INTERVIEW
ART & DESIGN 23 Feb 2021

ボローニャ在住歴約40年のコンテンポラリーアーティスト加納達則氏に訊くアーティストとしての旅路そしてボローニャの町<前編>


80年代にイタリアのボローニャに渡り、コンテンポラリーアーティストとして国際的に活躍する、加納達則氏へのインタビューを大公開!前編は独自のスタイルを築き上げたアーティストとしての旅路を紹介し、後編ではボローニャ在住歴約40年の地元住民として、ボローニャの真の見どころをお届けします。

ワカペディア: ボローニャで活躍している日本人アーティストにインタビューできるなんて、光栄です!イタリアといえば、ルネサンス美術のイメージが強い気がしますが、コンテンポラリーアーティストとしてなぜイタリアを選んだのですか?ボローニャという町を選んだ理由も併せて教えてください。

加納: 私がイタリア留学を決めた80年代は、ちょうどポップアートの全盛期だったので、コンテンポラリーアーティストが多く集まるアメリカや、ドイツに行きたがる日本人アーティストが多かった中、あえて人と違うことをしてみたかったんです。古典芸術の中に現代アートのヒントが隠されているのでは、とも思ったので、日本大学芸術学部美術学科で絵画を学んだ後、イタリア行きを決めました。イタリアといっても、フィレンツェやローマは王道すぎるし、ミラノは東京のように都会だったので、よりマイナーなボローニャを選びました。その点では、あまのじゃくだったとも言えるかな(笑)

ワカペディア: そうだったんですね、さすがアーティスト!(笑)ユニークな環境下で湧き出るインスピレーションは、作品にも大きく影響しますよね。ところで、実際に現地で感じた、イタリアのアートと日本のアートの違いはありますか?

加納: とりわけ目に付いたのは、日本人は技術的には優れていて、手本どおり描くのが上手なのに対して、イタリア人は破天荒な創造力があるということですね。最初は技術的な理由で、日本で学び続けた方がよかったのかも?と思いましたが、自由で物怖じしないイタリア人の表現力に、徐々に味を感じるようになりました。結局、上手く完璧に仕上げることがアートではなく、個性や自分の好みをいかに表現するか、という点が重要なんですね。

ワカペディア: 確かに!日本人は職人気質で、きめ細かに仕上げるのに対して、イタリア人は溢れんばかりの情熱と、自己流の表現力を持ち合わせていますよね。特に印象的な、イタリアでの経験を教えてください。

加納: 日本では美術館でしか見ることができなかった古典的な宗教画を、イタリアでは実際に教会の壁画として見ることが出来ます。光の当たり方や天井の丸みなど、計算された作品を生で鑑賞できたことは印象的でしたね。ちなみに、日本人は水彩画のように水に溶けるテクスチャーに親しみを覚える一方で、西洋ではレンガや油絵などの硬いテクスチャーを好む傾向があるようです。私もイタリアに住み続ける中で、日本で好まれるようなつるりとしたテクスチャーでは、物足りなさを感じるようになってきて。徐々に、キャンバスの上に硬い素材やガサガサしたテクスチャーのものを混ぜて、加えるようになったんです。

ワカペディア: そうだったんですね。今のスタイルに変化したきっかけはありましたか?

加納: 在住6年目くらいから、現地で出会った材料や物の見方に、日本で培った感性を加えた「自分らしさ」を表現できるようになりましたね。他のきっかけとしては、フィレンツェのサン・マルコ修道院のフレスコ画を見た時、描きかけのまま残っていた壁画がキラキラと光っていたんです。修復家の友人に尋ねると、それは雲母と呼ばれる光沢性のある珪酸塩鉱物を使用しているからだ、と教えてもらいました。日本で使われているものとは違う質感でしたね。こうして現地でインスピレーションを得ながら、模索を繰り返し、自分で紙や絵の具などを作ったりもしました。もちろん作る過程で沢山失敗もしましたが、そこから個性を見出せるようになりました。私達の失敗、それこそが私達の個性なんですよ。

ワカペディア: 『私達の失敗、それこそが私達の個性』って、すごく素敵な言葉ですね!現在の加納さんを形成する過程で、大きく影響を与えた人はいますか?

加納: プロデューサーであり家具デザイナーでもある、ディノ・ガヴィーナ氏との出会いかな。最初に出会ったのはボローニャで開催された巨匠の集まるアートフェアだったんだけど、厳しい意見をズバズバ言う方で。なんて態度の大きい方だろう、というのが第一印象です(笑)でも徐々に彼を知るようになり、あのマルセル・デュシャンのセンターをボローニャに作った実力者なのだと知り、その後は公私共にお世話になりました。彼は自らを、デザイナーや建築士らの「調教師」だと名乗っていましたね。彼らが作った作品に、ガヴィーナ氏がプロデューサーとして自ら最後の一筆を加えると、パズルの最後のピースが合ったように仕上がるんです。

ワカペディア: 面白いですね。こうして色んなお話を聞くと、東洋と西洋でアートスタイルは異なっても、垣根を越えた共通の美学があるのかもしれませんね。最後に、今もボローニャで活躍されている加納さんが、イタリアに渡った当時から大切にしていることがあれば教えてください。

加納: 自分のスタイルを確立するためにも「物差し」を持っておくことが大切だと思います。私は日本で西洋画を学びましたが、イタリアに来てからも、日本で学んだ基準を通して西洋美術に触れ、自身の作品を創り出してきました。様々な経験を経てその基準が変化することはいいとは思いますが、全く物差しがないと、芯となる部分がブレてしまいます。そういう意味で、日本で西洋画を学べたことは、今考えても良かったと思っています。

ワカペディア: 異なる文化を知ることで、私達の持つ基準や視野が広がり、これまでの価値観も大きく変わりますよね。そう考えると、人生は変化に富んでいて最高に面白いし、失敗は最大のチャームポイント!加納さんのお話を聞いて、そう改めて実感しました。

加納氏のアーティストとしての旅路を楽しんだ後は、ボローニャおすすめスポットの旅へ。後編もお楽しみに!

後編はこちら

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WRITER PROFILE
Wakapedia

ワカペディアは、異文化交流の促進を目的としたトータルサイト。 設立者のサラワカは、日本人の両親の元ミラノで生まれ育ち、ロンドン、パリ、東京、イタリアでは、のちにワカペディアのオフィシャルメンバーとなる個性溢れる5名(GIULIA BISON, FEDERICA FORTE, YURIE N, YOKA MIYANO, CAMILLE BRUNET) と出会った。#CULTURECANBEFUNをモットーに、言語の壁を超え、アートやファッションをはじめとする様々な文化情報を、ユーモアを交えて発信している。 また、活動の一環として、世界的に有名なアーティストや著名人へのインタビューの他、企業のクリエティブコンサルティング、デジタルコンテンツの作成や記事の執筆なども手掛けている。 これまで担当したプロジェクトは、BRUTUS、ELLE JAPAN、L’OFFICIEL MAGAZINE、PLAYBOY ITALIA、POPEYE、TOILETPAPER MAGAZINE、VOGUE JAPAN等。