CULTURE

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今、イタリアで一番バズっているUltimo(ウルティモ)!

今イタリアで最もブレイクしている歌手は、Ultimo(ウルティモ)であることは間違いありません。本名はNiccolò Moriconi(ニッコロ・モリコーニ)で、まだ24歳のローマ出身の若者です。イタリアで広く知られるようになってまだ2年ですが、若手歌手がこんなにすぐにバズるのは、イタリアではごく稀な例なのです。

2019年の年間ヒットチャートを牛耳る!

ウルティモが記録した最大の快挙は、2019年のイタリア年間アルバムチャートの首位にアルバム『Colpa delle favole(意:おとぎ話のせい)』(2019)が輝いたことです。

Ultimo Colpa delle favole

日本の感覚ですと、人気のある20代歌手が年間チャート首位を獲得、というのは当たり前のことかもしれません。でもイタリアの音楽シーンは日本のそれとは異なり、長らく(実に40年ぐらいも!)30歳未満の若手歌手が商業的に大成功することが難しい状況が続いており、年間アルバムチャートの首位に輝くのは、ベテラン・シンガーソングライターや国民的人気を誇るベテラン歌手の新作アルバム、というのが通例でした。(昨今はラッパーがチャートでも台頭してきましたが)

イタリアでは、ベテラン勢(1950年代~1960年代生まれ)がずっと現役&第一線で活躍しているため、いくら勢いがある若手でも、ベテラン勢が持つ分厚いファン層(=購買層)を超えることが難しい、否、不可能と思える状況だったのです。

Ultimo Peter Pan

ウルティモは近作アルバムの首位獲得だけでなく、2ndアルバム『Peter Pan(ピーター・パン)』(2018)が4位、1st『Pianeti(意:惑星たち)』(2017)が11位と自身の全アルバムが大躍進を果たしてチャートインするという前代未聞の結果を残しました。イタリアのチャートは国内外混合チャートなので、並み居る英語圏アーティストを押さえての結果というのも驚きに値します。イタリアのアーティストだけでチャートを再構成してみると、全3作品がベスト10入りしていたことになります。

Ultimo Pianeti

いかに求心力のある若手アーティストと言えども、その影響力をもろに受けているのは、同世代だけ。これが若手アーティストのセールスが伸びない要因でしたが、ウルティモのこの大成功を推察するに、同世代だけでなく、多くのベテランリスナーやヘヴィーリスナーのお眼鏡にもかなった、と考えられます。

人気の秘密1 : カンタウトラップ(歌手+作者+ラッパー)

ウルティモはしばしば自身のスタイルを ”Cantautorap(カンタウトラップ)” と言及しています。これは造語で “Cantante(カンタンテ=歌手)”、”Autore(アウトーレ=作者)” と “Rap(ラップ)”の3つの意味を込めています。

前出の“長らく続いているベテラン勢”とは、主に1970年代~1980年代にデビューしたシンガーソングライターたち。彼らのスタイルはイタリアでは “Cantautore(カンタウトーレ)” と呼ばれています。“Cantante(カンタンテ=歌手)” と ”Autore(アウトーレ=作者)” を組み合わせた造語ですね。つまり自ら作曲や作詞をして歌うという能力が無いと、トップ歌手としての活躍が難しい状況が続いていた訳です。

ウルティモはそこにイタリアの若者にも大人気のラップの要素を持ち込みました。そこが彼の成功のいち要素であることは間違いないでしょう。

特にウルティモの初期作品において、この“カンタウトラップ”スタイルを感じることができるでしょう。彼はピアノ弾きでもあるので、ピアノを弾きながらラップするという特異なパフォーマンスもありました。

人気の秘密2 : ベテラン・カンタウトーレたちへの敬愛

彼が影響を受けたのは、もちろん同世代に人気のラップ音楽ですが、同時に自身が生まれる以前から活躍し続けているベテランのカンタウトーレたちの名前を挙げています。Lucio Dalla(ルーチョ・ダッラ)、Antonello Venditti(アントネッロ・ヴェンディッティ)、Francesco De Gregori(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)、Cesare Cremonini(チェーザレ・クレモニーニ)、Vasco Rossi(ヴァスコ・ロッシ)、Renato Zero(レナート・ゼロ)、Claudio Baglioni(クラウディオ・バリォーニ)などなど。チェーザレ・クレモニーニ(40歳)以外は皆、現在70歳前後のアーティストたちです。

特にアントネッロ・ヴェンディッティには可愛がられているようで、互いのライヴに客演し合っています。ヴェンディッティは国民的な人気を誇る大御所で、特に出身地のローマではカリスマ的な存在。

地元のセリエAのサッカーチーム・ASローマの応援歌「Grazie Roma」(1983)がベスト&ロングセラーとなっており、単なるASローマの応援歌としてだけでなく、イタリア代表チームの応援にも使われるほど、国歌の代わりに歌われる曲のような存在です。日韓共催W杯(2002)では、仙台で合宿していたイタリア・チームを鼓舞するためだけにヴェンディッティは来日してライヴを行っています。

ウルティモの音楽に見え隠れするこれらベテラン・カンタウトーレたちからの影響が、彼らのファンに“正当な後継者” として認められたため、これだけのセールスに繋がったことは間違いありません。

イタリアの音楽を楽しむには、まず好きになったアーティストを聴いてみることがお勧めですが、そのアーティストが影響を受けている音楽やアーティストに遡って聴いていき、より広い年代に渡って知識を広げて聴いてゆくことが、より楽しめるようになるという所以ですね。

ウルティモの来歴

ウルティモがイタリア国民に広く知られるようになったのはサンレモ音楽祭2018の新人部門に「Il ballo delle incertezze(意:ためらいのダンス)」で出場して部門優勝を果たしたのがきっかけとなりました。

そしてその翌2019年には晴れて同音楽祭の大賞部門に出場し、「I tuoi particolari(意:君のちょっとしたしぐさ)」で惜しくも2位となりました。この年の大会は実験的に新人部門を無くしたため、本来は新人部門枠となるMahmood(マームッド)が優勝を勝ち取る事態となりました。つまり本来の仕組みであれば、ウルティモが優勝となっていたはず。

ところが2019年が終わり2020年の初頭に2019年の年間セールス結果が発表されると、前出の通りの結果となり、実は2019年はウルティモが大ブレイクした年だったと数値で裏付けがされた次第です。(ちなみにサンレモ2019で優勝したマームッドのアルバムは23位に留まりました)

驚くべきことは、彼はインディーズのレコード会社Honrioに所属したまま、この前代未聞の偉業を達成したことです。決してレコード会社の力を使っての結果ではなかったということです。

そして2020年には自身の名前を冠したレーベルを新設して、年末に4thアルバムをリリースすべく、準備している模様です。先行シングルとなる楽曲「Tutto questo sei tu(意:全てこれが君だ)」(2019年12月)に続き、2020年9月22日には、まさにその日をタイトルにした先行シングル第2弾「22 Settembre(意:9月22日)」をリリースしたばかり。

CDなどの“モノ”が売れなくなってきている現在、メジャーレーベルに所属している恩恵が以前より少なくなって来ているようです。経済的な側面でも、大手に所属しているのに若手には充分な宣伝費が宛がわれずに飼い殺し状態になっていることもしばしばあるなど、弊害の方が大きくなってきている傾向もあるようです。

今の時代は、ひょっとするとインディーズの方が、アーティストは何の制約も気にせず、自由にかつ大胆に振舞え、それがセールスに直結するような時代になってきたのかもしれませんね。

いずれにしてもウルティモは、次世代のイタリア音楽界を背負って立つひとりになるのは間違いないでしょう。

プレイリストにはウルティモのオリジナル作品はもちろん、他のアーティストとコラボした楽曲や、他のアーティストにウルティモが提供した楽曲も入れてあります。Buon ascolto!(楽しんでね!)