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イタリア好きなら見ておきたい映画『あの夏のルカ』!

ディズニー/ピクサーによるアニメーション映画『あの夏のルカ』(原題:Luca)は、2021年6月18日に日米同時公開されました。イタリア人監督エンリコ・カサローザが故郷のリグーリア州の海辺を舞台に作り上げた作品でもあるので、イタリア好きなら絶対に見ておきたい映画と言えます。

エンリコ・カサローザ監督は20歳までイタリアはジェノヴァに生まれ育ち、アニメの勉強のためにアメリカに渡ったという経歴を持つ50歳。主人公ルカはカサローザ監督自身であり、親友アルベルトもカサローザ監督が11歳の時に海辺で出会った実在の人物とのことです。互いに成長するのを助け合う友情を作品で表現したいと思い、敬愛するフェデリコ・フェリーニ監督と宮崎駿監督の要素を組み合わせた作品に仕上げたと語っています。確かに作品中の海や水の描き方からはジブリ作品からの影響が強く感じられます。

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカのエンリコ・カサローザ監督エンリコ・カサローザ監督

「あの夏のルカ」作品テーマ

物語の背景は「海のモンスターvs陸のモンスター」。
人間たちはシーモンスターという海のモンスターを恐れて忌み嫌っていますが、シーモンスターたちは人間を“陸のモンスター”と呼んで恐れています。

異質な者同士が出会い、互いを知り、理解しあい、力を合わせることでやがて垣根がなくなり、 信頼しあうようになるというプロットには、現実世界の人種間、世代間、LGBTQ+などに生じがちな差別は乗り越えられる、というメッセージも含まれていると感じられます。

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカ中心人物の3人(左からジュリア、ルカ、アルベルト)中心人物の3人(左からジュリア、ルカ、アルベルト)

そして興味を抱いた物事に対して勇気をもって行動を起こし、チャレンジすることの大切さ。これは20歳でアニメを学ぶためにアメリカに渡ったカサローザ監督の原体験も重ねられていると思います。

「あの夏のルカ」の視聴方法

コロナ禍での発表となったため劇場公開が断念され、ディズニー社傘下の定額制動画配信サービス「Disney+」での配信公開となりました。定額制、つまりサブスクタイプですので、対象作品全部が見放題と、かなりお得に見ることができます。(しかも2021年8月時点では初月無料です)

イタリア好きに感じ取って欲しい作中のイタリア語

オリジナルは英語とイタリア語で作られましたが、日本では日本語吹き替え版と英語版の音声を簡単に切り替えて楽しめます。面白いのはどちらの言語でもイタリア語のセリフがそのまま使われている箇所が多いところです。(実は英語版の方がイタリア語率がかなり高いので、音声は英語版、字幕を日本語にして視聴するのがお勧めです)

例えば、チャオやグラツィエ、ブォン・ジョルノはもちろんのこと、
ピアチェーレ!(よろしくね)
スィレンツィオ、ブルーノ!(だまれ、臆病者ブルーノ)
アンディアーモ!(行こうよ!)
マンジャーモ!(食べよう)

などが随所に使われています。さらにヒロイン役ジュリアは間投詞にチーズ名を多用し、
モッツァレッラ! とか、ペコリーノ!、リコッタ!、ゴルゴンゾーラ!などと口走ります。(実際のイタリア社会ではそういう使われ方はしないはずですが)

ところで作中の随所に使われている音楽もとてもツボを得ています。日本人にはちょっとした知識があった方がより映画を楽しめると思い、紹介したいと思います。プレイリストを聴きながらお読みください。

プレイリスト収録曲詳細

1. 「Un bacio a mezzanotte(ウン・バーチョ・ア・メッツァノッテ / 意:真夜中のキス)」 (1953)Quartetto Cetra(クァルテット・チェトラ)

映画の冒頭に流れるレトロな雰囲気のヒット曲で、第二次世界大戦後のイタリアの人々の心の支えとなった人気コーラスグループのクァルテット・チェトラの代表作のひとつ。この曲が流れることで、映画の時代設定が1950~60年代であることを示しています。カサローザ監督の実体験を基にした物語とはいえ、彼は1971年生まれなので、生まれる10年以上前を舞台としたところはフィクションの部分になります。

歌詞の内容は、月夜に誘惑する男性に惑わされないようにする女性の物語。ラヴソングとはいえ、夜空に浮かぶ月や星々を歌っている部分がかなり多いので、この映画の中で伏線のひとつとなる宇宙への興味も暗示していると捉えることもできるでしょう。

Quartetto Cetra(クァルテット・チェトラ)Quartetto Cetra(クァルテット・チェトラ)

2. 「私のお父さん(O mio babbino caro / オ・ミオ・バッビーノ・カーロ / 意:あぁ私の愛しのお父さま)」は、ジャコモ ・ プッチーニ作曲の歌劇『ジャンニ・スキッキ』(1918年初演)中のアリア。ジャンニ・スキッキの娘ラウレッタが恋人の願いをきいてくれるように父に哀願するシーンで歌われています。

この映画の始まりの部分で、老漁師が小舟に載せた蓄音機で曲をかけ、「やっぱりこれだな~」と言うシーンで流れる楽曲。その時代から更に遡り、彼が青春時代に親しんだイタリアの国民的人気を誇る作曲家プッチーニのオペラであるという演出であると同時に、歌詞中に登場するPorta Rossa(ポルタ・ロッサ / 意:赤い門)がポイント。

プッチーニのオペラではフィレンツェが舞台なので、ポルタ・ロッサはフィレンツェの中心街のストリート名ですが、映画のこの後の物語の舞台がリグーリア州の小さな港町ポルトロッソ(意:赤い港)であることへの橋渡しとするための言葉遊びと捉えてよいでしょう。(カサローザ監督が宮崎駿ファンなので『紅の豚』主人公のポルコ・ロッソの名前とも掛け合わされています)

3. 「Il gatto e la volpe(イル・ガット・エ・ラ・ヴォルペ / 意:ネコとキツネ)」(1977)Edoardo Bennato(エドアルド・ベンナート)

ルカがアルベルトと出会い、2人が憧れるヴェスパもどきを作る際に流れる軽快な楽曲。エドアルド・ベンナートが自作して歌うこの楽曲は『ピノッキオの大冒険』をテーマにした彼のコンセプトアルバム収録のヒット曲。

エドアルド・ベンナートのピノッキオを題材にしたコンセプトアルバム『Burattino senza fili(意:糸のない操り人形)』(1977)エドアルド・ベンナートのピノッキオを題材にしたコンセプトアルバム『Burattino senza fili(意:糸のない操り人形)』(1977)

ピノッキオを騙して金貨を巻き上げるネコとキツネを題材に、若手のアーティストを騙して契約させ、自分たちだけ儲けようとする芸能界の汚い大人たちを糾弾している歌詞ですが、この映画で使われている意味は、ピノッキオの物語が下敷きに使われているという暗示です。人間ではないモノが学校へ行きたいと願い、やがて人間になる、というプロットです。

ちなみに映画の中ほどで、ルカが宇宙の本に魅入られるシーンでジュリアの部屋にある本の中にさりげなく『ピノッキオの大冒険』の本が置かれているのも確認できます。

イタリアを舞台としたディズニー映画あの夏のルカジュリアの部屋で本に夢中になるルカジュリアの部屋で本に夢中になるルカ

4. 「デイトタイム(Andavo a cento all’ora / アンダーヴォ・チェント・アッローラ / 意:時速百キロで来たんだ)」(1962)Gianni Morandi(ジャンニ・モランディ)

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカよりヴェスパに乗って登場するエルコレヴェスパに乗って登場するエルコレ

いじめっ子エルコレがヴェスパに乗って登場するシーンでかかる楽曲。今でも国民的人気を誇る大スターであり続ける青春スタージャンニ・モランディが17歳のデビュー曲で、恋人に会うためにバイクに乗って時速100kmで走って来る青年の歌。特徴的な“チュンガ・チュンガ・チュン”とか“ベン・ベン・ベン・ベン”と歌われているのはバイクのエンジン音の疑似音。特に後者はヴェスパ(意:スズメバチ)の名称の元になった特有のエンジン音の模写だと思います。

若き日のGianni Morandi(ジャンニ・モランディ)若き日のGianni Morandi(ジャンニ・モランディ)

5. 「月影のナポリ(Tintarella di luna / ティンタレッラ・ディ・ルーナ / 意:月焼け)」(1959)Mina(ミーナ)

ヒロインの少女ジュリアが初登場し、父のお手伝いで魚の配達中にかかる楽曲。彼女はシーモンスターの少年たち(ルカとアルベルト)が初めて仲良くなる人間となります。

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカより父を手伝って魚売りの配達をするジュリア父を手伝って魚売りの配達をするジュリア

楽曲の頭で歌われているのは日焼けした女の子たち。でもその中でひとり、月光で日焼けする無邪気な娘を取り上げて歌っています。すなわち純朴で屈託がなく、天体に関心を持つジュリアそのものを象徴する意図が込められています。

同曲は世界中でヒットしたエヴァーグリーン曲で、歌ったミーナは当時デビューしたばかりの新人歌手でしたが、今もイタリア音楽界のトップに君臨し続け、“女王”の異名をとる現役最高峰の歌手です。

若き日のMina(ミーナ)若き日のMina(ミーナ)

6. 「ママのお乳を… (Fatti mandare dalla mamma a prendere il latte / ファッティ・マンダーレ・ダッラ・マンマ・ア・プレンデレ・イル・ラッテ / 意:乳を貰いにママのところに行ってこい)」(1962) Gianni Morandi(ジャンニ・モランディ)

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカより中心人物の3人(ジュリア、ルカ、アルベルト)中心人物の3人(ジュリア、ルカ、アルベルト)

憧れのヴェスパがポルトロッソ・カップの優勝賞金で手に入れられるかも? とルカとアルベルトが妄想するシーンでかかる(4曲目と同じく)ジャンニ・モランディ17歳時のヒット曲。原曲では愛しの彼女が他の男性と手をつないで下校しているのを目撃した青年が、嫉妬しながらも彼女を強く求める内容です。

映画ではヴェスパを “彼女”に見立てて採用したと感じ取れます。イタリア語ではヴェスパ(Vespa)もバイク(motocicletta / モトチクレッタ)も女性名詞なのでその解釈が成り立ちます。

7. 「ラ、ラン、ラ、レーラ…町の何でも屋に(Largo al factotum / ラルゴ・アル・ファクトトゥム / 意:何でも屋のラルゴ)」は、ジョアキーノ・ロッシーニ作曲の歌劇『セビリアの理髪師』(1816年初演)中のアリアで、理髪師フィガロの初登場シーンでバリトン歌手が歌います。当時の理髪師とは、単に髪や髭を整えるだけでなく、医者や歯科医の役割なども果たし、訪問巡回などコミュニケーションにも重点を置いたサービス業であったことから“何でも屋”と名乗っている訳です。

映画の中では、ジュリアの父マッシモの調理シーンで流れます。片腕として生まれながら、漁師に魚売り、おいしいパスタも作れる、まさに“何でも屋”。脇役とはいえ、彼の懐の深さが無ければこの物語が成り立たない重要なキーパーソンです。

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカより体も心も大きく強いマッシモと飼い猫マッキャベッリ体も心も大きく強いマッシモと飼い猫マッキャベッリ

映画の中では他にも同オペラから「ある声が今しがた(Una voce poco fa / ウナ・ヴォチェ・ポコ・ファ)」も使われています。

8. 「トマトジュース乾杯!! (Viva la pappa col pomodoro / ヴィーヴァ・ラ・パッパ・コル・ポモドーロ / トマト入りおまんまバンザイ)」(1965)Rita Pavone(リタ・パヴォーネ)

ジュリアの元でルカとアルベルトがポルトロッソ・カップのトレーニングをするシーンでかかる楽曲。

原曲はリタ・パヴォーネが出演したTV番組の主題歌で、作曲者はニーノ・ロータ、作詞者は後に映画監督として活躍するリナ・ウェルトミューラー。歌詞の内容は、“人類が空腹の時に革命が起きたり、争いごとが起きると歴史は教えてくれる。だから朝食を取りましょう!”というものです。

若き日のRita Pavone(リタ・パヴォーネ)若き日のRita Pavone(リタ・パヴォーネ)

ポルトロッソ・カップで争う3種目には、パスタを食べる課題があるので、食べるのも訓練、その他の種目(水泳&自転車)でも食べないと戦えない、ということを暗示していると感じられます。

イタリアが舞台のディズニー映画あの夏のルカより初めてのパスタを手づかみで食べるルカとアルベルト初めてのパスタを手づかみで食べるルカとアルベルト

9. 「Città vuota(チッタ・ヴォータ / 意:空っぽの街)」(1963) Mina(ミーナ)

映画のエンディング・ロールでかかる楽曲。
ジーン・マクダニエルズが歌った英語曲「It’s a Lonely Town (Lonely Without You)」のイタリア語カヴァーで、5番目の曲と同じくミーナの数ある代表曲のひとつ。

にぎやかな街も人ごみ溢れるストリートも、あなたがいなければ空っぽの砂漠に感じるわ、と歌っています。

映画ではジュリアと共にジェノヴァに向かったルカ。ポルトロッソに残された親友アルベルトやルカの両親の想い、ジュリアに対する父マッシモの想いなどが交錯して感じられるエンディングにふさわしい楽曲です。しかもエンディング・ロールには、その後の彼らの生活のひとこまひとこまが静止画で紹介されるという粋な演出です。

10. 「少年時代」suis(スイ)from Yorushika(ヨルシカ)
本作のエンドロールが終わった後、日本版のみに追加された楽曲で、原曲は井上陽水の「少年時代」(1990)。カヴァーしたのはインディーユニット、ヨルシカの女性ヴォーカリスト。アレンジを務めたのは、アメリカのインディーズからデビューし、日本語曲のアルバムながら現地の音楽誌から高評価を獲得した来歴を持つトクマルシューゴが担当しています。

確かにこの映画のモチーフにはこの楽曲が、日本人の感性に一番ぴったりくると思います。

あちこちに散りばめられたネタ

この映画には前出の音楽関連のネタ以外にも、セリフ中や映像中に数多くのネタが散りばめられているので、見直す度に気が付くことが多いのもこの作品の楽しみのひとつです。

ディズニーやジブリ作品へのオマージュも多いので、ファンにはたくさんの言及ポイントがあるようです。

その他にも例えばルカが登場する最初のシーンで、小魚たちのお守りをしているルカが、逃げ出した小魚たちを名前で呼んで追いかけては連れ戻していますが、「エンリコみたいにここから逃げるつもり?あいつがどうなったと思う?今頃食べられているか、どこかで広い世界を見てるはず・・・」もちろんこれはエンリコ・カサローザ監督を示唆しているのは間違いありませんね。

そして、いじめっ子のエルコレが主人公ルカを呼び捨てる際に言う“ピコレット”とは、piccolettoの意味なので、本来の発音は “ピッコレット”で、piccolo(ピッコロ / 意:小さい)に“-etto”という接尾語を付けたもの。どちらかというと侮蔑のニュアンスが強い接尾語なので、エルコレはルカを“チ~ビ”“チビスケ”とバカにしている訳です。

そして恐らく誰もにとって最大の謎のキーワードは、映画の冒頭にも最後にも登場する “ジローラモ・トロンベッタ(Girolamo Trombetta)”ではないでしょうか。アルベルトが「人間の挨拶さ」と意味も判らないままルカに教える呪文のような言葉ですが、結局最後まで何の説明もないまま映画は終わってしまいます。

これはおそらくカサローザ監督が生まれ育ったリグーリア地方の子供の間で流行った言葉遊びのようです。Trombettaはおもちゃのラッパを意味する言葉ですが、GirolamoはGiro la mano(手を回す)を言い換えたもの、つまり “おもちゃのラッパ(を吹くように)手を回す”。これは友人同士の握手をする際のポーズの形となる訳です。確かに映画の中のそのシーンでアルベルトの動作はそのように手を回して引っ張り合うような仕草をしています。

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