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コロナ禍のイタリア発・世界的注目曲とその作詞者の訃報

コロナ禍の中心地となった北イタリア・ベルガモ

2020年、イタリアでも深刻な感染状況が続く新型コロナウイルスCOVID-19。同年春の初期段階において、不幸にもその流行の中心地となってしまった北イタリアのベルガモは、言うなれば“ヨーロッパの武漢”、と表現すればイメージは湧きやすいことでしょう。なぜ中国からベルガモにCOVID-19は飛び火したのか?については、諸説あり、推測の域を出ないので、ここでの言及は避けるとしても、もともと濃厚接触が当たり前で、一般人がマスクをつける習慣などなかった国では、いったん火が付けば、あっという間に大流行となってしまうのは必至でした。

そして医療崩壊へ

イタリアで大規模なロックダウンが行われるほどの社会不安となった大きな要素のひとつは、「医療崩壊」であることは疑いの余地もありません。G7を構成する先進国ながら、恒常的な財政難が続いているイタリアでは、様々な分野で予算削減が実施され、医療体制も既に縮小されきっていたところでコロナに襲われ、瞬く間に医療崩壊を招きました。
数に余裕のない人工呼吸器は、患者のトリアージ(優先順位を付ける)をせざる得なくなるなど、悲痛な命の取り捨て選択が行われ、それを少しでも補うには、医療従事者たちの献身的な人海戦術しかありませんでした。でもそれが長く続くと、医療従事者も心身ともに疲弊していってしまいます。

医療従事者を労うために生まれた歌

そのベルガモに生まれた、国民的知名度を持つ音楽家Roby Facchinetti(ロビー・ファッキネッティ / 76歳)は、故郷のベルガモ市民を励まし、疲弊した医療従事者たちを労うために讃歌「Rinascerò rinascrai(リナッシェロ・リナッシェライ / 私は生まれ変わるだろう、あなたは生まれ変わるだろう)」を作曲して自らが歌い、この楽曲から生まれる収益はすべてベルガモの病院Papa Giovanni XXIII(ヨハネ23世)を支えるために寄付すると発表しました。

映像は実際に2020年初春の検疫期間中に撮影されたもので、深刻な疫病の蔓延で荒涼とした都市ベルガモの情景と、ベルガモ市民と医療従事者たちが映し出されています。

medici

ロビーはこう語っています。

「テレビで同郷の人々の遺体を運ぶ軍用トラックの映像を見たら、私は感情に打ちのめされ、涙と怒りが私をピアノに向かわせ、僅かな時間でこの曲が生まれました。特に大きな打撃を受けた私の街のために何かをしなければならないと感じたのです。(中略)この歌は復活と希望への願いであり、亡くなった人とその家族に捧げます。そして人々のために絶え間なく働いているすべての人々に対して感謝します。医師、看護師、すべての医療関係者は我々のヒーローとヒロインであります。そして決してあきらめない街への祈りを捧げます。」

軍用トラック棺を運ぶ軍用トラック

ちなみに寄付を受けたベルガモの病院Papa Giovanni XXIII(ヨハネ23世)は、ひと段落した時期に病院の壁面に感謝の壁画を描いて、謝辞を表現しました。

Hospital_Mural病院の壁面に描かれた謝辞のデザイン画。医療従事者がイタリア半島を抱きしめている。掲げられたメッセージは「あなたがた全てに…ありがとう!」

この趣旨に賛同される方は、今からでも以下のリンクから楽曲の購入をお勧めいたします。
https://smi.lnk.to/Rinascerorinascerai

作詞者の訃報

そしてこの楽曲の歌詞を書いたのは、ロビーと長年活動を共にしてきたStefano D’Orazio(ステーファノ・ドラツィオ)です。彼らは50年間に渡って休むことなく常に第一線で活動し続けたイタリアの国民的人気を誇ったバンドPooh(プー / 1966-2016)のメンバー同士でした。

※Poohについては、ここでは書ききれないのでまた別の機会に

facchinetti-dorazio歌唱&作曲のロビー・ファッキネッティ(左)と作詞者ステーファノ・ドラツィオ(右)

ステーファノはこう語っています。
「ロビーが涙でかすれた声で私に電話をかけてきたのです。ため息と沈黙の中で彼が見たばかりの悲痛な光景について私に話しました。30分後、私は既に彼の音楽に最適な歌詞:痛み、信頼、贖いの言葉を探していました。(中略)私たちのささやかな役割は、この傷ついた街の未来への讃歌をつくり、その中で♪すべてが終わったときに星を見に戻ろう♪(注:冒頭の歌詞の一説) と願うことなのです。」

歌詞の内容を要約すると;


私は生まれ変わるし、あなたも生まれ変わることでしょう
私たちは運命と戦うために生まれ
そのたび私たちはいつも勝ってきました
この日々は私たちの日常を変えてしまうことでしょう
でも、今回はもう少し学びましょう
私は生まれ変わり、あなたも生まれ変わることでしょう
すべてが終わったときに星を見に戻ろう

とコロナ禍では“今までと考え方を変えて”、“抗わずに待つ”ことを促しています。過信による安易な行動の結果、ウイルスはすぐに以前よりも強い耐性を持ってしまうからなのです。

しかしその作詞者ステーファノ自身の訃報が飛び込んできたのは同年の11月6日の事でした。新型コロナに罹患してわずか1週間のことでした(72歳没)。コロナ禍のためのメッセージを込めた歌詞を書いた本人がそのコロナに倒れてしまうなんて….その訃報が流れてから1週間は、毎日彼の死を悼む記事やSNS投稿がイタリア社会には満ち溢れていました。

そして世界的注目曲へ

この楽曲は前出の通り、コロナの蔓延地と化してしまったベルガモのために発表された、どちらかというとローカルな目的の楽曲に過ぎませんでしたが、すぐに世界中のどの国でも他人事じゃなくなる事態となり、YouTubeのこの曲のページには各国語の解説文が表示されるようになったこともあって、今までイタリア音楽に興味を持たなかった人々にまで知られる楽曲となりました。日本ではマスメディアで大きく取り上げられることは無かったようですが、国境を難なく超えてゆくネットメディアの真価を発揮し、世界中の“水面下で注目される楽曲”となったことは間違いありません。その兆候が日本でも感じられるのは、いくつかの合唱団が日本語歌詞を付けてレパートリーに採用し始めているのが散見されているからです。

今回のプレイリストには、件の「Rinascerò rinascrai(リナッシェロ・リナッシェライ / 私は生まれ変わるだろう、あなたは生まれ変わるだろう)」はもちろんのこと、50年に及ぶPoohの膨大な楽曲群の中から、ステーファノ・ドラツィオがリード・ヴォーカルを取った曲と、4人のメンバーがワンコーラスずつ歌いまわしていく魅惑の構成が光る楽曲を集めています。ステーファノはドラマーだったこともあり、リード・ヴォーカルを取ることは多くはありませんでしたが、多くの楽曲に超絶・高音域のコーラスを入れていたことも特筆できます。

Stefano D'OrazioPoohのドラマー時代のステーファノ・ドラツィオ

一方のロビーは、Poohの楽曲群の7割以上を作曲し、その過半数以上の楽曲のリード・ヴォーカルをとっています。特にサビの部分に限って言えば、ロビーの声が入っていない楽曲はない、と断言できるほどの存在でした。

Roby FacchinettiPooh時代のロビー・ファッキネッティ

ちなみにファッション業界では彼の初めての子供で、世界的なファッションブランドであるGUCCIやValentinoのクリエイティヴ・ディレクターを務めた経歴を持つAlessandra Facchinetti(アレッサンドラ・ファッキネッティ)の方が有名かもしれませんね。

Alessandra Facchinettiロビーの愛娘アレッサンドラ・ファッキネッティ

Addio a Stefano….R.I.P.(さようならステーファノ。。。安らかに眠れ)
Andrà tutto bene!(アンドラ・トゥット・ベーネ / 意:全てがうまく行きますように!)

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