CULTURE

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『ナポリの繋がり社会、−家族、近隣、移民、黄泉の死者と共に生きる−』前編

「豊かな」町の定義

「豊かな」町とは、どのような町でしょうか。イタリアは、先進国の一つとされているものの、南北で大きな経済格差がある国です。北部は、雇用率、年間収入、インフラ設備、行政サービス、教育水準、どれも南部を上回っており、住みやすい地域とされています。
経済的にも文化的にも「豊か」であるのは北部イタリアですが、実は、特に北東部において自殺率がイタリアで最も高いというデータがあります。その一方で、島を除く南部は、欧州の中でも、自殺する人が最も少ない地域。特に、ナポリは顕著で、物質的に満たされていなくても、助け合ってそれなりに生きていけるという不思議な町なのです。死ぬほど思いつめる人が少ないというのは、別の見方をすれば、人が不安な気持ちを解放しやすく、精神的にも乗り越えやすい環境であるといえます。

2018年度の最も住みやすい町上位10位(◎)と最も住みにくい町(●)最下位10位のマッピング。雇用・消費、ビジネス活性度、環境・福祉などの指標を基に作成されている。 (ソレ24オレ紙のランキングから筆者作成)2018年度の最も住みやすい町上位10位(◎)と最も住みにくい町(●)最下位10位のマッピング。雇用・消費、ビジネス活性度、環境・福祉などの指標を基に作成されている。 (ソレ24オレ紙のランキングから筆者作成)

イタリア地域別自殺者の推移(1993〜2009年までの人口10万人当たりの自殺者相対数)(Istat 「I suicide in Italia Anno 2015」より筆者加筆)イタリア地域別自殺者の推移(1993〜2009年までの人口10万人当たりの自殺者相対数)(Istat 「I suicide in Italia Anno 2015」より筆者加筆)

「都市」の中の田舎

イタリアでは、一定の人口規模や表面積を超えるコムーネ(基礎自治体)は、メトロポリタンと呼ばれています。ナポリは、14のメトロポリタンの一つで、人口密度はイタリアで最も高い町です。
イタリア都市部では、家族や近隣住民との関係が希薄になってきているといわれています。南部、特にナポリでは、地縁、友人関係を大事にする田舎くさい人間関係が営まれ続けています。住んでいる器は「都市」であるのに、農村に住んでいるような人とのつきあい方。ひょっとしたら、人間関係のしくみ自体が、絶望せずに生きていける秘訣なのかもしれません。

多元都市ナポリ多元都市ナポリ

人口密度が最も高いナポリイタリアで人口密度が最も高いナポリ

モノも気持ちもあふれ出す路地

イタリア南北の自殺のデータの矛盾をきっかけとして、ナポリ流「豊かな暮らし」について観察してみることにしました。2017年からの2年間、ある地区を選び、インタビューやアンケートによって調査し、調査報告書にまとめました。
調査対象は、ナポリの最も庶民的な地区の一つであるサニタ地区。路地に面した家のドアは開けっ放し、人が頻繁に出入りします。路地には私有物があふれ出しています。これは東京下町の路地空間のあふれ出し現象にも似ていますが、少し違います。何度も通いつめるうちに、目に見えないネットワーク網が路地を中心に浮かびあがってきました。
サニタ地区には、外国人在留者が多く住んでいます。異国の音楽や会話が聞こえ、スパイスの効いた料理の香りが、元々の住民たちの生活音や匂いと混じり合っています。文化的な衝突はなく、いい具合に共存していました。
異なる価値観をもつ人たちが同じ町や地区に住むのは簡単なことではありませんが、異質なものを身体で感じとっても、許容の精神が共通感覚として根本にあるのだと感じました。これは、生まれた時から家族や地域社会の中で習得しているのだと、調査をしてはっきり分かったのです。

高層化した住宅がひしめき合うサニタ地区高層化した住宅がひしめき合うサニタ地区

路地をサロンのように使うのは当たり前。ソフィア・ローレン主演の『昨日・今日・明日』は、サニタ地区で撮影された。路地をサロンのように使うのは当たり前。ソフィア・ローレン主演の『昨日・今日・明日』は、サニタ地区で撮影された。

喜劇俳優トトの主演するシーンが撮影された路地は、現在でもシェアハウスのリヴィングのように使用されている喜劇俳優トトの主演するシーンが撮影された路地は、現在でもシェアハウスのリヴィングのように使用されている

家族の記憶

サニタ地区の賑やかなメインストリートから少し坂を上がっていったところにある小さなカフェ、バール・トト。急逝した父親の食料品店があった同じ場所に、兄弟3人で経営しています。「勉強をもっと続けたかったけど、働かざるを得なかったから」と23歳の弟は残念そうな表情を隠しませんでした。「正直いうと、経営は何とか収支を合わせているよ。でも、元同級生がコーヒーを飲みに来てくれるし、父のことを知っていた人たちがコーヒーを注文してくれるから配達にも忙しいよ。」と、語りました。その背後には、父親の大きな遺影が飾られていました。私たちは、インタビュー後に、できる限りの飲食をしてこのバールを出ました。

バール・トトの3兄弟バール・トトの3兄弟

毎日コーヒーを飲みにきてくれる友人とテラスに座る妹毎日コーヒーを飲みにきてくれる友人と屋外テーブルに座る妹

もう一人、インタビューをして印象に残った男性がいます。中古家具屋を営む彼は、路地の人気者で世話好きです。男性が首に下げているペンダントの写真の女性2人は誰かと聞くと、「これは僕の母と姉。2人共亡くなってしまったけど、いつも身につけている。」と答えました。調査目的は男性の住まい方についてでしたが、家族への愛を、素直に表現する男性の様子にも注目して聞いていました。

男性のインタビュー中、目が釘付けになったペンダント男性のインタビュー中、目が釘付けになったペンダント

インタビューをした住民の中に、長年病気を患ったため少しネガティブな考え方をする60代の夫婦がいました。最初は私のことを怪訝な顔で窓から眺めていたのですが、何度か路地を通るうちに家の中に招かれました。ご夫婦が住む家は、8畳ほどの大きさのベットルームと、台所兼リヴィングの2部屋だけです。自分の子供たちに、何か財産を残したいと考えた時、両親の記憶が残るこの家を購入するしかないと思ったそうです。
イタリアでは、ピアノ・レゴラトーレ・ジェネラーレというマスタープランによって歴史的地区の建物は取り壊しや過度な改修から守られているため、男性の幼少期の記憶のままの路地や住宅が残っていたのは幸いでした。貧しく苦しい時代の記憶は、この男性にとっては両親との幸せな思い出の場所だったのです。

現在は改装して綺麗になっているが、ここに両親と家族5人で住んでいた現在は改装して綺麗になっているが、ここに両親と家族5人で住んでいた

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