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聖ニコラウスの物語からたどる クリスマスプレゼントの起源

大矢 麻里 Mari Oya

2025.12.12


まもなくクリスマス。サンタクロースの語源は聖ニコラウスであったことは、たびたび語られます。
しかし皆さんは、この聖人の物語をご存知ですか。
 
聖ニコラウス(イタリア語では聖ニコラ)の行いは、時を超えて語り継がれてきました。そこで今回は彼を描いたフレスコ画が残るローマとシエナの教会を訪ね、聖人が訴えたものを紐解きます。


窓から投じられた救いの金貨


ひとつめの教会はローマに七つある丘のひとつ、アヴェンティーノの丘に佇む「聖サバ聖堂 Basilica di San Saba」です。

数々のフレスコ画の中でひときわ目を引くのが、のちの聖ニコラウスが三人の娘を救う場面を描いた作品です。


聖サバ聖堂は、8世紀にユダヤの聖サバ修道院から移ってきた修道士が築いた共同体に遡ります
聖サバ聖堂は、8世紀にユダヤの聖サバ修道院から移ってきた修道士が築いた共同体に遡ります

聖堂内部。荘厳な祭壇と美しいモザイクの床が印象的です
聖堂内部。荘厳な祭壇と美しいモザイクの床が印象的です

舞台は4世紀、東ローマ帝国の支配下にあった小アジア(現在のトルコ南部)です。財産を失い貧困にあえぐ一家がいました。家には三人の娘がいましたが、当時結婚には持参金が不可欠でした。追い詰められた父親は、彼女たちを身売りさせるしかないと考えていました。

その窮状を知ったのが、司教となる前の若きニコラウスでした。信仰深い彼は、富は分かち合うべきと信じるとともに、「施しを受ける者に恥を負わせてはならない」として、ひそかな善行を重んじていました。

ある夜、ニコラウスは貧しい家の長女のために金貨を詰めた袋を携え、人々が眠りについた頃を見計らって家に近づきます。そして、扉を叩くことも声をかけることもせず、窓からそっと袋を投げ入れました。翌朝、金貨を見つけた父親は、長女を無事に嫁がせることができました。ほどなくニコラウスがふたたび金貨の袋を投げ込んだことで、次女も結婚できました。


側廊にある小礼拝所に描かれた聖ニコラウスの伝説
側廊にある小礼拝所に描かれた聖ニコラウスの伝説

壁画には、悲嘆の中で寄り添う三姉妹と、絶望にうずくまる父親の姿が描かれています。その上部には、窓から袋を投げ込むニコラウスの姿。しかし一家はまだその存在に気づいていません。家族の深い悲しみと、ニコラウスの慈悲が対照をなしています。中央部に損傷が見られるものの、構図の巧みさや物語性の表現は不朽です。

このフレスコ画の作者は長らく不明でした。しかし近年の研究では、ヤコポ・トリーティ、もしくは彼の工房に属する画家によって、13世紀末から14世紀初頭に描かれたと考えられています。落ち着いた色彩と構図は、トリーティが手がけたローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂のモザイクや、アッシジのサン・フランチェスコ教会の壁画との共通性を感じます。


三度目の訪れと“秘密の約束”


では三女はどうなったのでしょうか? 物語の続きは、シエナ県ポッジボンシにある「聖ルッケーゼ聖堂Basilica di San Lucchese」で知ることができます。


オリーブの木とぶどう畑に囲まれた聖ルッケーゼ聖堂
オリーブの木とぶどう畑に囲まれた聖ルッケーゼ聖堂

内部には聖ルッケーゼの聖骸(ミイラ)が安置されています
内部には聖ルッケーゼの聖骸(ミイラ)が安置されています

二人の娘を嫁がせた父親は、最後に残った三女のため、そして何よりも恩人の正体を知るために、寝ずに待ち伏せすることにしました。

その夜、ニコラウスは三度目となる金貨を入れた袋を携えて家を訪れます。しかし、いつも開いていた窓は閉ざされていました。どうにか袋を家に入れる方法はないかと考えた末、彼は暖炉の煙突に投げ入れました。すると袋は、暖炉のそばに干してあった靴下の中に、偶然すっぽりと入りました。これこそ「サンタクロースが靴下に贈り物を入れる」という習慣が生まれたきっかけと伝えられています。

袋が落とされた音に気づいた父親が外に飛び出すと、まさに立ち去ろうとするニコラウスの姿がありました。父親は心からの感謝を伝えます。いっぽうニコラウスは静かに言いました。「これまでの私の行いは、決して誰にも口外してはなりません」。二人の間で交わされた秘密の約束でした。


鮮やかな色彩と装飾に特徴のあるバルトロ・ディ・フィレディの作品。残念なことにニコラウスの顔部分が失われています
鮮やかな色彩と装飾に特徴のあるバルトロ・ディ・フィレディの作品。残念なことにニコラウスの顔部分が失われています

聖ルッケーゼ教会のフレスコ画は、まさにこの場面を描いたものです。シエナ派の画家バルトロ・ディ・フレディによる14世紀中頃の作品です。

すでに嫁いだはずの長女も三姉妹として並んでいるのは、中世絵画で盛んに用いられた「異時同図法」と呼ばれる技法です。一つの画面に異なる時間の出来事を重ねて描くことで、文字が読めない信徒にも物語を理解させていたのです。3人の娘はニコラウスが三度にわたり金貨を投げ入れたことを代弁すると同時に、物語の核心である「すべての者の救済」も示しています。

「善行は誇示すべからず」という聖ニコラウスの意思は、別の組織を通じても実践されました。フィレンツェで13世紀に設立された慈善団体ミゼリコルディア会は、その一例です。ボランティアの会員たちは病人や困窮者を助ける際に黒服と目出しの黒頭巾を身につけ、匿名で活動をしていました。それらは時代とともに儀式用へと変化してゆきましたが、一部地域では20世紀半ばまで救援活動に用いられていました。

今年のクリスマス、華やかなツリーの下で靴下を見かけたら、聖ニコラウスの限りなく素朴な物語を思い出してみてください。




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