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デザインウィーク2025現地リポート : その魅力の秘密と未来

大矢 麻里 Mari Oya

2025.05.22



世界最大級のデザインイベント「ミラノデザインウィーク(Milan Design Week)」が、2025年4月7日から13日に開催されました。

同イベントは、ミラノ近郊の見本市会場で行われる家具国際見本市・通称サローネSaloneと、同時期に催されるフォーリサローネで構成されています。

Fuorisaloneとは「見本市の外」を意味します。市内各地のギャラリーやショールーム、さらには一部の公園や路上まで会場に変貌。家具やインテリア、家電、自動車、ファッションといった、さまざまな企業やクリエイターがインスタレーションを展開したり、新商品を発表します。2025年のフォーリサローネ公式ガイドブックには1066の企業・団体そして個人が名前を連ねました。

おびただしい数のジャーナリスト、バイヤー、そして一般消費者が訪問するフォーリサローネは、企業やアーティストにとって、どのような意義があるのか。このリポートでは、いくつかの例とともに解き明かしていきます。



ブランドの世界観をアートで具現化


第1にブランドやアーティストにとって、フォーリサローネでコンセプトや新作を発表することは、世界的認知度を高める貴重な機会です。

加熱式たばこのブランド「グロー(glo)」は、アーティストの「ミケーラ・ピッキ(Michela Picchi)」とのコラボレーションによる『HYPER PORTAL』を発表しました。

ローマ出身のピッキは、現在ベルリンを拠点に、グラフィックデザイン、イラストレーション、ビジュアルアートなど多岐にわたる分野で活躍するアーティストです。アップル、ナイキ、アルマーニなどとの共創も手がけてきました。鮮やかな色彩で幻想的かつポップな世界観を特徴とする作品は高い評価を受けています。

今回の作品のテーマはずばり「つながる世界」。個人と社会、自己と他者、デジタルと現実といった二項対立をつなげることを目指しました。

館の中庭に置かれたパビリオン内に入ると、そこには来場者を360度取り囲むディスプレイが配置されていました。映像は人の動きに連動し、リアルタイムで変化していきます。アートを単なる鑑賞の対象とするだけでなく、作品の共創者となる感覚を味わせることを意図しています。


ミケーラ・ピッキの独創的な世界観が来場者を迎え入れます

パビリオン内では目が眩むほどの鮮やかな映像に包まれます

次に紹介するのは、日本人デザイナー荻野いづみ氏によってイタリアで設立され、代表作のワイヤーバッグで知られる「アンテプリマ(ANTEPRIMA)」です。同ブランドは、写真家・映画監督・アーティストとして活躍する蜷川実花氏とインスタレーションを展開しました。

『Within the Breath of Light and Shadow』と題した蜷川氏の作品は、クリスタルやサンキャッチャー、蝶、星、ハートなどのモチーフをガーランドのように繋ぎ合わせたものです。プリズム効果によって無数の光の粒が壁や床に映し出されます。その煌めきはまさに、蜷川氏独自の美学と、アンテプリマのワイヤーバックに象徴される光のデザインが融合した空間です。

会場では2025年春夏コレクションの一環として、蜷川氏との協業によるワイヤーバック「MIKA NINAGAWA」も先行販売されました。今回の展示作品をイメージさせる、蝶、ハート、星、ジュエリーなど鮮やかなモチーフがちりばめられたものです。


蜷川実花氏の作品『Within the Breath of Light and Shadow』。背後に見えるのも彼女自身の内面を投影した作品『Liberation and Obsession』

ANTEPRIMA×蜷川実花 WIREBAG「MIKA NINAGAWA」コレクションより。6月25日からアンテプリマの一部店舗で販売が予定されています

デザインが語る文化・自然・社会


第2にフォーリサローネには、ブランドの文化的・社会的責任を体現する役割があります。

日本の家具メーカー・カリモク家具は、同社のブランド「カリモク・ニュー・スタンダード(KNS)」と、スイスの名門「ローザンヌ州立美術大学(ECAL)」とのコラボレーションによる木製チェアを発表しました。

学生たちに与えられた課題は、2025年大阪関西万博スイスパビリオンのための積み重ね可能な木製チェアのデザインでした。10種類の椅子から「HUG」と題した1脚が選ばれ、製作をカリモク家具が担当しました。

同社は従来も国内外のデザイナーと協力し、ミラノをはじめ国際ショーで製品を発表してきました。「人と環境にやさしい家具づくりを通じて、持続可能で豊かな暮らしを提供する」という企業理念に基づいたものです。今回の椅子には日本の職人による技も活かされ、若手デザイナーにとっても創造力を形にする貴重な機会となりました。


ECALの学生による、大阪万博のスイスパビリオンのための木製チェアの提案(photo:ECAL)

円形で逆方向にスタッキングできる椅子「HUG」

いっぽう、イタリア屈指のコーヒーブランド「ラバッツァ(Lavazza)」は、創立130周年を記念して、エスプレッソ・コーヒー用のタブレット「タブリ(Tablì)」を発表しました。粉状のコーヒーを固形化することでプラスチックやアルミ製カプセルのような廃棄物を出すことなく、完全リサイクルを可能にした製品です。

発表の舞台となったミラノ国立公文書館の中庭には、形状や色彩そのものが「タブリ」を想起させる、直径18メートルにも及ぶ円形パビリオンが出現しました。入口から暗いトンネルを進むと、微かに香ばしいコーヒーの香りが鼻をかすめました。足元にはまるで粉状のコーヒーを踏みしめているかのようなザラリとした感触が。やがてたどり着いた先には、水が流れ落ちる瞑想的な空間が広がっていました。コーヒー豆の故郷を思わせる演出です。続く部屋では、今回公開されたばかりのタブリ専用エスプレッソ・マシンで淹れたコーヒーのテイスティングが用意されていました。

マシンのデザインを担当したフロリアン・ザイドル氏によれば、タブリ・システムは5年にわたる開発期間と、15件もの特許を取得した結果といいます。この新たなタブレットが、家庭用エスプレッソ業界に革命をもたらすか。市販は9月が予定されています。


ブラジル出身の建築家・デザイナーであるジュリアナ・リマ・ヴァスコンセロスによる『喜びの源(Source of Pleasure)』と題したパビリオン。来場者を五感でコーヒーの世界へと誘います

新たなエスプレッソ・コーヒーのタブレット「タブリ」を解説するスタッフ

「映え」も意識


フォーリサローネの第3の役割は、ブランドと消費者の距離を縮め、感情的なつながりを育む場であることです。とくにSNSでの拡散が狙えるフォトジェニックな展示は、ファンを獲得する場ともなります。

ドイツ・ミュンヘンのブランド「エム・シー・エム(MCM)と、ミラノを拠点とするデザインスタジオ「アトリエ・ビアジェッティ(Atelier Biagetti)」は、動物愛をテーマに屋外の空間演出を試みました。

MCMといえばモノグラムのバッグで知られますが、同じ柄のぬいぐるみや置物といった装飾アイテムも手がけています。またアトリエ・ビアジェッティも「ペットセラピー」と名付けた大きな猫型のソファーなどを手がけてきました。

会場に行列ができているので何かと思えば、来場者たちへのジェラートとお菓子の振る舞いでした。人間だけではなく、ペットが食べても安心なプロダクトもあります。テイスティングを楽しんだあと、来場者たちは巨大な猫の置き物との自撮りを楽しんでいました。

またドッグハウスをかたどったパビリオンでは、女性画家がMCMのバッグに絵を描くコーナーも。「会場で購入して頂いたお客様の愛犬の姿を描いています。ペットともバックとも長いお付き合いが続くことを願っています」と彼女は話してくれました。

人間と動物の癒しの関係、ペットの存在からインスパイアされる温もりをユーモラスに表現した企画でした。


動物愛とデザインを調和させた没入型展示『MCM x Pet Therapy』

特別企画として、会場で購入した製品にペットの姿を描くサービスが提供されました

自動車ブランドの「フィアット(Fiat)」は高級靴下ブランド「ガッロ(Gallo)」とともに、鮮やかなカラーリングを施したフィアット・トポリーノ(Fiat Topolino)』のデモカー4台を市内に走らせました。

トポリーノは2023年に登場した、14歳から運転可能な小型電動モビリティーです。今回の企画は、都市環境への配慮と、心躍るデザインの両立を示したものとのこと。小柄なボディで自在に走り回る姿は、まさにTopolino(小さなネズミ)。道行く人々は思わず足を止めスマートフォンでその姿を写真に収めていました。

いっぽうガッロのブティックでは、期間限定のカプセルコレクションとしてトポリーノをあしらったソックスが販売されました。


「ガッロ」のブティック前に並んだフィアット・トポリーノのデモカー

『ガッロ×フィアット・トポリーノ』の靴下は、ミラノのガッロのブティックや空港、ウェブサイトで販売

よりインタラクティブに


このようにフォーリサローネは、一般的な見本市や展示会以上にブランドやアーティストがデザイン思想を発信して存在感を示し、社会への姿勢を伝えるとともに、より体験の場を提供することで来場者とのつながりを築いています。

これからのフォーリサローネの行方は? それを暗示していたのが、高級家具ブランド「カッシーナ(Cassina)」でした。

同ブランドのル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンによる、20世紀モダニズムの象徴である家具コレクションは2025年で復刻60周年。それを祝うべく選んだのは、ショールームやギャラリーではなく、市内の劇場「テアトロ・リリコ・ジョルジョ・ガベール」でした。

空間演出にはデザインスタジオの枠を超えて、環境的テーマに焦点を当てることで有名な「フォルマファンタズマ(Formafantasma)」を起用。順路をたどった来場者は、いきなり舞台上へと導かれたことに驚きます。次に、ステージから見下ろす客席のあちこちに、前述の家具が置かれていることを発見します。

客席でショータイムを待っていると、やがて現れたのは動物(の模型)を抱えたパフォーマーたちでした。往年の理想であったモダニズムを、いかに今日の自然回帰の流れと調和させ、進化させる必要があるかを、歌・踊りそして語りで問いかけます。難しいテーマですが、パフォーマーたちが客席側のあちこちで演技を1時間近くにわたって展開するうち、家具や私たち観客までもがパフォーマンスの一部となっているような感覚に包まれていきました。

カッシーナの企画は、フォーリサローネが「見せる」「訪問する」から、より来場者が一体化するインタラクティブなものに向かってゆくことを示していました。絶えず進化するから面白い。それがこのミラノにおける春の祭典なのです。


カッシーナは劇場「テアトロ・リリコ・ジョルジョ・ガベール」で、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリによる家具コレクション復刻60周年を祝いました

『Staging Modernity 近代性の演出』と題したパフォーマンス。かつてのモダンと、昨今の「自然・野生・エコロジー」といった思考をいかに調和させ、進化させるかを考えさせることを意図していました