CULTURE

CULTURE

イタリアのチネマ(映画)はこの街から始まった『トリノ公立映画博物館』

イタリア映画史の誕生の地、トリノ

北部ピエモンテ州のトリノ。街の名所に「映画博物館」があります。

イタリアでチネマ(映画)といえば、チネチッタ撮影所のあるローマや、映画祭で知られるヴェネツィアが思い浮かびます。しかし、トリノと映画の接点はあまり知られていません。

その関係を、映画誕生の歴史から探ってみましょう。


今日まで続くスクリーンを用いた映画上映は、フランスのリュミエール兄弟が、1895年に装置「シネマトグラフ」を発明したことに始まります。

それ以前にトーマス・エジソンが一人ずつ装置を覗き込む「キネトスコープ」を考案していましたが、リュミエール兄弟は幻灯機の原理を応用し、複数の人が同時に映画を楽しむことを可能にしました。その功績から、彼らはのちに“映画の父”と呼ばれることになります。


フランスと地理的・文化的に近いトリノでは、早くもシネマトグラフ誕生の翌年である1896年11月7日、リュミエール兄弟による映像が公開されました。会場となったポー通りの旧オスピツィオ・ディ・カリタ教会内の一室ではその日、招待客に原理が解説されたのち、20本の動画が披露されました。

最後に「ラ・シオタ駅への列車の到着」が映し出されると、会場は熱狂の渦に包まれたといいます。蒸気機関車がプラットホームに入線する様子を撮影しただけのものでしたが、それまで動画を目にしたことがなかった観客は、あたかも列車がスクリーンを破って飛び出してくるのでは、と錯覚したのでした。


上映会は大反響を呼び、翌年3月まで延長されました。その企画・配給を請け負ったのは、トリノ出身の写真家ヴィットリオ・カルチーナという人物でした。彼は自身でもいち早くシネマトグラフの操作を習得し、ヴァチカンでローマ法王レオ13世を撮影しています。イタリア初の映画カメラマンとなったのです。

カルチーナは、リュミエール兄弟が設立した会社のためにも数多くの作品を手がけました。第2代イタリア国王ウンベルト1世とマルゲリータ王妃が庭園を歩く様子も映像に収め、のちに王室御用達の映画カメラマンに任命されています。

このようにイタリア映画史は、まさにトリノから始まったのです。


映画博物館展示の上映告知ポスターとラッパを持つ女性の像の写真です。
リュミエール兄弟の映画はイタリア各地に配給されました。映画博物館展示の上映告知ポスター。

イタリアの有名女優「ロザンナ・スキアフィーノ」の人生を感じながら振り返る、イタリアのモード〜イタリアンアート探訪記
ART & DESIGN

イタリアの有名女優「ロザンナ・スキアフィーノ」の人生を感じながら振り返る、イタリアのモード〜イタリアンアート探訪記

Manami Palmieri / 2019.04.05


220万点以上所蔵、トリノ公立映画博物館

こうしてトリノに開花した映画文化を、さまざまな角度から知ることができる施設が『トリノ公立映画博物館』です。

非公開のものも含め、写真155万点、ポスターや広告宣伝物54万点、そして映画フィルム3万本をはじめ、録音テープや書籍、記録文書など220万点以上が所蔵されています。


この膨大なコレクション収集の陰には、博物館の創設者マリア・アドリアーナ・プローロの尽力がありました。映画史家であった彼女は、1940年代から友人や知人に募金を呼びかけ、自らアンティーク市などにも足繁く通っては古い写真やフィルムを集めました。そして1958年、まずは別の場所に旧・映画博物館を開館します。


現在地である「モーレ・アントネッリアーナ Mole Antonelliana」に移転したのは2000年のことでした。トリノのランドマークのひとつである建物について記すと、アレッサンドロ・アントネッリによって設計され、1863年の着工時にはシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)となる計画でした。しかし、建築家と施主の間で設計・予算に関する問題が浮上したことから、工期半ばにしてトリノ市に譲渡されます。


ようやく完成を迎えたのは1889年のこと。高さおよそ167メートルを誇る塔は、当時欧州で最も高い石造建築物として、近代イタリアの象徴にもなりました。映画博物館が移転する以前は、展示スペースや展望台として使われていました。

参考までに今日のミュージアム・デザインは、スイスの映画セットデザイナーであるフランソワ・コンフィーノによるものです。


国立映画博物館の外装の写真です。
国立映画博物館は、ドーム型の屋根を備えたモーレ・アントネッリアーナの内部に置かれています。

二度目のイタリア、次に行くならこんな街 Vol.1|映画の舞台にもなった街コルトーナ
TRAVEL

二度目のイタリア、次に行くならこんな街 Vol.1|映画の舞台にもなった街コルトーナ

小林 真子 / 2020.08.14


名作鑑賞は寝転んで。映画の歴史が詰まったトリノ公立映画博物館内

館内には、影絵や立体絵本、エジソンのキネスコープといった前述のリュミエール兄弟によるシネマトグラフを含め、映写技術の歩みが実物や実機とともに展開されています。

歴代作品も紹介されており、往年の名画ポスターも見逃せません。そのグラフィックデザインからは、映画が今日以上に人々の娯楽であった時代が伝わってきます。


テーマパークのような体験型の仕掛けも用意されています。

カフェ文化の都でもあるトリノを象徴したコーナーでは、アンティーク風のソファに座りながらモノクロ映画を鑑賞できます。気分は、いにしえのトリネーゼ貴婦人です。円型ベッドが置かれた部屋では、天蓋に投影された映像を、家族連れが川の字に寝転んで楽しんでいました。


影絵アニメーションの写真です。小さな人が描かれています。
繊細な切り絵をシルエットにして動かした影絵アニメーション。

トリノの老舗カフェを再現したコーナーの写真です。皮のソファーやランプが写っています。
トリノの老舗カフェを再現したコーナー。

名作映画のポスターの写真です。
螺旋状の通路にも、ヴィットリオ・デ・シーカ監督による「自転車泥棒」をはじめとする名作のポスターが。

フィルムを現像する暗室を模したコーナーの写真です。靴下などが吊るしてあります。
こちらはフィルムを現像する暗室を模したコーナー。

圧巻は建物の中心部にある吹き抜けです。そこには、各席にスピーカーを備えた心地よいシートが並べられています。巨大スクリーンに投影される伝説のスターたちの名演技を、寝転びながら鑑賞できる贅沢な空間です。


視線を天井に移すと、塔の先端に向かってガラス張りのケージが上昇していくのが見えました。このエレベーターは1961年のイタリア統一100周年を記念して設置されたもので、85メートル上の展望台に59秒で来館者を運びます。トリノ市の全景はもちろん、遠くアルプスの山々まで見渡せる絶景が待っています。


ホールのシートに寝転がり映画を楽しむ人々の写真です。
開放感のある1階のホール。一度くつろいだら動きたくなくなる心地良いシートで映画が楽しめます。

全部観た?元気になれるトスカーナ映画3本!
CULTURE

全部観た?元気になれるトスカーナ映画3本!

ワダ シノブ / 2021.09.28


博物館自体が舞台に。トリノ公立映画館博物館を訪れる前に観たいイタリア映画

訪れる前に、ぜひ観て頂きたいイタリア映画を紹介しましょう。

トリノ、24時からの恋人たち』(原題 : Dopo Mezzanotte 2004年)です。ストーリーは、まさにこの映画博物館を舞台に展開します。


主人公マルティーノは博物館で夜警をしながら、なんと塔の上部にある使われなくなった部屋で暮らしています。彼の密かな楽しみは、資料室から無声映画を取り出しては、夜な夜なひとりでこっそりと鑑賞することでした。ところが、ある事件をきっかけに、彼が心を寄せる女性が転がり込んできて・・・というラブストーリーも加わります。


そのマルティーノが毎晩上映する場所こそが、まさに前述の吹き抜けのホールです。そして、部屋がある塔から望むトリノの秋は、彼の繊細で物憂げな感情に重なります。

マルティーノのように映画に対するひたむきな情熱を抱く人は今も世界中にいるはずです。

この魅力的な博物館のビジターのなかから、未来のヴィットリオ・デ・シーカやフェデリコ・フェリーニが誕生するかもしれない。訪れるたびにそう思うのは、私だけではないでしょう。


展望台へ上るエレベーターの写真です。
展望台へ上るエレベーター。映画『トリノ、24時からの恋人たち』の主人公は、クーポラに近い一室で暮らしている設定です。

Information

トリノ公立映画博物館 Museo Nazionale del Cinema TORINO

https://www.museocinema.it