世界中から多くの観光客が押し寄せる名所もいいけれど、知る人ぞ知る神秘的なスポットを訪れて、より深く、より多面的なイタリアに触れてみたい。イタリアを愛するあなたを、不思議でディープな旅へとお招きします。
トスカーナの田園風景の中に突如として現れる「屋根のない修道院」
イタリアは廃墟の宝庫。とくに古代ローマ時代の遺跡ほど年代を重ねていない中世の建物跡も数多く残されていて、その数奇なストーリーを含めて廃墟マニアの心をくすぐります。修復されることなく、取り壊されることもなく、何百年もの歳月を重ねて、現在もそこにある奇跡。朽ちかかった建物や装飾の独特な美しさはもちろん、かつて、そこで営まれていた人々の暮らしを想像させることこそが、廃墟の魅力のひとつです。
トスカーナ地方の古都、シエナから車で30分ほどのキウズディーノという小さな村に、ゴシック様式の壁面だけが残されたサン・ガルガーノ修道院があります。ゴシック建築とは、尖頭アーチ、交差リブヴォールト、飛梁の三要素をもち、より多くの光を取り入れる建築。パリのノートルダム寺院に代表されるように、華やかなステンドグラスが嵌められている聖堂が多いのですが、厳しく質素なシトー派の修道院ということで、おそらく全盛期も装飾を控えた荘厳な建造物であったと想像されます。

栄華を経て衰退 いつしか廃墟となった修道院
キウズディーノ出身の勇敢な騎士ガルガーノ・グイドッティは戦いに明け暮れていましたが、次第にそんな生き方に疑問を感じるようになりました。そして、すべてを投げ打って、神の導きのもと平和を探求するためシエペの丘で隠遁生活をはじめます。現在修道院がある場所を隠居生活の場として選び、暴力を放棄する証として騎士の印である剣を岩に突き刺し、それを十字架として神に祈りを捧げたと伝わっています。
1181年12月3日にガルガーノが亡くなると、彼を称えるために小さな教会がモンテシエピの丘に建てられ、1185年にはローマ法王によって列聖され聖人に。数年後、シトー派修道院が聖人ガルガーノのために、丘の下にさらに大きな修道院を建てたという歴史があります。
修道院は大きく発展し、12世紀にはイタリア中部で最も大きな教会の一つとなりましたが、残念ながら1世紀後には、疫病と飢餓のため衰退し、15世紀、僧侶たちのシエナ移住によって修道院は放棄されました。
1768年に屋根が崩落し、1781年には残っていた回廊も倒壊。その後、1786年には落雷によって鐘楼が崩れてしまったと伝わっています。屋根が修復されることはなく、廃墟となり、今では「屋根のない修道院」と呼ばれているのです。

タルコフスキー「ノスタルジア」に現れた幻想的な廃墟
トスカーナといっても周囲に何もないのどかな田舎。そんな立地のサン・ガルガーノ修道院をひときわ有名にしたのは、ロシア出身で“映像詩人”と呼ばれたアンドレイ・タルコフスキーの「ノスタルジア」。18世紀ロシアの音楽家の足跡を追ってイタリアを旅する主人公の夢や空想シーンに登場する、壁だけが残ったゴシック建築の修道院は、圧倒的な美しさで観客を魅了しました。
筆者がサン・ガルガーノを訪れたときはちょうど雨上がりで、「ノスタルジア」と同じように水たまりができているのがさらに美しく、感動に打ち震えながら貴重なひとときを過ごしました。日本では1984年に初公開された映画ですが、名作として何度もリバイバル上映を重ね、2024年には4K修復版も公開され、若い世代のシネフィルにも感銘を与えています。
アーサー王伝説のエクスカリバーがここに?岩に突き刺さった剣のある礼拝堂
サン・ガルガーノ修道院から少し歩いたところにあるモンテシエピ礼拝堂。小さいけれど美しい礼拝堂は、白い石とレンガで組み上げられた円形の縞模様が印象的なロマネスク様式の建物。内部に足を踏み入れて上を見上げると、渦巻きのような天井に目を奪われます。

ここには、岩に突き刺さった剣があり、アーサー王誕生のきっかけになったエクスカリバーのモデルではないかとも噂されています。そう、12世紀にガルガーノが騎士の身分を捨ててその生命を神に捧げた証の剣が、現在もなお、トスカーナの地に残されているのです。この剣、アーサー王伝説の真似をして造ったものと疑われていた時期もあったそうですが、2001年に放射性炭素年代測定法による調査をおこなったところ、確かに西暦1100年~1200年のものと実証され、こちらの「岩に刺さった剣」こそがアーサー王伝説のインスピレーションの源となったと言われています。

トスカーナに行ったら訪れたい神秘的な廃墟
サン・ガルガーノ修道院を訪れるには、ガイド付きのフィレンツェ発の日帰りツアーがあるほか、シエナからバスも出ていますが、本数が少ないのでレンタカーでドライブするのがおすすめ。途中の道のりは、糸杉が立ち並ぶのどかな田園風景で、まさにトスカーナを象徴する絵のように美しい景色が広がります。
さらに、徒歩数分の距離にあるアグリツーリズモに泊まれば、早朝から夜まで、違った表情を見せるサン・ガルガーノに浸れるので、廃墟マニアなら、ぜひこちらに宿泊を。

トスカーナの美しい風景の中に、突如として現れる幻想的な修道院の廃墟。季節によって夜間はライトアップされ、夏には野外コンサートやオペラの舞台ともなっているそうです。
さあ、あなたも出かけませんか?想像をかき立てるミステリアスなイタリアを探す旅へ!

アクセス情報
Abbazia di San Galgano(サン・ガルガーノ修道院)
開館時間:4・5・10月 9:00~18:00、6・9月 9:00~19:00
7・8月 9:00~20:00、11~3月 9:00~17:30
入館料:大人€5、子ども(6〜18歳)・シニア(65歳以上) €4、
家族チケット(大人2名+子ども2名)€14、6歳までは無料
Eremo di Montesiepi(モンテシエピ礼拝堂)
開館時間:9:00〜日没まで 日曜日は11:30からミサが行われる
入館無料
住所:Strada Comunale di S.Galgano,167, 53012 Chiusdino SI, Italy
シエナから車で約30分
バス(乗り換えあり)、プライベート送迎、レンタカーなど
Aguriturismo San Galgano アグリツーリズモ・サン・ガルガーノ