パスタは、世界のさまざまな国や地域で親しまれています。いっぽうで、本国では消滅の危機にある形状も。それを生き延びさせようと奮闘するイタリア人のお話です。
伝統パスタが消えてゆく
「コルツェッティ(Corzetti)」とは、コインのような円形生地の両面に木型で模様をつけるパスタです。イタリア北西部リグーリア地方で、中世に貴族たちが家紋を刻んで、富と権威の象徴として客人に振る舞ったことが始まりと伝えられています。
ところがある日、本場のコルツェッティを求めてリグーリアの自家製パスタ店を訪ねると、店主の口から意外な一言が飛び出しました。「今や木型を作る職人は、地元にほぼいないのですよ」
コルツェッティは、一般的な手打ちパスタに比べて、模様をつける手間と時間がかかります。そのため家庭で作る人は徐々に減り、木型そのものの需要も縮小していたのです。さらに、木彫師の高齢化や後継者不足も追い打ちをかけました。参考までに、今日コルツェッティとして販売されているものの多くは、食品工場で生産される土産物用の量産品です。
食文化を支えてきた技が静かに姿を消しつつある――。複雑な気持ちを抱えながら調べを進めると、思いがけない事実にたどり着きました。コルツェッティの木型職人が、トスカーナ州フィレンツェ近郊にいることが判明したのです。
なぜリグーリアから200キロ以上も離れた地で? 疑問を抱いた私は、彼の工房を訪ねてみることにしました。

1世紀前の縁が繋いだ
フィレンツェの南約30kmにあるタヴァルネッレ・ヴァル・ディ・ペーザ。そこにコルツェッティの木型を彫り続けるフィリッポ・ロマニョーリさんはいました。
「話は約1世紀前に遡ります。私の祖父フェランドは、フィレンツェ旧市街の木彫工房で11歳から修行を積んでいました。そこは著名な建築家ジーノ・コッペデの仕事も請け負っていました」
フィリッポさんの話は続きます。「ある日、工房の親方のもとにコッペデから相談が舞い込みました。『リグーリアのジェノヴァで城の修復に携わっている。その依頼主がコルツェッティの木型職人を探しているのだが、一帯では見つからないのだ』というものでした」
本場のコルツェッティの木型職人探しは当時から難しかったのです。親方が弟子たちに木型作りを任せたところ、フィリッポさんの祖父の腕が抜きん出ていました。「後年、祖父のもとには独立してからもジェノヴァから注文が届くようになりました。彼の技を、父を経て3代目の私が受け継いだのです」
フィレンツェで作られている背景には、1世紀前に若い職人が手にした偶然と、それを守り抜いてきた工房の歴史があったのです。



幸せの象徴を世界へ
フィリッポさんは木型のインターネット販売にも着手し、手応えを感じています。「海の向こうのアメリカをはじめ世界中から求められていることは、大きな喜びです」
さらに工房を予約制で開放し、観光客や料理ファンに製作工程を見てもらうことにしました。木型の正しい使い方も指南することで、食文化としてのコルツェッティを訪問者が住む地域や国で継承してもらうことを目指しています。



「私の木型が棚に飾られることは望みません」とフィリッポさん。「常に台所のテーブルで小麦粉にまみれていて欲しいのです。おじいさんやおばあさんと孫が一緒にパスタを作り、家族のレシピと共に記憶を紡いでいく。木型がそんな家族団らんの主役となることを願っています」



冒頭のパスタ店で聞いた話のように、イタリアでは消滅しつつある地域の食文化にたびたび出会います。そうしたなか、フィリッポさんがコルツェッティを世界へと広げている姿に接し、嬉しさを感じたのでした。

ROMAGNOLI PASTA TOOLS
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*工房訪問(予約制)と製作依頼