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プラダ財団が「リッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミー」を開催

Wakapedia

2025.07.16

「プラダ」と聞けばファッションの印象が強いかもしれないが、プラダ財団(Fondazione Prada )は美術館運営や教育プロジェクトを通じ、若手アーティストの育成など文化・芸術支援にも力を注いでいる。そんなプラダ財団が、世界的指揮者リッカルド・ムーティ(Riccardo Muti)と「リッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミー」を2025年11月19日から30日まで開催する。


オペラとイタリアの切っても切れない関係


イタリアとオペラの関係は、まるでピザとモッツァレラのような絶妙な組み合わせ。16世紀末、フィレンツェの知識人たちが「音楽と劇を融合させたらもっと感動的になるのでは?」と考えたことから、最古のオペラ作品とされている『ダフネ』が誕生した。その後、ヴェネツィアでオペラが商業化され、18世紀には庶民的なオペラ・ブッファ(喜劇オペラ)が人気を集め、19世紀にはヴェルディの『ナブッコ』がイタリア統一運動の象徴となり、オペラは社会的・政治的なメッセージを発信する手段へと発展していった。


ヴェルディ作曲『ナブッコ』より合唱曲『行け、思いよ、黄金の翼に乗って』(リッカルド・ムーティ指揮)
ローマ・オペラ座の合唱団と管弦楽団 コスタンツィ劇場 2013年7月

さらに、イタリア語の響きの美しさとドラマティックな抑揚は、オペラの発展に深く関係している。そういえば、今年のユーロビジョンで3位となったエストニア代表のトミー・キャッシュ(Tommy Cash)の『エスプレッソ・マキアート』もイタリア語の響きと耳に残る抑揚のあるリズムが特徴的だった。もしかして、オペラからのインスピレーション?!(笑)

とはいえ、現代のイタリアでは、熱狂的なファンがいる一方で、若者の関心は低め。だからこそ、指揮者リッカルド・ムーティとプラダ財団は、伝統を次世代につなぐため、若き音楽家の育成やオペラの魅力と深みを伝える取り組みを行っている。その象徴こそがリッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミーだ。

courtesy riccardomutimusic.co

リッカルド・ムーティってどんな人?


1941年、イタリア・ナポリ生まれのリッカルド・ムーティは、ミラノのヴェルディ音楽院で指揮を学び、映画『ゴッドファーザー』の音楽を手がけたニーノ・ロータ(Nino Rota)からも影響を受けた。 1967年の指揮者コンクール優勝を機に、フィレンツェ五月音楽祭やスカラ座、ウィーン・フィルなどの名門オーケストラと共演。特にヴェルディ作品の解釈で高く評価され、音楽教育にも力を注ぎ、若手指揮者を育成。伝統を守りながら新世代を導き、オペラとクラシック音楽の世界に揺るぎない足跡を刻み続けている。



リッカルド・ムーティはなぜ特別なのか?


この問いに応えるべく、ワカペディアチームは、ムーティのオーケストラで2022年から演奏してきた若き才能溢れるコントラバシスト、アレッサンドロ・ピッツィメント(Alessandro Pizzimento)のリアルな声をゲット!「ムーティのもとで演奏するのは、ただの経験ではなく、音楽の本質を学ぶ時間なんです。彼は演奏者に高い集中力と意識を求めます。それは、音楽を次世代に受け継ぐという強い意志と、その先にある希望の表れなんです。」と彼は語る。

リハーサルでは一つのフレーズをめぐって議論が交わされ、演奏者には「指揮者の視点」を持つことが求められる。「ただ音を並べるだけでなく、楽譜に命を吹き込むのです。」

さらに、ムーティが特別なのは、ホールの響きを瞬時に捉え、その場に応じて音を導く力にある。「同じ曲でもコンサートのたびに響きが変わり、本番中でさえ観客の存在によって音のバランスが変化します。最良の音をその瞬間に導けるのは、魔法の耳とカリスマ性を併せ持つムーティだからこそです。」と続けた。

「彼の音楽への向き合い方には、外科医の心臓手術のような繊細さと責任感があります。楽譜の意味を深く掘り下げていくことで、演奏者自身も成長していく。そんな世界的な指揮者と音楽を創ることは、若者にとって夢であり、歴史が動く瞬間に立ち会うことでもある。本当に恵まれていると感じます。」とアレッサンドロは微笑んだ。

こうして若き演奏者の視点から見るムーティの指揮は、厳格でありながら、音楽を深く理解し、生命を吹き込むものであることが伝わってくる。そしてその哲学を、「オペラが生まれる瞬間」ごと体感できるのが、リッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミーだ!

Riccardo Muti Italian Opera Academy
Riccardo Muti Italian Opera Academy (2023), Ph. Melania Dalle Grave – DSL Studio, Courtesy Fondazione Prada

リッカルド・ムーティ・イタリアン・アカデミーと育てるオペラの未来


小学校の音楽会で、なぜか指揮者に指名されたワカペディアチームのメンバー。「私はハーマイオニー・グレンジャー」と自己暗示をかけながら、宙に魔法陣を描くかのように棒を振ったあの日の体験は、今にして思えば「音楽と対話すること」の始まりだったのかもしれない?!そんな音楽の体験が本物の学びに変わる舞台がここにある。

2015年、イタリア・ラヴェンナで生まれたリッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミーは、オペラの本質に迫る場として発展してきた。2019年からは東京春祭でも開催され、国際公募で選ばれた若手音楽家たちが、ムーティの直接指導のもと、「音楽を生きる」という姿勢を体得している。



2025年のテーマはモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』。ムーティはこう語る。  「演奏者にとって、彼の芸術に触れることは衝撃的な体験です。モーツァルトは、人間をそのまま音楽に描いているからです。彼の作品は今なお私たちに語りかけ、心を打ち、慰めてくれます。」

このアカデミーが特別なのは、創造のプロセスを観客と共有していること。ピアノ稽古から最終リハーサルまで一般公開され、舞台裏の探究や対話にも触れられる。音楽が生まれ育つその現場に立ち会う体験は、演奏者にも観客にも忘れがたい学びを残す。

ムーティが託すのは、伝統の継承だけでなく、それを今という時代に響かせる力。アカデミーを巣立った音楽家たちは、世界でそれぞれの「生きた音楽」を奏でていく。そしてその瞬間に立ち会う観客もまた、オペラの未来をともに育てる存在なのだ。

音楽は誰かに届いたときに完成するもの。だからこそ、目まぐるしい現代社会の日々のなかで、静かに音が生まれる瞬間に立ち会うという時間は、音楽と向き合うこと以上に、「人間らしさ」と向き合う体験なのかもしれない。