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地下にまします偉大なる祖先—アルバの地下探検ツアー

古代ローマは突然に

トリノから南東に62キロメートルの町、アルバ(Alba)。毎年秋に行われる白トリュフ祭りとその見本市の期間中は、数十万人の来場者で賑わいます。またオークションにおける白トリュフの高価な落札金額も、毎回大きな話題となります。


アルバは約3万1千人が暮らす自治体です。祭り期間以外に初めて訪れた私は、とりまく静けさに、まるで違う場所に降り立ったかのような錯覚に陥りました。

その町には、特色あるツアーが存在します。地元の文化団体による、町の遺跡を見学する企画です。ただしこのツアーで巡る遺跡があるのは、今人々が生活している町の真下。ツアーの名前もずばり「地下のアルバ Alba sotterranea」です。


当日の集合場所は、町の中心であるピアッツァ・リソルジメント(イタリア統一広場)。かつて祭りに訪れたときは、釣り竿でワインボトルを釣るゲームが近くで行われていて歓声が飛び交っていたものですが、今日は地方の穏やかな広場そのものです(トップ写真)。


一行は広場からほど近い、何気ない建物に案内されます。そして中にある下り階段に導かれました。ナビゲーター役の男性がドアを開けると突如、石の壁が連なる地下遺跡ゾーンが眼前に広がりました。といっても、恐ろしく長い階段をたどったわけではありません。まるで一般ビルの地下に降りる感覚で、日常とは異次元の世界が始まったのです。

イタリアでは、町の下に遺跡が埋もれている例が数々あります。しかし、このような小さな町で、それも広範囲にわたって発掘が行われているところに、アルバの遺跡の特色があるといえるでしょう。


この地には、ローマ時代以前からリグーリア人が住んでいたといわれています。やがて紀元前1世紀、ローマ人によって征服されると、彼らの手法にのっとった都市計画が開始されます。道路が碁盤状に整備され、中心には市民会堂(バジリカ・チヴィレ)と神殿が造られました。地域では長年、この時代を「アルバ・ポンペイア(アルバのポンペイ都市)」と呼んできました。


参考までに、私が参加したコースではありませんでしたが、6世紀の聖堂跡を訪ねる回もあります。そこにある洗礼用水槽は、初期キリスト教の流儀に従って、聖堂の外に造られていて、儀式では信者をすっぽり水の中に入れていたといいます。また、7世紀のネクロポリ(墳墓)も見られます。


地下ツアーで。現在のピアッツァ・リソルジメントの真下にあたる部分。ローマ時代における石柱の基礎が並んでいます。側面には、ポルティチ(柱廊)に囲まれた当時の風景が絵で再現されています。
地下ツアーで。現在のピアッツァ・リソルジメントの真下にあたる部分。ローマ時代における石柱の基礎が並んでいます。側面には、ポルティチ(柱廊)に囲まれた当時の風景が絵で再現されています。
中世の塔の側壁(左側)。一角の深い穴は、さらなる遠い過去へと想像を膨らませます。
中世の塔の側壁(左側)。一角の深い穴は、さらなる遠い過去へと想像を膨らませます。

中世流エコ建築

ただしローマ帝国の衰退に従い、アルバの町は一旦廃れます。ふたたび日の目をみたのは紀元1000年頃、つまり中世に入ってからでした。この時代の人々の町づくりにも、興味深いものがみられます。


アルバの町は「100本の塔がある町」と呼ばれていました。中世都市における塔とは、地元有力者や貴族が財力を示すものとして、大きな館の一角に備えたものでした。中部トスカーナ州のサン・ジミニャーノが好例です。アルバの場合は、ファサード+塔の細長い館だったというので、塔の存在感は、より大きかったのでしょう。


当時建てられた塔の土台は、今も地下で見ることができます。すべて手で運ばれた無数の石と、規則的に積み上げられたそのパターンからは、当時の人々の根気強さと高い度量衡技術がひしひしと伝わってきます。


同時に中世のアルベーゼ(アルバの人々)は、ローマ時代の建築物における柱頭などを拾い集め、巧みに建物の装飾に使いました。いわば中世版のリユーズです。

いっぽう、ふたつの塔の遺跡にはさまれた「キンターナ」と呼ばれる狭い路地は、参加者がひとりずつしか通過できません。実はそこ「家庭ゴミを捨てるためのスペースだったといいます。思えば、日本の小説家・堀 辰雄はある作品で、外国人が出すゴミの匂いを描写することによって、軽井沢の臨場感を増幅させていました。

それと同様に遺跡のトリビア的エピソードは、中世をより身近なものに感じさせてくれます。


さまざまな形状の石を巧みに組み合わせ、恐るべき強度を確保しています。
さまざまな形状の石を巧みに組み合わせ、恐るべき強度を確保しています。
ツアーは1.5〜2時間。30以上のコースの中から、毎回いくつかを組み合わせて行われています。
ツアーは1.5〜2時間。30以上のコースの中から、毎回いくつかを組み合わせて行われています。

二千年前の人と同じ場所で

地下ツアーが終わった後、17世紀にさかのぼる聖ジュゼッペ(ヨセフ)教会の鐘楼を目指しました。年間1万人の観光客が訪れる、アルバの観光スポットです。頂上では、鐘越しに数本の塔を眺めることができました。いにしえのアルバ人が見ていたのと、ほぼ同じ風景です。


ふと、ナビゲーターの男性から聞いた話を思い出しました。ツアーの出発点だったイタリア統一広場は、ローマ時代に文化・生活の中心であった「フォーロ」と同じ位置だといいます。今夕、町のお年寄りたちが歓談している場所には、二千年前の古代ローマ人たちも集っていたのです。


夕食は、せっかくなので広場に面したオステリアでとることに。ワインを嗜む読者ならご存知のとおり、一帯は「ネッビオーロ」「バローロ」といった、いずれもDOCGワインの産地としても知られています。

「天にまします我らの父よ」とはキリスト教における有名な祈りですが、その晩は地下にまします、偉大なるアルバ人の祖先と彼らの町に乾杯しました。


聖ジュゼッペ(聖ヨセフ)教会の鐘楼。その建築許可は1645年に下りたとされています。
聖ジュゼッペ(聖ヨセフ)教会の鐘楼。その建築許可は1645年に下りたとされています。
鐘楼の頂上から眺めるトッリ(塔)は、中世の面影を今日に伝えます。
鐘楼の頂上から眺めるトッリ(塔)は、中世の面影を今日に伝えます。
アルバといえばイタリア屈指のDOCGワインの里。各ワインの繊細なタンニンと香り高いアロマを楽しむのは至福のひとときです。
アルバといえばイタリア屈指のDOCGワインの里。各ワインの繊細なタンニンと香り高いアロマを楽しむのは至福のひとときです。
ピアッツァ・リソルジメントの聖ロレンツォ大聖堂(16-17世紀)。
ピアッツァ・リソルジメントの聖ロレンツォ大聖堂(16-17世紀)。

Information

Alba Sotterranea 

要予約

催行日:原則として第1・第3土曜日および第2・第4日曜日の午前・午後

臨時開催日あり

料金:一般 13ユーロ(2022年3月現在)

言語:イタリア語 (事前リクエストで英語資料の準備可能)

開催日:以下の公式ウェブサイト参照

http://ambientecultura.it