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日本人初のオリーブ鑑定士が見たイタリアンスピリット|心の旅~Tizさんと行く日本の中のイタリアVol.5

イタリア文化のアンバサダー、ティツィアナさんがイタリアニタ(イタリアンスピリット)を探しに日本全国を旅する連載「心の旅〜Tizさんと行く日本の中のイタリア」。第5回は、ミラノに住むオリーブオイル鑑定士の山田美知世さんを訪ねました。


──美知世さんは日本の方ですけれどもイタリアと日本に半分ずつ住んできた、その生き方についてお聞きしたいです。


美知世さん:ありがとうございます。イタリアに最初に住むきっかけになったのは、日本テレビがヴァチカンのシスティーナ礼拝堂修復のスポンサーを務めるための契約の仕事で、私はイタリアに行くことになりました。最初はローマに住んでヴァチカンに通って、その間に今度はイタリア政府がイタリアのファッションを全世界に向けて発信することになって。


──それはいつの話?


美知世さん:1985年頃ですね。今度は系列の読売テレビがイタリアのファッションショーを日本に持ってきて、全国をまわる仕事を何年間か務めました。その後、ファッションやヴァチカンの関連で美術関係や記事を書く仕事にシフトしていきました。


──素晴らしい。ずっと若い時からイタリアに興味があったでしょう?


美知世さん:私は子供の頃から日本でフランス系のミッションスクールに通っていて大学はフランスでしたが、パリに住んでいる学生時代にものすごくイタリアの芸術や美術に惹かれるようになって、イタリアの美術館をあちこちまわっていました。



──イタリア語もペラペラですけど、先生がいましたか?


美知世さん:私はフランス語が専門だったのでイタリア語は全然勉強しませんでしたが、ヴァチカンに通うようになって枢機卿の人がイタリア語を教えてくれたんです(笑)。


──神様に近いトップの人から(笑い)すごいですね。日本とイタリアをつなぐ活動を長く続けてきて、当時と今で変わってきたものについてお聞きしたいです。


美知世さん:イタリアは、心が広いオープンな国ですね。日本人に対してとても優しい、お母さんのような感じは変わらないですね。今、デジタルの世界が増えたことで私のような留学生が大幅に減っていますね。昔はイタリアに行く人というと、まず音楽を勉強したい人、建築やデザイン、美術を勉強したい人、哲学を勉強したい人、あとはバイオリンを造りたいという人たちもいました。すごく個性的な人たちがたくさんイタリアに留学していたんですよ。でも今はイタリアというと料理やファッションなど、ずいぶんモチーフが変わってきましたね。


──日本では留学自体がすごく減ってきましたね。今はデジタルの時代で家から出ないでファッションも音楽でも美術でも、全て勉強できるし選択できます。だけど実際に現地に住むのと経験としての質は全く違いますね。


美知世さん:行かないとわからないことはたくさんあります。たとえば今の日本はなんでも便利ですが、便利なことが全ていいことかと考えるようになりますね。イタリアは不便なことがいっぱいあります。銀行は午前中しか空いていないしコンビニエンスストアもありません。宅急便も翌日には着きません。それは表向きには不便だけれど、便利なことの裏では誰かが犠牲になっていたり、ルールが先行して、そこでは人に対する尊厳が失われていることに実際に暮らして気づきました。イタリアは“仕事をしているみんな人間”と非常に尊厳があってそこに上下がないんですね。それは会社という組織の中でもそうです。上司に対しても間違っていたら「それはおかしい」とちゃんと発言ができます。


宅急便のドライバーさんの仕事に対してもリスペクトがありますから、不便なことは仕方がない、と。日本では便利さの裏に大きな犠牲もあると思います。そういうのは実際に住んで経験しないとわからないのかなと思います。


──現在の活動について教えてください。


美知世さん:イタリアのオリーブオイルのコンペティションを組織しているオンブリア州から、光栄なことに今年国外でハイクオリティなイタリア産エキストラバージン・オリーブオイルを広めた功績に対して、レキトォス賞を受けました。15年ほど前、イタリアの農林水産食糧政策省の国家試験に日本人として初めて合格し、イタリア政府公認の鑑定士になりました。今は世界中のオリーブオイルのコンペティションの審査員を務めています。


──あなたとオリーブオイルのラブストーリーね。私、この話を楽しみにしていました。


美知世さん:私は日本人ですけれど世界各国のコンペティションに参加しています。ニューヨーク、コペンハーゲン、トルコ。イタリア国内はヴェローナとカラブリア。そして東京のJOOPジャパンオリーブオイルプライス。今年はオリーブの木が誕生されたとされる国イスラエルにも招聘されました。



イタリアは国土は大きくありませんが、アペニン山脈が通っていて気候がオリーブを育てるのに適しています。世界中にオリーブオイルは約1650種類あるうちの約670種類はイタリアにあるんです。


──イタリアのダイバーシティと環境は本当に素晴らしいです。いろいろな食べ物にとてもダイバーシティがありますね。


美知世さん:スーパーでも50種類以上のオリーブオイルを見つけられますよね。ティツィアナさんはご出身はどちらですか?


──バジリカータ州ですから、慣れているのは強い感じのオリーブオイルです。お母さんのお料理の感じはあのオリーブオイルでしか作れません。だから帰る度に、荷物の中に5リットルの瓶を2つ日本に持って帰ります(笑)


美知世さん:バジリカータはエキストラバージンオリーブオイルのクオリティがとても高いですね。みんなが辛いと感じるのは、ポリフェノール値がすごく高いエキストラバージン・オリーブオイルなんです。


──イタリアでデザインや建築などいろいろな経験をされ、そこからどのようにオリーブオイルへの情熱になったのですか?


美知世さん:15年ほど前に日本の雑誌のために、オリーブオイルについて記事を書いてほしいと頼まれたんです。その時、ミラノでオリーブオイルの鑑定士の先生にインタビューをお願いしに行ったら、少しでも勉強しないと記事は書けませんよと言われたの。そしてその先生のグループに入って、オリーブオイルのことを10時間ほど勉強したんです。そうしたらすごく面白い世界だなと。その時は医学、化学、そして科学を勉強しないとオリーブオイルのことを理解できないということも教えてもらいました。本格的に勉強するならと学校を教えてもらって、そこからです。



──オリーブオイルの鑑定士として、どんなふうに訓練していますか?


美知世さん:オリーブオイルの世界で私が好きなのは、エキストラバージンかそうではないかで白黒はっきりしているところです。まずエキストラバージンかどうか、フェアに鑑定します。その後に、香りや辛み、苦みといったポジティブな項目を順番に自分の感覚の中でジャッジしていきます。


──もちろん色も大事ですね。


美知世さん:それが、色は関係がないんですよ。イタリアで国家警察“NAS(ナス)”の人たちとテイスティングをして、摘発活動にも参加しているんです。


──このNAS、すごく大事なので説明してもらいたいです。公式なオリーブオイルがいかに大事かみんな知りませんから。


美知世さん:イタリアには、農林水産食糧政策省の国家資格を持った私のような鑑定士がいます。たとえば、エキストラバージンと書いてあるけれども中にフラワーオイルやコーンオイルが入っている問題もあります。公式なパネルグループによる官能検査によって疑惑とされた検査数値は裁判所に送られます。それ以外に農林水産食糧政策省のイスペットーレという検査官たちもいて、この人たちも摘発します。国家警察(カラビニエーリ)の中に食品偽造に特化したNASナス、正式にはヌークレイ・アンティソティスフィカツィオーネ・エ・サニタと呼ばれる組織があり、国民の衛生上の安全を守るために日々偽装や偽造と戦っています。


──地中海でマフィアによるこのフェイクビジネスは大きな問題になっていますが、イタリアはすごく監視は厳しいです。監視機関は、特に食に関してたくさんあります。たとえばアメリカで100コントロールあるのに対し、イタリアでは5000コントロールあります。


美知世さん:主にオリーブオイルの大きな偽装はふたつあります。ひとつは、オリーブオイルではないものが混ざっているフェイクオリーブオイル。これはすごく多いです。もうひとつはクロロフィルで色をつけている偽装です。


──色が少しグリーンになって、きれいな色だから美味しいと思ってしまう。


美知世さん:残念ながら日本ではエキストラバージン・オリーブオイルを規定する法律が存在しないため、摘発は非常に難しいんです。イタリアはヨーロッパの中でも衛生に関する安全基準がもっとも厳しく、しかもいくつもの組織によって検査や管理が行われています。食品を生産する工場の衛生状況も摘発の対象になります。



──警察の方も一緒にテイスティング(検査)して、エキストラバージンオリーブオイルでないとどのようにわかりますか? 特別な検査がありますか?


美知世さん:化学分析も行いますが、重要なのは官能検査で、機械による分析ではわからない微妙な数値や香りを検出します。


──自分の五感でわかるわけですね。


美知世さん:エキストラバージンオリーブオイルの条件は、オリーブの香りがあること。そして辛みがあることが第一です。辛みが全くなく、オリーブの香りがないオリーブオイルはエキストラバージンではありません。クロロフィルを足しているオイルもエキストラバージンオリーブオイルではありません。


──フェイクのエッセンスはどのようにわかりますか?


美知世さん:それはレモンやバジリコなどフレーバーオイルには、劣化したオイルが使われていることがよくあります。フレーバーオイルであっても、フレーバーのベースに使われているオリーブオイルを鼻と舌で確認します。鼻がいちばん大事ですね。口の中に含んだ後は、鼻腔を通じて口中に戻ってくる香りも確かめます。



──面白い仕事ですね。フェイクオリーブオイルを見つけたことはありますか?


美知世さん:ありますよ。一緒にテイスティングする警察官が関わった中に、とても大きな事件がありました。プーリア州で何万トンというフェイクのオリーブオイルが摘発されました。日本では法で規定されていないため、ラベルにエキストラバージンオリーブオイルと書かれていて、実際にはエキストラバージンでない場合の摘発は難しいですが「日本人は舌も鼻もすごく繊細なので、真のエキストラバージンを選んでください」と伝える活動をしています。


──それはどういうふうに?


美知世さん:コンペティションで受賞したオリーブオイルはエキストラバージンなので、最初は1本目だけ、どこかで受賞したオリーブオイルを250mlの小さいボトルでいいですから買ってください。その香りと味わいを確かめて覚えましょう。そうすると、自分がスーパーなどで選んだものと比較したらすぐにわかります。そうやって本物を見つけていきましょう。フェイクオリーブオイルはただの油で、抗酸化要素などの大事な栄養素が欠けています。


──これは気をつけないといけないですね。イタリアのオイルと他の国のオイルの違いは何ですか?


美知世さん:トルコのオリーブオイルはイタリアとは個性が全く違う品種です。たとえばトルコのオリーブオイルは青いフルーツ、例えばパパイヤやマンゴーなどが感じられ、辛みがしっかりあっても苦みの少ない場合が多いです。イタリアの原品種の中には、グリーンアーモンドや青いトマト、アーティーチョークの香り、そして辛みや苦みの強いものがあります。これがイタリアの原品種の個性です。


ギリシャでもっとも栽培数の多いオリーブ品種はコロネイキという品種で、ジャスミンのような甘い花や、赤いトマトやレッドベリーの香りが特徴です。その香りの後に、グリーンアーモンドやバジリコなどハーブの香りも口中に広がります。



──日本でも小豆島とか和歌山の辺りに面白いオリーブはありますね。


美知世さん:日本もがんばっていますよ。オリーブって現在のシリアやパレスチナ、イスラエル辺りで生まれて、ラクダや船で運ばれて地中海沿岸に広まって、ローマ人がオリーブの栽培を広めたんですよね。日本には明治維新より少し前に初めて、神戸にオリーブの木が友好のシンボルとして1本だけ来ました。そこからオリーブの木が輸入されることになって、気候が近い土地、熊本や神戸、小豆島に植えたら小豆島で最も育ったそうです。


──小豆島のオリーブはデリケートな感じですけどすごくおいしい。でもすごく高いですね。最後にビオのオリーブオイルについて教えてください。


美知世さん:イタリアは衛生や食品に関するルールがものすごく厳しい国ですが、ビオの製品はたくさん生まれています。今ではイタリアの普通のスーパーマーケットで売っている食品のシェアの約40%がビオですよね。日本におけるシェアはまだ8%くらいと言われていて、ビオに対する意識もまだまだこれからですね。まずは土を大切にすること。除草剤はものすごく危ない薬です。イタリアは取り締まりが厳しいので、5年以上薬を使っていないという条件に加えて、毎年検査結果の証明書が必要になります。オーガニックのものを選ぶことは、ただおいしいだけではなくて自分たちの生活や土、そして環境を守ることになりますからものすごく大事ですね。


──私たち人間や環境のためにイタリアで本当のダイバーシティをできるだけ大事にしていきたいです。日本とイタリアのアンバサダーとして、いろいろなことを教えてくれてありがとうございました。


【プロフィール】
山田美知世さん/京都生まれ、ミラノ在住。イタリア在住年数は40年超。イタリアに特化した月刊女性誌『amarena』(扶桑社・現在は休刊)の元編集長。日本人で初めてイタリアの国家試験であるオリーブオイル鑑定士の資格を取得。唯一の日本人審査員としてアメリカのニューヨーク、イタリア・ベローナ、ローマ、カラブリア、東京のコンペティションの審査員を務め、オリーブオイル生産者への指導も行う。イタリアでの出版物は『Arte di Sushi』、『Libro di Ramen』など多数。今秋、エキストラバージン・オリーブオイルの完全読本を出版予定。