フィレンツェとローマの間、トスカーナ地方の中心に位置し、別名「小さなエルサレム」と呼ばれるピティリアーノ村は、隠れたイタリアの宝です。
中世の面影を残す迷路のようなこの村は、トゥファ石を敷き詰めた細い石畳の道と壮麗な建築物があり、イタリア自治体協会によって、イタリアの最も美しい村(ボルゴ)のひとつに認定されています。
かつて栄えたユダヤ人コミュニティの面影
しかし、この奇妙な呼び名はどこからきたのでしょうか。どうやらピティリアーノには、かつて栄えたユダヤ人コミュニティが存在していて、ユダヤ教がキリスト教と対立していたため、この地に追いやられたようです。ピティリアーノのユダヤ人たちは、短期間の間に、平和的な繁栄とゲットー(ユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区)への隔離の両方を経験しましたが、最終的にはイタリア市民と同等の権利を認められました。経済的な理由、そして1930年代には、社会的・政治的理由からこの地を去ることになったのです。
しかし、その過程で作られたものは一見の価値があります。「ペルコルソ・エブライコ」(ユダヤ人街道)には、かつてのゲットーだけでなく、シナゴーグ(ユダヤ教徒の礼拝所)や、隣接するユダヤ人博物館もあります。ユダヤ人博物館には、割礼の道具一式など、小さいながらもユダヤの伝統的な品々が展示されています。ユダヤ教の休息日である土曜日(シャバット。ユダヤ教の安息日)以外は、わずかな料金で見学することができます。
ユダヤ教の寺院であるシナゴーグも同様です。ユダヤ人男性がいないため、現在では安息日も宗教的な行事を行うことはほとんどありませんが、儀式用の浴場(ミクバ)、コーシャワインセラー、コーシャ肉屋、パン屋、染物屋などは必見です。
ちなみにここでは、国内最高のコーシャーワインや、イタリア語で「立ち退き」を意味する「スフラッティ」というユニークなデザートも購入することができます。スフラッティとは、棒状のビスケットにすり潰したクルミ、蜂蜜、ナツメグ、オレンジピールを詰めて生地で包んだものです。伝説では、ユダヤ人は警察が使う棒でゲットーに強制連行されたと言われています。しかし今日では、この悲しい歴史は、おいしいお菓子として記憶されています。
最後に、村の麓にあるユダヤ人墓地は、博物館から歩いて15分ほどのところにあります。16世紀後半、ニッコロ4世オルシーニ伯爵が、専属のユダヤ人医師ダヴィデ・デ・ポミスに小さな土地を与え、彼の妻をここに埋葬しました。
豊かなユダヤ教の遺産のほか、中世やルネッサンス様式の建物も
リトル・エルサレムの最大の魅力は、豊かなユダヤ教の遺産に加え、エトルリア時代の起源にあります。青銅器時代に確立されたこの古代文明は、ピティリアーノ郊外以外ではほとんど見ることのできない素晴らしい岩窟の道や墳墓を残しました。
さらに、ピティリアーノには、オルシーニ家の要塞、メディチ家の水道橋、聖ペテロとパウロの大聖堂、サンタマリアとサンロッコの教会など、中世やルネッサンス様式の建物が数多く残されているのも自慢のひとつです。
このユニークな集落に出会うには、丘の上の石造りの集落が夕陽に照らされる薄明かりの時間帯が特におすすめです。
また、3月19日前後には、2日間にわたって熱狂的なお祭りが開催されるので、この時期に訪れるのもいいかもしれません。この祭りは、頭巾をかぶった男たちが木像に火をつけ、冬の憂鬱から解放され、再生する春を迎えるために行われます。