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聖フランチェスコの記憶ーアッシジでジョットが描いた聖なる物語

Keiko Shimada

2026.06.19

イタリアには中世の美しいフレスコ画がたくさん残されています。その中でも今なお多くの人々を惹きつけてやまないのが、13世紀の画家ジョットがアッシジの聖フランチェスコを描いた物語画。2026年に没後800年を迎える聖人と画家についての講演会で解き明かされた、時を超えて私たちに語りかけるものとは?



イタリアの守護聖人、聖フランチェスコとは?

キリスト教徒に限らず、イタリアの聖人の中で最も知名度が高く、世界中から愛されている人物といえば聖フランチェスコ。小鳥に説教する絵はあまりにも有名ですが、ほとんどの人が思い浮かべるのがジョットが描いた作品でしょう。筆者も初めてイタリアを訪問したときにアッシジを訪れ、憧れの絵画と対面して感動しました。


聖フランチェスコはイタリアの守護聖人であり、カトリックの伝統において深く敬愛される重要な存在です。1226年の死後、自発的な清貧、奇跡的な聖痕、そして自然界への深い愛によって、さまざまなかたちで称えられてきました。彼の生涯や奇跡を描いた物語画は数多くありますが、そのなかで最も有名で影響力の大きいものは、アッシジの聖フランチェスコ聖堂上堂にジョットが描いた28場面のフレスコ画連作(1290年代初頭)です。


ジョットが描いた聖フランチェスコの生涯
ジョットが描いた聖フランチェスコの生涯

満員の観客が聞き入った聖フランチェスコとジョットの物語

この春、イタリア文化会館で開催された『アッシジの聖フランチェスコとジョット』は、ケンブリッジ大学教授でイタリア地中海の美術史を専門とするドナル・クーパー氏による講演会。満員の観客を前に、これらのフレスコ画が、人類救済の歴史のなかでフランチェスコをいかなる存在として位置づけているのかが語られました。


講演会「アッシジの聖フランチェスコとジョット」のスライド

講演会の冒頭、聖フランチェスコについて、九州大学人文科学研究院准教授、伊藤拓真氏がわかりやすく解説しました。「いまなお世界中で親しまれている聖人の一人ですが、同時代の人々にとって、フランチェスコの生き方は穏やかでやさしいものではありませんでした。それは、既存の価値観を大きく揺るがす、極めて革新的な生き方だったのです」。


登壇して解説する伊藤拓真氏
イタリア・ルネサンス美術を専門とする伊藤拓真氏

1182年頃、イタリア中部ウンブリア地方の町アッシジに、裕福な布商人の息子として生まれたフランチェスコ。成功が期待される立場にあったフランチェスコですが、戦争や病の経験を経て、人生は大きく変わります。サン・ダミアーノの小さな教会で祈りを捧げていた際、十字架上のキリストから語りかけられたと伝えられる体験をきっかけに、彼は豊かな生活を捨て、徹底した清貧の道を選びました。


その生涯の中でもとくに象徴的なのが、亡くなる2年前、ラ・ヴェルナ山で祈りを捧げていた際に起きた出来事です。このとき、彼の身体にはキリストが十字架上で受けた傷と同じ傷、すなわち聖痕が現れたと伝えられています。
「中世の人々にとって、これは単なる奇跡ではありませんでした。フランチェスコがキリストに最も近い存在であることを示すエピソードであり、彼は『第二のキリスト』とも見なされるようになります」。


聖フランチェスコ聖堂の天井

宗教画を革新したジョットの描写

今回登壇したケンブリッジ大学教授のドナル・クーパー氏は、25年以上にわたって、中世イタリア美術および建築に関する著作を幅広く発表し、とりわけジョットとフランチェスコ会に関する研究で有名な学者。ジャネット・ロブソンとの共著である美しいアートブック『アッシジ、フランチェスコ聖堂研究』(2013年、イェール大学出版)は、英国でアート・ブック・プライズを受賞しています。絵画とともに建築にも造詣の深いクーパー氏がフランチェスコ聖堂をどう語るのか、興味が高まります。


講演会で登壇したドナル・クーパー氏
ジョットとフランチェスコ会に関する研究で知られるドナル・クーパー氏

1226年にフランチェスコが亡くなると、わずか2年後の1228年には列聖され、彼の墓を中心とする大聖堂の建設が始まりました。


聖堂は、下部聖堂と上部聖堂からなる二重構造で、下部聖堂は比較的低く、暗く、聖人の墓に近い祈りの空間です。一方、上部聖堂はゴシック建築特有の誕生が高く明るい空間で、壁面にはフランチェスコの生涯を語る壮大な壁画が描かれました。


聖フランチェスコ聖堂 上部聖堂
聖フランチェスコの生涯が描かれたフランチェスコ聖堂 上部聖堂

「ここで重要になるのが、画家ジョットの存在です。

ジョットはしばしば『ルネサンスの父』と呼ばれます。中世の象徴的な絵画表現から離れ、人物に重みや感情を与え、物語をまるで目の前で起きている出来事のように描いた画家です」。


その革新性を示しているのが、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂に描かれた『ユダの接吻』。キリストとユダが正面から向き合い、視線を交わすその瞬間、裏切りと受難が一つの場面の中で劇的に描かれています。


スクロヴェーニ礼拝堂に描かれた『ユダの接吻』
スクロヴェーニ礼拝堂に描かれた『ユダの接吻』

「それまでの宗教画では、聖人やキリストは象徴的な存在として表現されていました。しかしジョットの絵画では、人物たちは空間の中に確かな身体を持ち、驚き、悲しみ、緊張し、互いに反応します。宗教的な物語は、読むものから、体験するものへと変わっていったのです」。


中世の信仰心を体感する貴重な空間

アッシジの聖フランチェスコ聖堂に描かれたフランチェスコ伝の壁画も、まさに革新の中に位置づけられます。28場面にわたって聖人の生涯を描く大規模な連作は、フランチェスコの記憶を視覚的に形づくり、巡礼者たちにその生涯を追体験させる役割を担っていました。


「巡礼者たちは聖堂の中を移動しながら、建築、壁画、墓、祈りの空間を一体のものとして経験していました。作品は単独で存在していたのではなく、空間全体の中で互いに関係しながら、信仰の体験を形づくっていたのです」。


講演会「アッシジ 聖フランチェスコとジョット」のスライド

聖フランチェスコの記憶は、言葉だけでなく、建築と絵画によって形づくられました。アッシジの聖堂は、聖人の生涯を伝える場であると同時に、中世の人々が信仰をどのように見て、感じ、体験していたのかを今に伝える貴重な空間でもあります。


そしてジョットの絵画は、その記憶に新たな命を与えました。


フランチェスコの死からおよそ800年。アッシジに残された壁画を見つめることは、一人の聖人の生涯をたどることにとどまりません。それは、信仰、空間、芸術が交差しながら、人々の世界の見方そのものを変えていった瞬間に触れることでもあるのです。


講演会を終えて笑顔のドナル・コーパー氏と伊藤拓真氏
客席から質問も相次いだ講演会を終えて笑顔のドナル・コーパー氏と伊藤拓真氏

ITALIANITY読者の皆さんも、イタリアを訪れたら、ぜひアッシジに足を伸ばして、そこに行かなくては見られないジョットのフレスコ画を体感して、中世から続く祈りに思いを馳せてみませんか。


イタリア文化会館では、どなたでもご参加いただけるイベントを開催しています。ぜひHPをチェックして、イタリアの奥深いカルチャーに触れてください。


イタリア文化会館
https://iictokyo.esteri.it/ja/