ART & DESIGN 19 Apr 2021

デザインとは「ひらめきに導かれる」こと
ジュリアーノ・マッツォーリの世界観


首から下げたエスプレッソ・メーカー

フィレンツェの紳士モード見本市を取材したときのことです。あるファッション・ブロガーが首から下げていたストラップ式のペンに、私の目は惹きつけられました。伊達男の着こなしにもマッチする、粋なデザインだったからです。

私の視線に気づいた彼は、首から外しながら言いました。「これ、モカの形なんだよ」。mokaとはイタリア家庭の一家に一台はある、直火式のエスプレッソ・メーカーのこと。ペンはその形状を模したものだったのです。

後日、それがジュリアーノ・マッツォーリというデザイナーによる、その名も『モカ』というプロダクトであることを知りました。同時に彼は、私が住むシエナから遠くないフィレンツェ郊外にアトリエを構えていることも判明しました。

これは会うしかありません! というわけで今回は身近なアイテムからインスピレーションを獲得し、無限のイマジネーションを広げるデザイナー、マッツォーリに迫ります。

『モカ』ペン
直火式エスプレッソ・メーカーのフォルムからヒントを得て誕生した筆記具『モカ』。ボディはアルミの削り出し。ストラップを付ければアクセサリーのようにも楽しめます。

MoMAにも選ばれた

取材当日、フレンドリーな笑顔で迎えてくれたマッツォーリは、『モカ』誕生に至るまでの歩みを語り始めました。

彼は1946年にフィレンツェ郊外の町、タヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ペーザに生まれました。父親はマッツォーリがまだ幼かった1953年、自身の印刷会社を興します。フィレンツェは言わずと知れたレザー製品の産地。革装ステーショナリーを手掛ける工房に、その中身であるノートやアドレスブックを印刷して納めていました。

当初父親の仕事を手伝っていたマッツォーリでしたが、1970年代から彼の興味は次第にグラフィック・デザインへと移っていきました。
彼がディレクションしたカタログは、フィレンツェのファッション界や、ファニチャーのメーカーから高い評価を得ます。デザイナーとしての手応えを感じると、次は自らのステーショナリー・ブランドを立ち上げたい思いが強くなっていったと振り返ります。

マッツォーリとリストウォッチ
自身が手掛けたリストウォッチと、着想の元となった空気圧計を手にするマッツォーリ。その誕生ストーリーについてはのちほど・・・。(写真/Mari Oya)

1953年の印刷会社
マッツォーリの父親が営んでいた印刷会社。(1957年撮影)

1993年、ついにマッツォーリは念願であった自らのブランド『3・6・5』を立ち上げます。

初作品はダイアリー『ヴォルタ・パージナ』。アレッシィ製品を手掛けたことでも知られるデザイナー、マッシモ・モロッツィとのコラボレーションでした。
アポイントメントだけでなく、とっさに思いついたアイディアのスケッチを展開できるスペースを確保していたそれは、多くのクリエイターたちの御用達となりました。

続く1997年には、ノート&ダイアリー『スティッフレックス』を発売。こちらはハードカバー表紙にもかかわらず一部に折り目を入れ、めくりやすいようにしたものです。
ジュリアーノによれば、発想の源は図書館で見た古代の製本技術で、それを現代風にアレンジし特許を取得したといいます。
スティフレックスは話題を呼び、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のミュージアムショップからも注文が舞い込みました。

手帳
ステーショナリー・ブランドの第1作目となった『ヴォルタ・パージナ』。日々の予定だけでなく、メモやスケッチを書き込めるスペースを充分に設けたダイアリーです。

MoMaの手帳
ノート&ダイアリー『スティッフレックス』はハードカバーが折れ曲がるのが特徴。こちらはニューヨーク近代美術館(MoMA)のショップ販売品です。(写真/Mari Oya)

女性を模した手帳とカセットテープを模した手帳
『スティッフレックス』シリーズから。左は簡潔な描画でイタリア女性を表現、右は懐かしのカセットテープを模したものです。

祖父の工具箱から

そうしたマッツォーリにさらなるチャンスが巡ってきたのは、1999年のことです。
ある工場を訪れた彼は、そこに置かれていたさまざまな工具類を目にしました。その瞬間、自身の懐かしい記憶が甦ってきたのです。

彼の祖父は、1920年代からハンドメイドの自転車製作所を営んでいました。しかし50年代にモーターサイクルが台頭すると自転車の需要は激減。廃業に追い込まれました。
幼いマッツォーリは、祖父から古い木箱を記念に渡されます。中にあったのは、製作所で使われていた工具の数々でした。それは少年時代、彼の宝物になりました。

「工具とは、魅力的で美しいオブジェである」。
工場訪問を機会に40年以上前の木箱を思い出したマッツォーリは、筆記具シリーズ『オフィチーナ』を発表します。Officinaとはイタリア語で工房の意味。工具を思い起こさせるデザインを施し、それぞれにイマジネーションの元となった、「ナット」「マイクロメーター」「エンドミル」そして「ローレット」といった名を冠しました。

祖父が営んでいた自転車製作所
祖父が営んでいた自転車製作所。一番右の少女はジュリアーノの母親です。1923年撮影。

『オフィチーナ』ペン
工具をイメージして作られた筆記具『オフィチーナ』。左から「ナット」「マイクロメーター」「エンドミル」「ローレット」

偉大なプロダクトへのオマージュ

いっぽうで祖母との思い出を形にした作品もありました。それこそが、私が彼を知るきっかけとなった、あのモカの形をしたペンです。

マッツォーリが幼い日によく訪れた祖母のキッチンは、立派な家具など皆無の質素なものだったといいます。
かわりに、棚の上に大切に並べられていたのは、直火式のエスプレッソ・メーカーでした。1933年にアルフォンソ・ビアレッティが設計・製造し、1950年代には多くのイタリア家庭に普及していた『モカ・エクスプレス』です。
大きさの異なる4、5台をいとおしそうに磨く祖母の姿は、彼の脳裏にしっかりと焼きつきました。

後年そうした思い出を辿るうち、『モカ・エクスプレス』がありふれた日用品でありながら、完成された形態であったこと、単純なデザインを創造することほど難しいものはない、という事実にマッツォーリは気づきます。それをモティーフにして完成した筆記具『モカ』には、イタリアを象徴する偉大なプロダクトへのオマージュが込められていたのです。

大半の他社製ペンと異なり、デスクの上に立てて鑑賞できる形状にしてあるのも「モカ」の特徴です。

筆記具『モカ』のイメージスケッチ
筆記具『モカ』は、なんと本人が英語のレッスン中、ノートに落書きしたものが元になっているとか。

『モカ』ペンの種類
自立できるペンであることも『モカ』の特徴です。こちらは樹脂軸のシリーズ『モカ・キアロスクーロ』。万年筆とボールペンの2種。

探すのではない。導かれるのだ。

かくもステーショナリーの世界で知られる存在となったマッツォーリですが、デザイナーとしての才能は別の領域でも開花しました。

2004年、初のリストウォッチ『マノメトロ』をリリース。それは自動車タイヤなどの空気圧計(Manometro)からインスピレーションを得たものでした。プライベートではサーキットでレーシングカーを駆るほどのカー・エンスージアストであると聞けば、納得がいきます。

以後も、上質な素材とクラフツマンの卓越した技によるオートマチック・リストウォッチを送り出しているマッツォーリ。その顧客名簿には、ハリウッド俳優などVIPも名を連ねています。

『マノメトロ』腕時計
空気圧計から着想を得た『マノメトロ』。通常は3時の位置にある竜頭が、2時の位置にオフセットしています。手の甲に干渉しにくく、かつ操作しやすさを追求したものだとか。

『トラスミッシオーネ・メッカニカ』腕時計
『トラスミッシオーネ・メッカニカ』は自動車の変速機にインスパイアされたもの。ケースは歯車、文字盤はクラッチプレートをイメージしています。自動巻きムーブメントはスイス製。

最後に「あなたにとってデザイナーの仕事とは?」とマッツォーリに訊ねると、思いがけない答えが返ってきました。

「道具は機能にしたがってデザインされたものであり、見た目を意識して作られたものではありません。デザインは私が探すべきものではなく、ひらめきが私を導いてくれるのです」 。
つまりマッツォーリにとっての創造とは、過去の歴史のなかで作られたモノの美しさを見い出すことなのです。

工具やエスプレッソ・メーカーを想起させる筆記具、そして空気圧計にインスパイアされたリストウォッチ。
いずれも潔いほどにシンプルで、凛とした佇まいを纏うマッツォーリの作品群は、先人が遺したプロダクトに対する、彼の純粋なリスペクトによる賜物だったのです。

マッツォーリと二人の息子
二人の息子エミリアーノ&トンマーゾと共に。彼らは2005年からノート&ダイアリー『スティフレックス』の部門を父親から受け継いでいます。

写真/Giuliano Mazzuoli, Mari Oya

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WRITER PROFILE
大矢 麻里 Mari Oya

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』などに連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。