CULTURE 25 Mar 2021

春を祝う火祭り 燃える案山子(かかし)に込めた熱き想い


コロナ禍2度目の春

新型コロナウィルス感染症の収束が見えないまま、季節はめぐり、暦の春です。
イタリアでは、最初の都市封鎖が2020年3月9日に施行されてから1年が経過しました。約2ヶ月後に一旦解除されたものの、昨秋からは新たに4段階の行動制限レベルが導入され、今日に至っています。

各地の催しは引き続き中止や開催形式の変更を迫られています。絢爛豪華な衣装や仮面で有名なヴェネツィアのカーニバルも、2021年2月はライブストリーミング形式となりました。

今回紹介するトスカーナ州南端の町・ピティリアーノでも、地元行事の伝統を絶やすまいとする住民たちの姿がありました。

イベントをレポートする前に、少しだけピティリアーノの歩みを紹介しましょう。
町は、火山灰が固まった凝灰岩の上に広がっています。一帯に人々が住み始めたのは、古代ローマ以前の遥かエトルリア時代に遡ります。(提供写真以外は2019年3月撮影)

標高313メートルの断崖絶壁にそびえるピティリアーノ。標高313メートルの断崖絶壁にそびえるピティリアーノ。

まるで岩山から建物が生えてきたかのような力強い姿は、圧巻の一言。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)まるで岩山から建物が生えてきたかのような力強い姿は、圧巻の一言。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)

16世紀中盤以降、町は“小さなエルサレム”と呼ばれました。
ローマ教皇パウロ4世による迫害を逃れるために、多くのユダヤ人が教皇領のすぐ北側にあるピティリアーノへとやって来たのです。

しかし17世紀初頭、トスカーナ公国に支配されたのをきっかけに、この町でもユダヤ人は自由を奪われました。
彼らが住んだゲットー(強制的居住区域)跡は、今日でも見学が可能です。

「ゲットー」と呼ばれた旧ユダヤ人居住区跡の入口。奥にはユダヤ教の会堂や、伝統食品やワインを扱う売店も併設されています。「ゲットー」と呼ばれた旧ユダヤ人居住区跡の入口。奥にはユダヤ教の会堂や、伝統食品やワインを扱う売店も併設されています。

春を祝う儀式がルーツ

今から2年前の2019年3月19日、私はこのピティリアーノを訪れました。伝統の火祭り『聖ヨセフの松明(たいまつ) Torciata di San Giuseppe』の見物が目的でした。

祭のルーツは、エトルリア人が行っていた焚き火の儀式に遡るとされています。飢えを伴う寒く厳しい冬が過ぎ、春の訪れとともに農耕を開始できる喜びを表したものでした。
中世にキリスト教が布教されると、イエスの父・聖ヨセフの記念日、かつ春分の前日である3月19日に祝うようになりました。
一時中断期間があったものの、市民の呼びかけで約30年前に復活したのが今日のお祭りです。

町の広場に足を運ぶと、彼らが「インベルナッチュ」と呼ぶ、高さ5.5mの巨大な案山子(かかし)が立てられていました。“死にゆく冬”の化身です。

夜9時過ぎ、頭巾姿の若者約40名が現れました。彼らはいったん町を出て2km離れた岩穴へと向かい、そこで点火した松明を担いで再び戻ってきます。

広場に運ばれてくる聖ヨセフ像。3月19日はキリストの父・ヨセフの記念日で、イタリアの父の日でもあります。広場に運ばれてくる聖ヨセフ像。3月19日はキリストの父・ヨセフの記念日で、イタリアの父の日でもあります。

松明の担ぎ手となる頭巾姿の若者たち。このあと巨大な案山子「インベルナッチュ」に火が移されます。松明の担ぎ手となる頭巾姿の若者たち。このあと巨大な案山子「インベルナッチュ」に火が移されます。

高台の町から眼下に広がる暗闇を眺めていると、やがていくつもの光が揺らめきながら近づくのが見えました。何本もの長い松明を担いだ若者たちが厳かに進んでくる様は、実に幻想的です。

そして祭りはいよいよクライマックスへ。広場の案山子に次々と松明の火が移されました。直後に若者たちは、手を繋いで輪になり「聖ヨセフ、万歳!」と叫びながら、燃え上がる案山子を囲んで走り回ります。冬よ去れ、春よ来い!の願いは、火の粉とともに夜空に舞い上がっていきました。

祭りの保存会メンバーは、「この儀式なくして、ピティリアーノに春は訪れないのです」と熱く語ります。燃え尽きた後の灰は災いを遠ざけ、福をもたらすお守りになることも教えてくれました。実際多くの人々が、まだ火の粉がくすぶる中、家に持ち帰るべく灰をかき集めていました。

炎に包まれた案山子を囲み、手を繋いで走る若者たち。観客からも「聖ジュゼッペ、万歳!」の声がかかります。炎に包まれた案山子を囲み、手を繋いで走る若者たち。観客からも「聖ジュゼッペ、万歳!」の声がかかります。

withコロナ時代の祭を求めて

このようにピティリアーノの町を象徴する聖ヨセフの松明ですが、2020年は新型コロナの感染拡大を受けて開催が見送られました。

そこで生み出されたアイディアがミニチュアでした。町民が各々の家庭で工夫をこらしたオリジナル案山子を作り、町の公式SNS上に投稿して、祭りへの想いを共有したのです。

祭りが中止となった2020年は、町民が各々にユニークな案山子を製作しました。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)祭りが中止となった2020年は、町民が各々にユニークな案山子を製作しました。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)

果たして2021年は? 保存会のメンバーに連絡すると、さっそく写真が届きました。

そこには、壮大なピティリアーノの風景をバックに、郊外に数名が集まって案山子を燃やす様子が写されていました。人々の密集を避けるべく無観客、かつ広場ではなく日程も前倒ししたとのことでした。
「新型コロナよ燃え尽きろ!」の願いも込められていたのは、いうまでもありません。

2021年は、町から離れた場所で案山子を燃やすことに。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)2021年は、町から離れた場所で案山子を燃やすことに。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)

2021年は、町から離れた場所で案山子を燃やすことに。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)儀式は無観客で行われました。担ぎ手も少人数で。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)

いっぽう町の中では『千の光』と題し、かつてこの地を治めた貴族オルシーニ家の宮殿をはじめ、町のあちこちの階段やバルコニーのキャンドルに火が灯されました。

たとえ例年どおりできなくても、町を輝かせる火は絶やさない。保存会メンバーの想いが伝わってきました。

Withコロナ生活のなかで、地域の連帯と精神的拠りどころとなる“祭り”の姿を模索する動きは、イタリア各地でこれからも続きそうです。

無数のキャンドルが並べられたオルシーニ宮殿の中庭。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)無数のキャンドルが並べられたオルシーニ宮殿の中庭。(写真提供:Promo.fi.ter.Pitigliano)

2019年のショットから。松明担ぎの大役を終えた若者と主催者。来年こそ、再びこんな彼らの笑顔が見られますように。2019年のショットから。松明担ぎの大役を終えた若者と主催者。来年こそ、こうした彼らの笑顔が見られますように。

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WRITER PROFILE
大矢 麻里 Mari Oya
大矢 麻里 Mari Oya

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』などに連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。