オーバーツーリズム気味だったイタリア
近年の世界的な観光ブームは、世界中の人たちをボーダレスに移動させてきました。海外旅行をする人は世界中で増加し、外国人観光客数の多さで判断する世界都市ランキングでは、イタリアは常に5位以内に入っています。
イタリア人自身も旅行好きな国民ですが、2018年のイタリア全体のインカミング数は、イタリア観光史上最高記録を残しました。その結果、イタリア各地では観光業に携わる人が増加しました。ローマやヴェネチア、ナポリの観光客到着数が最高記録を残し、主要な観光都市では価格高騰、オーバーツーリズム問題が発生していたところでした。
2019年の観光ブーム停滞
イタリアの観光業は、新型コロナウイルスの影響により、大打撃を受けました。多くのイタリア人は忘れてしまっていますが、実は2019年にはイタリアの観光業はすでに低迷期に入っていました。前年まで伸びつづけた観光客数、観光収入共に、5年ぶりに減少したのです。
減少の原因は何だったのか、イタリア国内では様々な議論がなされていました。その結果、交通インフラストラクチャーの整備の不足、過度な観光開発、プロフェッショナルな観光業者育成が不十分だったことなどが原因とされました。町の規模を超える観光客数到来によって起きた交通渋滞や行列、少ない交通機関の情報の乏しさ、無許可の宿泊業者やレストランやタクシーなどの不明瞭な価格提示、一貫しないサービスの質などが、リピーターをイタリアから心理的に遠ざけてしまったのです。
2020年夏のリゾートルール
イタリアは、新型コロナウィルス の影響を受けて、2ヶ月以上ロックダウンが続いてきました。3月以降の不動産賃貸料、従業員への給料などが赤字として溜まっていくなか、廃業を余儀なくされる事業者、命を絶つ人のニュースまで流れました。
イタリア政府は、5月18日からの外出規制解除に伴って、新型コロナウィルス感染拡大防止のための措置を発表しました。具体的には、海辺でのソーシャルディスタンス1.5m、人が入れ替わる度にビーチベットの消毒義務が課せられました。バトミントンや卓球、サーフィンなどもソーシャルディスタンスを守らなければなりません。港や船上においても、人の集団をつくらない、1mのソーシャルディスタンスを守り、マスクや手袋の着用義務が必須となりました。ダイビングをする人も、潜水前に体温測定と健康状態の自己申告書を提出しなければならず、ダイビング用品に関する清掃・消毒方法も細かく定められました。
ホテルにおいても同様です。レセプションでは、プレキシグラスなどのパネルで物理的な仕切りをつくる可能性もありうるとし、さらにチェックインやチェックアウトの手続きは可能なかぎり自動化を勧めています。南イタリアのような暖かいホスピタリティを大事にする土地で、ホテルの受付がAIロボットだったとしたら誰もが驚くでしょうが、脅威がおさまるまでリスクを避けなければならないのなら仕方ありません。
これからの南伊リゾート
5月に入り、イタリア各地で開催予定であった秋以降のイベントも、中止または翌年に延期とする発表が続いています。冬にパンデミックの第二波の可能性を唱える専門家の意見に沿って、どの自治体も慎重な姿勢です。
2020年度は予定されていた見本市などのイベントもなくなり、イタリア経済を支えていた北部イタリアが大きな打撃を受けました。失業や大学がオンライン授業になったことが原因で、南に帰省するイタリア人が増加しつづけています。これまで、南イタリアにUターンし、北部での経験を生かして、サービス業や観光業の分野で起業して暮らす人たちに多く出会いました。こうした傾向は、今回のパンデミックでさらに増加すると考えられます。
さらに、欧州ではグレタ・トゥーンベリさんの影響を受け、10〜20代の若者は環境保護にとても敏感です。イタリアは、欧州の中でも、環境保護のストライキを行った学生が最も多い国の一つでした。環境や生物多様性を破壊し、地域コンテクストに合わないリゾート開発は、若い人にとってはすでに時代遅れ。新型コロナウィルスによるロックダウンによって、例えば、水上バスがなくなったヴェネチアの運河の水質は向上し、北部では工場がとまり大気汚染が大きく減少、観光船が消えたナポリ湾にはイルカの大群が戻ってきたからです。
家族や親戚、近所の人、知人が亡くなるという経験をしたイタリア国民は、生活上のあらゆることに敏感になりました。屋外での過ごし方や人との交流の仕方はもちろん、国内の衛生や環境をより向上させるだけでなく、国内経済を保護するために社会的意味のある消費行動をとることを意識するようになっています。
観光についても、これまでは一部の人たちが提唱して実行していたサスティナブルツーリズム(持続可能な観光)だけが、小規模ではあるけど、存続していくことになるだろうと予測できます。そうなると、有名な観光都市やリゾート地の街並みも変えてしまうはずです。外国人観光客が戻ってくると予想される数年後には、イタリアの有数リゾート地は活気がなく映るかもしれません。その活気がイタリアのあちこちの海辺に分散できているのなら、過疎問題を抱えていたイタリアの地方が再生に向かっていることになります。観光においては、何もないところほど安全で価値があるとされる現在のイタリア、魅力的な小さなリゾートが注目され、人の流れをつくり、地方経済が緩やかに改善していけばと願ってやみません。