したときのものです

BMW 328(1938年)を駆るラリードライバー、ニコラ・カルダーニ(左から2人め)を、地元ファンが待ち受けますBMW 328(1938年)を駆るラリードライバー、ニコラ・カルダーニ(左から2人め)を、地元ファンが待ち受けます

キャンティ地方はイタリア屈指のワイン生産地。参加者はどこまでも続くブドウ畑を一望しながら操縦しましたキャンティ地方はイタリア屈指のワイン生産地。参加者はどこまでも続くブドウ畑を一望しながら操縦しました

最後尾を走りながら沿道の観客にお菓子を配るフィアット・ムルティプラ(1962年)。参加車ではありませんが、その愛らしい姿は毎年レースを盛り上げます最後尾を走りながら沿道の観客にお菓子を配るフィアット・ムルティプラ(1962年)。参加車ではありませんが、その愛らしい姿は毎年レースを盛り上げます

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WRITER PROFILE
大矢 麻里 Mari Oya

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』などに連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。