ウナギのフリットとの出会い
12月に入り、魚屋の店先にウナギやアラゴスタ(伊勢海老)を入れた水槽が並べられるようになりました。イタリア、特に中南部ではクリスマスや大晦日のメニューに欠かせない魚介類の一つに、ウナギがあります。
イタリアでウナギ料理の存在を知ったのは、バーリの友人宅でした。
学生時代、友人の実家であるバーリをクリスマスに訪ねました。プリモピアットのオレキエッテ・アッレ・チーマ・ディ・ラーパを食べたあと、お父さんがベランダでウナギを焼きはじめました。8cmぐらいのぶつ切りのウナギをそのまま網に載せて焼くだけでした。イタリアはどんなソースをかけて食べるのかと思ったら、大きなレモンをギュッと絞ってかぶりつくだけ。ウナギ本来の風味は、こんなにデリケートな味だったことを知って驚きました。
南イタリアで主流なウナギの食べ方はフリット
生きたウナギを切ってくれる魚屋はスペクタクル
はるばる6000kmの旅
イタリアのウナギは、ヨーロッパウナギといい、スカンジナビアから、中央ヨーロッパ、地中海、北アフリカの一部の河川や湖に生息しています。
既に古代ギリシアでは、アテネ近郊の湖の天然ウナギを食べるだけでなく、ウナギ養殖の原型があったそうです。その食文化がローマ人に引き継がれ、イタリアは欧州の中でも有数のウナギ養殖の生産地となりました。
ニホンウナギの産卵地は、日本から約3000km離れたマリアナ海溝ですが、ヨーロッパウナギは、メキシコ北東部にあるサルガッソ海から、6000〜7000kmも泳いで地中海までやってくるということが近年明らかになりました。
サルガッソ海で産卵したあと、海洋と大陸を回遊するウナギ
ウナギ漁で知られるレジーナ湖(プーリア州)
<悪>のシンボル、ウナギを食べて厄払い
ウナギ養殖は、元々はヴェネト州からポー川のデルタ地帯、ロンバルディア州に集中しており、中南部ではプーリア州やトスカーナやラツィオ州でも養殖されています。クリスマスや大晦日にウナギを食する習慣が強い中南部イタリアに出荷されるそうです。
キリスト教では、ウナギは<悪>や<誘惑>の象徴でした。「アダムとイブ」に禁断の実を食べるようそそのかしたのは、悪魔の化身であった蛇。クリスマスや大晦日に、蛇によく似たウナギを食べることは、厄払いを意味するシンボリックな食文化なのです。
しかし、現代のイタリアでそこまで考えてウナギを食べている人はいないでしょう。クリスマスが近づくと、何となくあの脂ののったウナギを食べたくなるという、冬の風物詩です。
ポンペイのフレスコ画の蛇(ヴェッティの家)
ローマ期から教会の聖水口モチーフにも多用された蛇(ローマ・カピトリーニ美術館)
生きたままのウナギを売る魚屋(ナポリ)
ラグーン(潟)は食と観光資源
イタリアのウナギ料理のレシピは、噛んだときのフワフワ感を楽しむものが多いようです。南イタリアでは、ウナギはぶつ切りのフリットしか見かけませんが、北イタリアへいくほどレシピにバラエティがあるようです。これは、ラグーンでのウナギの養殖が産業として早い時期から確立して、加工保存食を生産していたため、調理方法の幅にも影響したのだと思います。
ローリエの葉と煮込んだウナギソースで和えたパスタ
ウナギのローストのポレンタ添え
絶滅危惧種のヨーロッパウナギ
イタリアのウナギの養殖の最盛期は70〜80年代でしたが、現在は90%も生産量が落ち込みました。湖や河川の汚染問題、河川堰や河川砂防(河岸段丘)建設による河川環境の変化によって、遊泳阻害が起きているためです。河川工事によって連続性が閉ざされたため、ウナギが川を遡上できなくなってしまったのです。状況は、絶滅の危機に面しているニホンウナギとよく似ています。こうしたことから、イタリアの特定の地域では絶滅危惧種である天然ウナギは捕獲が禁止されています。
自然のままの河川(ボルツァーノ)
ウナギの養殖で有名なヴェネト州南部のポー川河口のデルタ地帯では、ウナギの身の缶詰や瓶詰めを現在でも細々と生産しており、観光客用にウナギをモチーフにしたお土産もよくみかけます。
ウナギの伝統がある地域ですが、クリスマスにこの地域で消費されるのは、塩鱈、鯛、イカなどの一般的な魚介類。ウナギの養殖は、もはや地域文化として継続され、観光用の養殖へとシフトしています。
ウナギモチーフのお土産用クッキー
クリスマス前の食材調達をする市民。ウナギ養殖地であっても、生のウナギは売られていない魚屋。
食文化と環境保全
イタリアの養殖ウナギの90%は、蒲焼として日本へ輸出され続けていたといいます。かつてウナギ養殖が盛んであったイタリア各地のラグーンや湖では、需要が増えるにつれて崩れてしまった生態系や環境を保全する方に関心を注いでいます。
ヨーロッパ全体でのウナギの養殖生産量は激減しました。イタリアも、欧州連合の共通漁業政策(CFP)という海洋資源を保護する規制に従わなければなりません。海辺や川辺の水辺の環境や風景も、イタリア国民にとっては大切な生活の一部です。
イタリアのあちこちの水辺空間は観光資源として整備され、観光客向けのペスカツーリズムや市民の憩いの場へと生まれ変わりつつあるところでした。そこへパンデミックの猛威を受け、観光業も滞ってしまい、養殖を含む水産業で栄えた地域は新たな方向転換期を迎えています。
空き家が連なるウナギ養殖で栄えた町
1日の半分を漁、残りはペスカツーリズムに従事する漁師
デルタ地帯では、かつての養殖所見学やバードウォッチングのボートツアーが人気