TRAVEL 20 Aug 2018

イタリアの山と神さま|角田光代さんのイタリアエッセー・ドロミテ編


イタリアの山に登ったのは、もう十五年くらい前のことになる。トレッキング番組の取材だったのだが、テレビに取材されるのも、山に登るのも、私ははじめてだった。そもそもイタリアに山なんてあるのか? と思いながら旅立った。

イタリア北東部、オーストリア国境と近いところに、ドロミテと呼ばれる地域がある。冬はスキーやスノーボード客が多く訪れ、夏は登山やトレッキングをする人でにぎわうという。滞在したのは、こぢんまりした、でもハイブランドショップが並ぶ一角もきちんとある、お洒落な町だった。そこから毎日、ロッククライミングが専門のガイドご夫妻とともに、近隣の山に向けて出発した。

日本の山は、やさしくておだやかなんだとはじめて知った。ドロミテの山々は、尖っていて荒々しくて、未知の動物の肌みたいな、崖や奇岩群がたくさんある。異様すぎて、こわい感じ。毎日、その異様な光景を間近に見ていると、神さま的なものについて、私は考えざるを得なかった。

ピッツボエという山の頂には十字架があると、イタリア人ガイドのマリオさんが話してくれた。夕暮れどき、真っ赤に染まる岩山を悪魔の山とおそれた昔の人々が、悪魔を征服するという意味合いで十字架を打ちつけたのだ、という話を聞いて、ものすごく納得した。たしかに、そのくらい山々の光景は迫力があって、こわくて、人智を超えたものなのだ。この国にキリスト教が根づいたのは、自然の景色のせいもあるのかな、などと考えてしまう。日本のおだやかでやわらかいシルエットの山は、悪魔のように、闘う対象となるのではなくて、それ自体、聖なる力を持ったものとして崇めたくなる。私たちが信じるもの、祈りの対象とするものは、心からではなく、私たちを取り巻く自然の光景から生じてくるのではないか——などと、答えの出ないことを、ドロミテの異様な光景のなかで私は考えていた。フィレンツェでも、ベネチアでも、まず考えないことだった。

私の訪れたイタリアは、地域によって、また、私の年齢によって環境によって、まったく違う。だからこそいつでも、どの町も、魅力的であり続けるのだろう。

イラスト:箕輪麻紀子(Makiko Minowa)
http://makikominowa.com/

WRITER PROFILE
角田 光代 Mitsuyo Kakuta

1967年生まれ。1990年「幸福な遊戯」でデビュー。 近著に『坂の途中の家』(朝日新聞出版)、『拳の先』(文藝春秋)、 完全新訳の『源氏物語 』(上・中・下、河出書房新社)などがある。