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イタリアのメンズファッションのこれから【中編】/ ゲスト:前田陽一郎さん(「LEON.JP」編集長)

エディターの濱口重乃(ハマグチ・シゲノリ)さんをホスト役に、イタリアのデザイン(ファッション、インテリア、プロダクト)やカルチャーに精通するゲストをお招きしてトークを繰り広げる対談スタイルの連載「シゲノリ・サローネ」。「LEON.JP」編集長の前田陽一郎さんをゲストに迎えた対談の「中編」です。

対談構成:梅森 妙、「SHOP ITALIA」編集部

前編、後編はこちら↓
イタリアの男性ファッションのこれから/ゲスト:前田陽一郎さん(「LEON.JP」編集長)【前編】
イタリアの男性ファッションのこれから/ゲスト:前田陽一郎さん(「LEON.JP」編集長)【後編】

「LEON.JP」編集長、前田陽一郎さん

ゲスト:前田陽一郎さん 「LEON.JP」編集長

Yoichiro Maeda

1969年、三重県生まれ。大学在学中からライターとして男性・女性ファッション誌に関わる。大学卒業後、乃村工藝社に入社し、空間デザインの仕事をしながらフリーのイラストレーターとしても活動。1995年より祥伝社「Boon」の編集を手がける。2006年より「LEON」編集部に入り、副編集長を経て2011年10月より編集長。2017年3月よりレオン・コンテンツ事業室室長に就任、「LEON」ブランディングマネージャー兼WEB「LEON.JP」編集長をつとめる。

今面白いのはGUCCI、クラシコではHERNOに注目

濱口:イタリアのファッションで、前田さんが今、注目しているブランドってどこですか?

前田:僕は素直に、今のGUCCI(グッチ)はすごいなと思います。

濱口:うん、すごいね。

前田:「自由になること、オリジナルであることが、ブランドのバリューになる」ということを力強く証明して見せたと思うんですよ。そういう意味では、もうすでに「イタリアン」という枠のない「モード」ですね。今のGUCCIはものすごく面白い。

濱口:やっぱりデザイナーのアレッサンドロ・ミケーレが優秀なのかな? ひとりのデザイナーが変わることでイメージから収益まで劇的に変わるってすごいよね。

前田:ミケーレのクリエイションを支える企業体としてのGUCCIがすばらしいんですよね。KERING(ケリング:グッチ、バレンシアガ、ポメラート、ボッテガ・ヴェネタ、ブリオーニなどのラグジュアリーブランドを有するフランスのグローバル・グループ)の成功の裏には、ものすごく周到なマーケティングとブランディング戦略があって、それについては「LEON.JP」でもレポート記事を書いたんですけど(「グッチはなぜ、ソーシャルメディアエンゲージメントを勝ち取れるのか?」)。Instagramの使い方が圧倒的にうまいんですよ。デジタルコミュニケーションを徹底的に研究してる。それからローカライズの戦略がすばらしい。

濱口:クラシコイタリアで注目しているのは?

前田:依然として、HERNO(ヘルノ)ですね。

濱口:僕もHERNOはとてもいいブランドだと思います。イタリアでの認知度と比べると、日本でももっと認知されてほしいブランドだなと。

前田:日本はわかりやすいものが欲しいんでしょうね。HERNOというと、ダウンのブランドと思われがちなんだけど、僕はそういうふうには見てないですね。

HERNOでもとくに僕が好きなのは、ラミナーというラインで、とても軽いナイロンでできた防水のブルゾンやコートがあるんです。インナーにダウンがついているコートなんで、これを着ちゃうと他のものを着られなくなりますよ。モードでありつつクラシックでもある、そのバランスが絶妙なんです。僕にとってはHERNOがひとつのベンチマークになっていて、HERNOを基準として、よりモードなのか、よりクラシックなのか、というふうに見ています。

濱口:へえ、面白い。

前田:GUCCI、HERNO、モンクレール――モンクレールをイタリアブランドとするなら――この3つのブランドが、モードとクラシックとスポーツウェアの要素も兼ねそなえていて、いろいろなものを見るときのベンチマークになっていますね。

ホスト、濱口 重乃さん

ホスト:濱口 重乃さん

1968年、東京都生まれ。平凡社のグラフィック誌「月刊 太陽」から編集者のキャリアをスタートし、文藝春秋ではライフスタイル誌「TITLE」編集長、コンデナスト・ジャパンでは男性誌「GQ Japan」編集長、ハースト婦人画報社ではインテリア誌「ELLE DECOR」編集長をつとめ、2017年よりハーパーコリンズ・ジャパンのシニア・エディトリアル・ディレクター。

イタリアンファッションのこれから

濱口:これからイタリアのファッションブランドはどうなるか、期待すること、予想していることとかってあります?

前田:国際化する流れの中で、イタリア的、イギリス的、フランス的、アメリカ的、日本的って呼ばれるファッションは、マジョリティに対しては意味がなくなっていくと思います。

その結果、あらためてブランドの時代が来ると思っていますね。国際化していくとすべてのものが平均化していきますよね。「コモディティ」という言葉がよく使われますが、コモディティ化したプロダクトを消費喚起させるには認知が重要なんです。つまりブランドが重要になるわけです。同じ価格帯のTシャツが2枚あったとして、タグに自分が聞いたこともないメーカー名と知っているロゴのものがあったら、ふつう知っているほうを選びますよね。

すべてのものがコモディティ化していったときに、大事になってくるのは「ブランド」という認知だと思うんです。その認知を何で獲得するのかっていうのが、これからの時代に求められるものなんじゃないかと思います。何に対してお金を出すのか。ブランド品の値段が高くても、その価値――保険もしくは担保と言ってもいいかもしれない――に対してお金を払うという選択をさせるものは何なのか。

その意味では、イタリアのブランドのバリューというのは、手作業というものすごくアナログな方法と伝統、そして美しさによって担保されている点で、やっぱり強い。

濱口:同感ですね。イギリスとかは合理化のために生産を国外に出したけど、イタリアの場合は洋服にしろ家具にしろ、国内で生産していて、手仕事のこだわりがすごい。

前田:イタリアはフランスとイギリスの下請け工場のような状態だったじゃないですか。イタリアの職人たち、たとえばナポリの仕立て屋というのは、イタリアじゃ食えないからイギリスに出稼ぎに行って、スーツ作りの技術を身につけて戻ってきた人たちですよね。そしてナポリに戻ってからは、イタリアに避暑でやってくるイギリスやフランスのお金持ちを顧客としてスーツを作り、その結果として「ナポリ仕立て」と呼ばれるスーツ作りの技術が生まれたわけです。1930年から50年代にはアメリカ・ハリウッドの映画関係者が夏のヴァカンスや撮影でローマやナポリをよく訪れたんですが、イタリアに長期滞在するあいだ、アメリカのゴワッとしたスーツやイギリスのカチッとしたスーツでは暑苦しかったので、ナポリでスーツを仕立てた。そのスーツを持って帰って、それがハリウッドで大流行したんです。

濱口:へえ、そうなんだ。さすが、詳しいですね。

前田:『イタリア文化事典』(丸善、2011)のメンズファッションの執筆を担当したときに、あらためていろいろ調べたんです。ちなみに、北イタリアではヴァカンスでやってくるフランス人を相手にスーツをつくっていたので、ナポリとは違う仕立てがあります。芯地をしっかり入れたBRIONI(ブリオーニ)なんかはその流れですね。つまり、イタリアの技術は、洋服にしろ、木工家具にしろ、他国のお金持ちを相手にしてきた遺産なんだと思います。

濱口:アメリカやヨーロッパ諸国にとってのアトリエだったわけだ。デザインだけじゃなくて、つくれる技術が自分の国にあるってことは重要で、他の国ってそれがないんですよね。イタリアは、その技術力がブランドの保証になるわけじゃないですか。

前田:日本は伝統的な職人の技術を失いつつあって、世界で戦える技術力をもったブランドというと、メイド・イン鯖江のメガネくらいしか思い浮かばないですよね。イギリスもそうだしフランスもそう。フランスの場合は、ブランドをどんどん買収してグループをつくって、それを国外へ輸出することで利益を得るということに長けていますけどね。

イタリアンファッションの今後ということでいえば、フレンチやブリティッシュ、アメリカンのブームがそうだったように徐々に落ち着いていくと思います。けれども、ファッションにおいて「メイド・イン・イタリー」は今後も変わらずブランドであり続けるだろうなと思っています。時計ならば「メイド・イン・スイス」というのと同じように。それはイタリアには職人がいて、手仕事という価値があるからですね。

(続く)

前編、後編はこちら↓
イタリアの男性ファッションのこれから/ゲスト:前田陽一郎さん(「LEON.JP」編集長)【前編】
イタリアの男性ファッションのこれから/ゲスト:前田陽一郎さん(「LEON.JP」編集長)【後編】

対談した場所は東京・表参道「トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ」。

対談した場所は東京・表参道「トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ」。
前田陽一郎さんが「イタリアの空気を感じるお店」としてオススメしてくれたのがこちら。
シチリアの郷土料理とワインが揃い、活気あふれるお店です。
トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ https://hitosara.com/0006038998/