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深まるおいしさ|角田光代さんのイタリアエッセー・グルメ編

旅していて、ここにはファストフード店は一軒たりとも必要なかろう、と思う町や国がある。イタリアはまさにそうだ。おいしい店を調べるわけでもなく、なんとなく入った店の料理が、さりげないながらものすごいおいしさだったりする。

そしてイタリアの「おいしい」は、年齢とともに深まる。と、いうのは個人的感想なのだが、三十代のはじめより後半のほうが、さらに四十代になってから旅したときのほうが、料理への感動はずっと深まった。四十代のときは、仕事でボローニャを訪れた。旅とも呼べないほんの数日で、観光もまったくしていない。それでも毎度毎度の食事がすばらしくおいしくて、それだけで旅をしている実感があった。

大勢で食卓を囲むから、何種類もの料理を食べられるのがうれしかった。ときどき頭を思いきり殴られたような衝撃を受けることもあった。そのくらい、凶暴なおいしさなのだ。思わずその都度、なんだこれ!! と叫ぶほどだった。イタリア在住の、とくにボローニャに住んでいる人たちはそれを聞くと、自分が作ったかのような得意顔になって、にんまりと笑う。

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ある食事に、正体のわからない、でもはげしくおいしい料理が出てきて、これは何かと訊いたところ、ウイキョウのサラダだと教えてもらった。ウイキョウ。私はおそらくはじめて食べた。三十代前半の私だったら、食べたことのないものを好んで食べはしなかったろうなあ。若いときはもっと食に対して保守的だった。

やっぱりイタリアの食事と旅する人の年齢は関係しているんじゃないか。年齢を重ねて、食に対して経験をつんで味蕾も開けて、繊細にもなり大胆にもなり、そうして「おいしい」が深まっていくのに違いない。次回また旅するイタリアは、きっとあのときよりおいしくなっている。わくわくする。

イラスト:箕輪麻紀子 Makiko Minowa
http://makikominowa.com/

【初出:この記事は2017年9月20日に初公開されました@AGARU ITALIA】