CULTURE 30 Oct 2020

まもなく20周年を迎える若手タレント発掘番組・Amici(アミーチ)


21世紀になってすぐ(2001年9月)に始まり、今も継続TV放映中(@民放局Mediaset)のタレント発掘番組『Amici di Maria De Filippi(アミーチ・ディ・マリア・デ・フィリッピ)』(意:マリア・デ・フィリッピの友ち / 通称:Amici アミーチ)が、間もなく放送開始から20年を迎えることとなり、今ではすっかり若手タレントの登竜門としての金字塔となり、卒業生の多くがイタリアのミュージックシーンで重要なアーティストとして才能を発揮しています。

番組の発案者&司会者マリア・デ・フィリッピ

このアミーチの成功を受けて、2005年ぐらいからは他にも様々な切り口のタレント発掘番組が台頭し、さらなるタレント発掘番組の大ブームを形成して今日に至っています。

このタレント発掘番組ブームがイタリア音楽界にもたらした影響を解説するとともに、歴代のアミーチ出場者・表彰者の中から、重要なアーティストをピックアップして紹介していきましょう。

アミーチ以前のイタリア音楽界の状況

イタリアでは1970年代から現在までシンガーソングライター主導の潮流が続いており、70年代デビューのシンガーソングライター達がずっとトップスターであり続けているため、若手歌手たちには長らく活躍の場が与えられず、若手のうちは下積み活動を余儀なくされ、30歳を過ぎた頃からようやく注目されるチャンスが出て来るという状態でした。この世代構造は、日本でのお笑い界(第七世代より前)をイメージして頂ければ判りやすいかもしれません。

シンガーソングライターであっても若手のうちは注目が寄せられることがなかったため、自身のアングラ的な巡業活動だけでは食っていけず、彼らはせっせとソングライターとしてベテランアーティストたちに楽曲を提供する裏方稼業に回っていたのです。長い目で見れば、それが絶好の修行体験になっていたのかもしれません。

曲を書かない歌手は、ベテランであっても厳しく淘汰される時代が長らく続いたため、若手には絶望的な世界だったといっても過言ではないでしょう。

イタリアにはルックスだけの若手タレントに歌わせて売り出す、というビジネスモデルは基本的にありません。ですからイタリアで公式にリリースされている音楽は例えジャケ買いしたとしても、(個人的な好き嫌いを除けば)音楽的な観点で大きなハズレはないのです。流石に音楽大国だけのことはありますよね。

アミーチの人気の秘訣

こうして埋もれていた若手タレントに、実力と将来性を発揮する機会を与えるという意向で作られた番組がタレント・リアリティショウと呼ばれるタレント発掘番組です。

2001年9月に『Saranno famosi(サランノ・ファモージ / 意:彼らは有名になるよ)』という番組名で始まった最古参番組がアミーチです。この初期の番組名は約1年半後に現在の『Amici di Maria De Filippi』に変更となりました。旧タイトルが映画『フェーム(Fame)』(1980 / 米)のイタリア語タイトルと同じで、同映画のヒットに続いてアメリカで放映された同名のタレント発掘番組ともカブッた、という理由が番組名変更の理由です。

タレント発掘番組といえば、日本では昭和の時代に『スター誕生!』があり、1回の放送でタレントの卵が1曲歌うとすぐに〇×の結果が出される仕組みでしたが、アミーチはそれと大きく異なり、同じ出場者グループの賞レースがなんと6か月間も継続して放映され続けるのです。

つまり、初めて見聞きしたタレントの優劣を1回キリのその場で判断するのではなく、6か月間に渡って、さまざまなジャンルの課題に対しての挑戦が披露されることで、タレントひとりひとりの長所も短所もさらけ出され、それを通してタレントのあらゆる魅力が見えてくることが人気の秘訣です。そのためか、この賞レースに勝ち残った人物は、単に一芸に秀でているだけでなく、誰にも好かれる“愛されキャラ”タイプが多いようです。

これは出場者にとっても、番組後に新人デビューした時には既にすっかり全国区の有名人となっていて、しっかりとしたファンも獲得できていて成功に繋がりやすい、というメリットが付いてくるのが、以前の新人登竜門に比べればとてつもなく大きなアドヴァンテージとなります。

ちなみにアミーチには歌手部門だけでなく、ダンサー部門や俳優部門などもあり、最終的には全部門総合で順位が付けられるという、総合格闘技のような世界です。それぞれの分野の成功者や著名人がコーチについて出場者を鍛え上げていくのも見どころのひとつです。

このアミーチの成功を受けて、2005年ごろから他にも様々な趣向を凝らしたタレント発掘番組、オーディション番組が作られ、そこからも新しいスターがどんどんと生まれるようになりました。

こうして長らくベテランのシンガーソングライターたちの独断場だったイタリア音楽界にも20代以下の若手歌手たちが台頭し、若手の楽曲がチャートにランクインするようになり、若くして巨大スタジアムでコンサートが行える成功者までも出現し始めた21世紀のイタリア音楽界は、また以前とは異なる魅力が増えてきています。

これが21世紀のイタリア音楽の醍醐味のひとつ。知らずにいると非常にもったいない状況です。

アミーチをきっかけに成功した歌手

アミーチは既に19回開催され、毎年のTOP3だけでも60人近くを数えますが、その中から、特にイタリア音楽界に重要な存在感を持つようになったアーティストをピックアップして紹介いたします。

Spotifyプレイリストには、基本的に彼らの最初期のヒット曲、代表曲、最近のヒット曲の3曲を入れています(入れるべき曲なのにSpotifyに登録がない楽曲もありましたので、その場合は次点の曲を入れています)。

Marco Carta(マルコ・カルタ / 現35歳)第7回大会(2007-2008)優勝

7年目のアミーチで優勝した彼が翌2009年のサンレモ音楽祭でも22歳の若さで優勝(アミーチ出身者の初優勝)をさらったのは、かなりのエポックメイキングとなりました。ホンモノ志向が強いイタリア音楽界では、当時のアミーチを、タレントの卵たちの“どんぐりの背比べ”と認識している風潮が強かったからです。彼のサンレモ優勝以降、アミーチ出身者がイタリア音楽界の中で一気に大きなストリームになっていきました。

サンレモ音楽祭優勝時のマルコ・カルタ

Alessandra Amoroso(アレッサンドラ・アモローゾ / 現34歳)第8回大会(2008-2009)優勝

抜群の歌唱力と老若男女の誰からも好かれるキャラでアミーチ優勝(当時22歳)した彼女は、不思議なことに前年のマルコ・カルタのサンレモ優勝というビッグウェイヴに敢えて乗らず、その後も未だにサンレモ音楽祭に出場していません。この“イタリアで最大の賞レース&見本市”から一定の距離を保ったまま、いわば無冠のまま、おそらくアミーチ出身者の中で商業的にも実力的にも一番の成功者と言っても過言ではないところが彼女の凄いところです。

アレッサンドラ・アモローゾ

Valerio Scanu(ヴァレリオ・スカーヌ / 現30歳)第8回大会(2008-2009)2位

前出のアレッサンドラ・アモローゾに代わってサンレモ音楽祭2010に出場して優勝(当時19歳)。同サンレモ会期中、途中落選したものの、敗者復活戦で復活してそのまま優勝という、サンレモ史上に残る大きな物議を醸しだしました。そうした過程はさておき、2年連続でアミーチ出身歌手が優勝するという決定的な状況を残すことに貢献しました。

アレッサンドラ・アモローゾ(左)とヴァレリオ・スカーヌ(右)

Emma(エンマ / 現36歳)第9回大会(2009-2010)優勝

現在、前出のアレッサンドラ・アモローゾに勝るとも劣らないポジションと目される彼女は、アミーチ優勝の翌年にサンレモ音楽祭2011に人気バンドModà(モダー)とのコンビで出場するも惜しくも2位。続く2012年にソロ出場した時に悲願のサンレモ優勝に輝きました。2014年にはイタリア代表としてユーロヴィジョン・ソング・コンテストに出場、サンレモ音楽祭2015ではサブ司会者にも抜擢されるなど、すっかりイタリア音楽界の顔となりました。

実はアミーチに出場した時、彼女は2度目のガン手術から生還したばかり。同番組の顔であるマリア・デ・フィリッピにだけそのことを告げて出場していたそうです。しかもこの告白は3度目のガンが見つかった2019年秋まで公表していませんでした(現在は無事生還)。2018年春にはアミーチ出身歌手として初の来日公演を行っています。

*本サイトの過去記事参照

司会者マリア・デ・フィリッピ(左)とアミーチ優勝時のエンマ(右)

Virginio(ヴィルジーニオ / 現35歳)第10回大会(2010-2011)優勝

本格的なシンガーソングライターとしてアミーチ史上初の優勝者。ソロ活動と並行し、ソングライターとして多くの歌手に楽曲を提供しており、その中にはイタリアで最も世界的な知名度を持つ女性歌手Laura Pausini(ラウラ・パウジーニ)がおり、彼女のお気に入り作曲家ブレインの一員となり始めていることが、とてつもない後ろ盾となっているのは間違いないでしょう。2018年秋に大阪で来日公演を行っています。

アンナリーザ(左)とヴィルジーニオ(右)

Annalisa(アンナリーザ / 現35歳)第10回大会(2010-2011)2位

ポスト・アモローゾ、ポスト・エンマ的なポジショニングの女性歌手。サンレモ音楽祭にも2013年、2015年、2016年、2018年と果敢に挑戦しており、最高位は直近の2018年の3位。自分でも曲を書き、他のアーティストへの提供もしています。日本人好みの美人でもあるので、来日の機会が最も望まれているアミーチ出身歌手のひとりです。

アンナリーザ

アミーチ出身の急成長株

では続いて、この5年ぐらいのアミーチ出場者の中で、イタリア音楽界で注目を集める存在となってきているアーティストを紹介しましょう。

The Kolors(ザ・コロルス)第14回大会(2014-2015)優勝

アミーチ初のバンド優勝となったザ・コロルス。フロントマンのStash(スタッシュ)の豊かな才能(ギター・ピアノなどのマルチプレイヤー)と190cmに迫る高身長&イケメンの風貌が人気を牽引しています。基本的に英語詞で歌うので、イタリア色が薄いのですが、そこが若いイタリア人には魅力的に感じるようです。プレイリストには数少ない彼らのイタリア語詞の楽曲から選択して入れました。サンレモ音楽祭2018にも出場を果たしています。

ザ・コロルスとエロディー(左から2人目)

Elodie(エロディー / 現30歳)第15回大会(2015-2016)2位

イタリア人の父と西インド諸島系フランス人(クレオール系)の母とのハーフ。20歳の時にアミーチに応募するも出場は叶わず、他のタレント発掘番組Xファクター(イタリア版)に出場するも落選。25歳時のアミーチ再挑戦でようやく準優勝を勝ち取りました。この頃からアミーチにはイタリア人とのハーフ、あるいはイタリアの血が全く入っていない出場者が上位に入るようになってきています。サンレモ音楽祭2017に前出のアミーチの先輩エンマらが書き下ろした楽曲で初出場しています。2019年は他のアーティストとのコラボに明け暮れ、前出のザ・コロルスのスタッシュとのデュエット曲などがスマッシュヒットを記録しています。2020年にはサンレモへの再出場を果たしました。

エロディー

Alberto Urso(アルベルト・ウルソ / 現23歳)第18回大会(2018-2019)優勝

アンドレア・ボチェッリのスタイルを踏襲した、ベルカント発声のオペラティック・ポップ歌手。13歳時には子供を対象としたタレント発掘番組「Ti lascio una canzone(ティ・ラッショ・ウナ・カンツォーネ / 意:君に1曲残しておくよ)」に出場していた経歴を持っています。ちなみに日本でも知られるオペラティックポップ・トリオのIl Volo(イル・ヴォーロ)もその番組出身者です。サンレモ音楽祭2020にも出場しました。

アルベルト・ウルソ

Giordana Angi(ジョルダーナ・アンジ / 現26歳)第18回大会(2018-2019)2位

イタリア人パイロットの父とフランス人CAの母との間にフランスで生まれた伊仏ハーフ。ほぼ単独で楽曲を書く実力を備えた女性シンガーソングライターで、他の先輩アーティストにも積極的に楽曲提供を始めているのも注目です。アミーチ出場以前の2012年に早くもサンレモ音楽祭新人部門(当時18歳)に出場した経歴も持っており、アミーチでの活躍後、サンレモ音楽祭2020に晴れて大賞部門で出場しています。

ジョルダーナ・アンジ

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WRITER PROFILE
よしお アントニオ

音楽ジャーナリスト。イタリア音楽専門誌『MusicaVita Italia(ムジカヴィータ イタリア)』 http://musicavitaitalia.com/ 編集人。 イタリア音楽普及促進グループPiccola RADIO-ITALIA(ピッコラ・ラディオ・イタリア) http://piccola-radio-italia.com 主宰。 毎月開催のイタリアPOPSフェスタも15年を超えている。イタリアン・ポップス出版物(CD等)の歌詞監修・対訳多数。日本の伝統も重んじる剣道家(四段)でもあり、少年剣道教室の指導役も務めている。